静かな闘志を燃やす比江島 慎(宇都宮ブレックス) - 「アジアでつまづいているようでは世界で1勝できない」
©FIBA.WC2023
屈辱のFIBAワールドカップ2019
比江島 慎(宇都宮ブレックス)は、男子バスケットボール日本代表が世界の舞台を踏んだ直近の2大会、FIBAワールドカップ2019と東京2020オリンピックの両方でプレーした6人のプレーヤーの一人だ。日本において、世界の壁の高さと厚さを最もよく知っているタレントの一人とも言える。
2006年に日本で開催された世界選手権にホストとして出場して以来、13年ぶりの世界の舞台だった2019年のワールドカップで、日本は勝ち星なしの5敗だっただけでなく、平均得点66.8に対し平均失点92.8、5試合すべてが2桁点差、平均得失点差26.0という完敗を喫した。3試合目でアメリカに45-98と圧倒され、続く4試合目でアジアオセアニアゾーンのニュージーランドに81-111と30点差で敗れた後、比江島は「まったく気持ちを切り替えることができず大敗してしまいました。個人としても今までの自分のように引っ張っていくプレーができず、気持ちを切り替えられませんでした」と悔しさをあらわにしていた。
最終戦となるモンテネグロ戦に向け「世界で1勝することが、日本がもう一段階成長することにつながる」と必勝を期するコメントを残したが、その試合も65-80で敗れ、悔しさを晴らせないまま帰国の途に就いている。「史上最強の代表」とさえ呼ばれた12人は、その言葉とは正反対のどん底を味わった。
FIBAワールドカップ2019での比江島。自分らしさを表現できない悔しい大会だった(写真/©FIBA.WC2019)
2年後の2021年夏に行われた東京2020オリンピックでも、日本は3試合すべてに2桁点差で敗れた。平均得点78.3、平均失点100.3、平均得失点差22.0。これらの数字だけを見れば、大きな進歩を想像しづらいかもしれない。しかしこのときは、悔しさだけでなく希望や可能性も混ざりあった結果だった。
対戦相手だったスペイン、スロベニア、アルゼンチンは、いずれも現在世界ランキングトップ10入りしている国だ。スペインは現在世界1位(オリンピック当時は2位)で、ワールドカップ2019優勝チームだが、日本がそのスペインに88-77という最終スコアは大健闘と言える。また、3試合とも第4Q開始時点では16点差以内(スペイン戦が13点差、スロベニア戦が16点差、アルゼンチン戦が12点差)で、追いつける可能性を残していた。日本の成長を感じさせる要素がいくつも見つかる大会だったのは間違いない。
比江島自身にも個人的に成長が感じられた。FIBAワールドカップ2019でのアベレージは5試合で平均4.4得点、フィールドゴール成功率32.8%、3P成功率20.0%、1.2リバウンド、1.2アシスト、0.6スティール。これが東京2020オリンピックの3試合では平均7.7得点、フィールドゴール成功率47.6%、3P成功率33.3%、2.0リバウンド、2.0アシスト、1.3ブロックで、スティールがなかった以外は軒並み上昇させている。個々の試合をみても、初戦はスペインに対し無得点ながら±が+7。続く2試合は10得点、13得点とスコアラーとしての仕事をした。
東京2020オリンピック、スロベニア戦での比江島。ルカ・ドンチッチ(背後)率いる強敵相手に10得点の活躍も見せた(写真/©FIBA.Tokyo2020)
海外挑戦、世界の舞台、B1制覇を経て「世界を驚かせるとき」間近
代表活動ではないが、前回のワールドカップを前にした2018年にオーストラリアへの武者修行に臨んだ比江島の行動力は、世界と戦うために必要な成長への意欲を強く感じさせた。
当時ブリスベン・バレッツで比江島を迎えたアンドレ・レマニスHC(現アルティーリ千葉)は今シーズン中のインタビューで当時を振り返り、「言葉の壁から細かなニュアンスを伝えられず、彼の力を引き出せませんでした。受け入れる我々にも初めての経験でしたから。でも彼は、それまでの環境で居心地よく過ごすこともできた中で、向上心からあえてそれを大きく変えてまでやってきました。私はマコトの挑戦を誇りに思っています」と話している。
バレッツと比江島の課題は、チームのシステムにフィットするかどうかや比江島のスキルレベルではなかったことをレマニスHCは明かした。
「チームの環境を邪魔しないようにする方法とか、年長者の敬い方とか、日本では当たり前のものがオーストラリアの感覚では違います。そうした違いで彼は自由にプレーできなかったと思います。あのとき私が今のように日本の文化を知っていたら、もっと助けられたかもしれません。周りに遠慮せず試合を支配しようというマインドにしてあげられたかもしれません。スキルの問題ではなく、環境の問題だったんです」
比江島は2019年1月に帰国した後、悔しい思いを重ね手応えも感じながら代表活動に取り組む一方で、昨年は所属の宇都宮をBリーグの頂点に導いた。琉球ゴールデンキングスとのファイナルシリーズでは、相手の外国籍ビッグマンが立ちはだかるペイントに突進しては独特のステップワークとボディバランスで比江島にしか見えないゴールへの道を切り開く姿がファンを熱狂させた。
国内最高峰の頂点を決めるビッグシリーズ2試合で平均20.5得点、フィールドゴール成功率54.2%(24本中13本成功)。チャンピオンシップMVPに輝いたこのパフォーマンスは、国内での切磋琢磨はもちろん海外挑戦と世界の舞台での経験など、その時点までの集大成といえるものだった。
取材・文/柴田 健(月刊バスケットボールWEB) (月刊バスケットボール)