Wリーグ

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2021/01/31

引退表明した吉田亜沙美の「オリンピック」への想い、そして「指導者として」

 長年にわたり日本の女子バスケットボール界を牽引してきた吉田亜沙美が、1月24日に自身のSNSで「現役選手に終止符を打ち次のチャレンジでもある指導者への道に進む事を決断致しました」と、現役引退を明らかにした。

 吉田は東京成徳大高校を卒業後、2006年にJOMO(現ENEOS)サンフラワーズに入団。アンダーカテゴリー時代から、A代表にも名を連ね、日本のトップを突き進んできた。ENEOSではWリーグ史上最長の11連覇(昨シーズンもレギュラーシーズン順位は1位だったが、プレーオフが中止となり12連覇は今シーズンに持ち越されている)に導き、日本代表としては世界選手権でアシスト王、アジア選手権ではベスト5に選出されるなど、アジア、世界にその名を轟かせてきた。2016年リオデジャネイロオリンピックではキャプテンとしてベスト8の成績を収めている。

 2019年3月に一時、引退を表明したものの、「東京オリンピックを目指したい」と同年9月にはサンフラワーズに復帰した。しかし、昨シーズンは新型コロナウイルス感染拡大の影響でリーグも中断となり、その後3月には東京オリンピックの延期も発表された。そうした中で吉田は、今シーズンはWリーグのどのチームにもエントリーせず、自身の進退を保留していた。そして、年が明け、ついに引退を発表するに至った。そこに至る経緯、想いを吉田にインタビューした。

 

復帰後、2002年2月に日本代表としてプレーしたカナダ戦  Photo / fiba.basketball

 

━━昨シーズンが新型コロナの影響で中断となったあと、サンフラワーズを離れてからはどう過ごしていたのですか。

「何もしていませんでしたね。クリニックへの参加、テレビ解説の仕事などの話はあったのですが、中途半端な気持ちで、ほかのことをやるのは嫌でしたから、すべて断っていました。リーグ中断以降、体も動かしていなかったですね」

━━現役を続けるか、引退かということで迷っていたのですか。

「自分がやれるのか…ですね。東京オリンピックの延期が決まり、正直、私の年齢での1年って長いなと。そこまで気持ちと体がもつかというのが心配でした。自分がバスケットボールをやりたいのか、オリンピックに向けてやり切れるのか。それとも気持ちがもう付いてこないのか。そういった選択肢の中で迷っていました」

━━やはり東京オリンピックの延期というのは、吉田さんにとって、気持ちの上で大きなダメージとなったのでしょうか。

「昨シーズン前に一旦引退を決意して、半年近くバスケから離れたのですが、そこからの復帰というのも、実は思っていたよりしんどくて、辛いものでした。それを、それ以上のことをまた続けていけるのかと考えていました。東京オリンピックにしても、絶対に開催されるか分からない状況じゃないですか。仮にやると決めて頑張って、それでオリンピックが再び中止や延期になってしまったら、そのショックは自分にとって耐えきれないだろうなと思い、それでもやるのかと言われるとちょっと無理かなって」

━━そうした、さまざまな不安定なことを乗り越えてまで挑もうという気持ちが湧かなかったということでしょうか。

「そうですね。私は気持ちが伴っていないと、いいプレーができないというのを分かっているので、中途半端な気持ちのままでは続けられないと思っていました。前回の時はしばらくして、もう一度バスケットボールをやりたいという気持ちになって復帰したので、辛くてもやり切ろうと思えたのです。ですが、半年を過ぎても、そこまでの気持ちにはならなくて、引退かなと考え始めていました」

━━秋にイベント(TOKYO SPORT PLAYGROUND SPORT × ARTでのバスケットボール・クリニック)に出られたのはそんな時ですか。

「11月1日でしたね。久しぶりにバスケットボールをする環境に行き、ボールを触りました。自分の中での答えは、引退に固まりかけていたのですが、もしかしたらバスケットボールを観たり、触ったり、体を動かしたりすることで、気持ちが変わるんじゃないか。そんな期待もあったんです。イベント自体は楽しく、バスケットボールはやっぱり楽しいなと感じたのですが、自分がもう一度プレーヤーとして頑張りたいといった気持ちは湧いてきませんでした。それで、やっぱり無理だなと」

━━改めて引退の発表をしたのはどうしてですか。

「何もせずに事実上の引退でもいいのかなと考えないわけではなかったのですが、やはり、ファンの方々や関係者、友人、知人からメッセージをいただき、心配していただいていたので、きちっと自分の言葉で伝えなければと思っていました。それで、年内はしっかり考え、年が明けたら、その決断を伝えようと自分の中で決めていました。

 ファンや周りの皆さんには、自分の答えがなかなか決まらなかったことは申し訳ないと思っていますし、私の答えを待っていてくれたことには感謝しかありません。選手として、“リュウ(吉田のコートネーム)”としては引退しますが、これから指導者に挑戦していく吉田亜沙美を応援してもらえるようになりたいですし、これまで支えてくれた方々に少しでも恩返しできるように、これからは私がプレーヤーをサポートしていきたいと思っています」

━━どんなカテゴリーでの指導を目指していきますか。

「Wリーグや、最終的には…、何年かかってでも日本代表での指導ができればと。オリンピックで活躍するポイントガードを一人でも多く輩出できるようになりたいと思っています」

※月刊バスケットボール4月号(2月25日発売)にてさらに詳報をお伝えする予定です。

(飯田康二 / 月刊バスケットボール)

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