月刊バスケットボール5月号

NBA

2022.03.24

日本人バスケットボール・プレーヤーが全米王座に就いた日 - 渡邊雄太のマーチマッドネス2016(1)

 バスケットボール王国アメリカの頂点を決するビッグトーナメントで、日本のバスケットボール・プレーヤーが所属チームのヒーローとして頂点に立つ。それは2016年に現実に起こった出来事だ。しかしその価値は正当に語られてはいない。もし2022年3月の今、日本で誰かにそのことを知っているかと聞いたら、それがバスケットボールをやっている人でも、「知らない」と答える人がいるかもしれない。それどころか、結構多くの確率で「そんなことはありえない」という答えが返ってくるかもしれない。


今から6年前の2016年3月31日(北米時間)。“マーチマッドネス(3月の狂気)”という言葉で広く知られ、カレッジバスケットボール界が最も盛り上がるこの時期、最大の注目を集めるNCAAトーナメントとともにポストシーズンのビッグイベントとして知られているNIT(National Invitation Toournament)で、ジョージ・ワシントン大学(以下GW)の2年生だった渡邊雄太(現トロント・ラプターズ)がその偉業を成し遂げた。

 


NITは日本でもバスケットボール関係者の間では“エヌ・アイ・ティー”という呼び名で通っている。しいて訳せば「全米招待選手権」だろうか。いずれにしてもこの大会は、1938年に始まった“もうひとつのマーチマッドネス”と呼べる伝統ある大会だ。

 

“もうひとつのマーチマッドネス” - NIT

 

 アメリカのカレッジバスケットボール界では、3月半ばの“セレクション・サンデー”と呼ばれる日曜日の夜に、NCAAトーナメント出場チームの発表が行われる。この日は毎年、全米の各カンファレンスが行うチャンピオンシップを勝ち抜いて自動的に同大会への出場権を獲得したチームとは別に、実力的にそれと同等と評価され出場権を獲得したチームが発表される日となっている。所属カンファレンスのチャンピオンシップ獲得を逃したとしても別のカンファレンスならば勝てただろうチームや、一発勝負のカンファレンス・トーナメントで足元をすくわれるように敗退した強豪チームのうち、最も評価が高く、最も幸運なチームが、NCAAトーナメントという最も華々しい注目を浴びる舞台への切符を手に入れる。

 

 しかし、出場チーム数が限られている以上、実力があっても運に恵まれず、出場権を逃すチームが出てしまう。そういったチームに名誉回復の機会をもたらす大会。それがNITだといえば、当たらずも遠からずだ。シーズン中に学生アスリートたちが積み重ねてきた努力が、一発勝負の結果やセレクションコミッティーの判断だけで論じられてしまう残酷さを、この大会は和らげてくれる。また、何よりNITがあることで、より多くのプレーヤーやコーチにフェアな評価を得られる機会がもたらされるのだ。


そうした意味合いのあるNITは、アメリカのカレッジバスケットボールにおいて、NCAAトーナメントに次ぐ権威ある大会として広く認識されている。出場できるのは32チームだけ。NCAAトーナメントが68チームなので、この両大会で実質的には全米のトップ100チームが火花を散らすということになる。


この100チームのうち、シーズンの最後を勝利で終えられるのは2チームだけ。NITで勝ったチームは全米の王者なのだ。

 

 

GWと渡邊の反撃の春


この2015-16シーズンの序盤に、GWはAPトップ25ランキングで6位だった強豪バージニア大を破って全米の注目を浴びた。しかしアトランティック10(以下A10)のカンファレンスシーズン半ば以降勢いを失い、レギュラーシーズンでは5位。A10チャンピオンシップで勝てなければNCAAトーナメント出場が微妙な、ボーダーラインの位置だった。


必勝を期して臨んだA10チャンピオンシップでは、初戦でセント・ルイス大を破って準々決勝に進出したが、昨シーズンラプターズで渡邊のチームメイトだったディアンドレ・ベンブリーが所属していたセント・ジョセフ大に、80-86の逆転負けを食らってしまう。その結果、セレクション・サンデーは悔しい日曜日となった。

 

 ただし実力が広く認められていたGWは、ほぼ確実にNITへの出場権を得ると見られており、実際にそうなった。「モンマス・ブラケット」と名付けられた8チームのブロックで第4シードとしての出場だ。モンマスという呼び名は、このブロックの第1シードのモンマス大学にちなんでいる。


前述のとおり、GWはシーズン序盤にはNCAAトーナメントでもひと暴れするかもしれない危険なチームとして全米の注目を浴びていた。2015年の12月には、2週にわたってAPトップ25全米ランキングに名を連ねた時期もあったのだ(12月14日付21位、21日付20位)。ノンカンファレンスシーズンの成績は11勝2敗。ところがA10シーズンに入ってからは、下位のチームに対する悔しい黒星を含めA10レギュラーシーズンの18試合を11勝7敗という成績に終わっている。


渡邊個人は開幕当初からスターターとして定着し、3Pショットや高さを生かしたペイントアタックからのフィニッシュ、サイズと機動力を生かした執拗なディフェンスでチームに貢献していた。オフェンス面ではチームにパトリシオ・ガリーノ(現フランスリーグ、ナンテール92)、タイラー・キャバナー(現リトアニアリーグ、ジャルギリス・カウナス)など得点力のあるプレーヤーがいたこともあり、ファースト・オプションではなかったが、シーズンを通じて8.4得点を記録している。ディフェンス面では、ブロックショットを2本以上記録した試合がA10の18試合中11試合あった。そのイメージは、現在ラプターズで見せているような攻守のハッスル、そしてリム・プロテクターとしてのイメージと変わらない。


A10 レギュラーシーズン最終戦のデビッドソン大との一戦では、その時点でのGWにおけるキャリアハイとなる22得点。その試合からA10チャンピオンシップ準々決勝までの3試合では平均15.7得点、4.0リバウンド、2.7アシスト、1.0スティール、0.3ブロックとオールラウンドな活躍で、苦戦するチームを盛り立てた。この間はフィールドゴール成功率55.1%、3P成功率46.2%と、ポストシーズンに向けオフェンスでも脅威として存在感を強めてきていた。


そのような流れの中で、NCAAトーナメント進出を逃した悔しさも胸に臨んだNIT。渡邊はNBAでのキャリアにつながる、“マッドネスに満ちた貢献”でチャンピオンシップランに貢献するのだ。

(パート2に続くパート2に続く

 

GWのホームアリーナ、スミス・センターに掲げられたチャンピオンシップフラッグ(写真/柴田 健)

 

 

文/柴田 健(月バス.com)

(月刊バスケットボール)



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