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ウインターカップ2020
令和2年度 第73回全国高等学校バスケットボール選手権大会

【日程】2020(令和2)年12月23日(水)~12月29日(火)

【会場】東京体育館(A,B,C,D,Mコート)、武蔵野の森総合スポーツプラザ(E,F,G,Hコート)

ウインターカップニュース

2020年12月23日

ウインターカップ2020直前レポート/不滅伝説 - 能代物語のこれから②

JR能代駅ホームにあるゴール

 

バスケットボールの海に浸る場所

 

 2014年の段階で、東京にいる私の耳にも、能工が近隣の高校と統合し校名変更が起こりうるとのウワサは入っていた(どこと…といった詳細は私のほうが確認しないままだったが…)。ということは、地元での統合の議論はもっと以前からあったということだろう。能代市、秋田県、あるいは日本全体が抱える社会問題の一つである過疎化・少子高齢化の波は、バスケットボール界の歴史に偉大な足跡を残す名門にも影響を及ぼしていた。

 

 しかし、そのような状況だけに、逆に日本全国に轟くブランドが消えてしまうようなことがあるのだろうか? 地域のアドバンテージが失われてしまわないだろうか…といった思いが頭に浮かんだ。最初に耳にしたときには、淋しさよりも信じられないという思いが強かった。東京に生まれ首都圏住まいを続けていても、それだけ能工の存在感は強く感じられたし、それは数十年前からそうだったのだ。

 

 私自身これまでに何度か能代市に足を運び、能代カップを観戦し、地域の方々と会話しながら美味しい海の幸山の幸に舌鼓を打った体験を幸運にも持っている。毎度夜な夜な美酒に酔いしれ、能代の言葉に心を温められ、バスケットボール漬けの時間を過ごした。競技経験のないおじいちゃんおばあちゃんさえもが能工のあの選手、この選手を熱っぽく語る笑顔を見た後は、元からうまい酒がいっそううまく感じられた。能代はいつでも、バスケットボールの海に浸る体験だ。

 

 加藤廣志先生は、全米カレッジバスケットボールの強豪ケンタッキー大学を訪れた際に目にした「バスケットボールの街」レキシントンのイメージを、地元能代の街に重ねたという。能代の街をこんな街にしたい…。能工が全国に名を轟かせるようになるとともに、そのビジョンは一つずつ形になってきた。

 

 前述の能代バスケットボールミュージアム(パート1参照)はその思い入れが詰まった場所だ。この夏、あらたに移転・リニューアルを経て生まれ変わったばかり。展示もより力強く、規模を拡大してきている。私がおじゃました直近の機会は2019年の能代カップ開催期間だったが、遠く1960年代、能工がまだ全国制覇を成し遂げる前からの膨大な資料が広げられていた。「山積み」の域を越えたその量は圧倒的だった。

 

 あるときにはそこで、バスケットボール史研究の第一人者である水谷 豊先生から、加藤廣志先生にバスケットボールを伝授した大館市出身の女教師、桂田サキさんについてのこと細かな説明をうかがった。別の機会では、田臥勇太さん(Bリーグ宇都宮ブレックス)の在学当時に成し遂げられた三年連続三冠の偉業を熱っぽく語るファンの話を聞いた。その栄光の時代が過ぎた後、自らの代では全国制覇を叶えられなかった世代について、「あのときではないんだ。今、大人として活躍してくれていることがうれしいよ」と温かく見守る市民の言葉に胸を熱くした。

 

 能代の北側に隣接する八峰町にある山本酒蔵は、ファーストブレークという品名の日本酒を作った。バスケットボール好きや競技経験者に飲んでほしいとの思いが込められたこの銘柄は昨年、八村 塁選手(NBAワシントン・ウィザーズ)の元に届けられたことでも話題になった。

 

 バスケットボール・プレーヤーの姿と「バスケの街」という言葉を刻んだコースターがある。特産品の秋田杉で作られた一品だ。それが一枚あるだけで、日本が世界に誇る秋田杉の上品な香りがバスケットボールのイメージと一つになってその場の空気を包み込む。

 

 バスケットボールが本当に多くの人の人生に組み込まれている。足元に広がる土や水、空気が、この競技に深く関連付けられている。能工の名はその象徴だ。能代駅に降り立ったら、帰路につくまでそれを肌で感じっぱなしの時間になる。

 

 現役の子どもたちにこういったユニークなバスケ文化の重要性が現時点で認識されているかどうかはわからない。バスケに夢中でがむしゃらに頂点を目指す青春のひとときは、あっという間に過ぎていく。しかし5年後、10年後、彼らはその意味に気づくのではないかと思う。

 

能代バスケミュージアムの歴史展示

 

ウインターカップ2020初日、能工登場

 

 能工と能代西高校との統合により、能代科学技術高校が誕生する。能工の名を残したい。いや、現状の名にこだわらずあらたな伝統を築けば良い。能工からの視点だけではなく、能代西高の視点からも考えるべきだ。校名決定の前も後も、いろんな意見を耳にする。今回取材させていただいた能代市地域おこし協力隊の千勝数馬さんの言葉にも、地元の人々の複雑な心境が写し出されていた。しかし何年もの時間をかけ、賛否両論の議論を経て決まった能代科学技術高校の名で、来年度からはあらたな歴史が始まるのだ。その際伝統は失われることなく、あらたな歴史の土台として力になり続けるにちがいない。

 

 2020年12月23日、ウインターカップ2020初日に能工は登場する。負ければその瞬間、能工の名で臨むウインターカップの歴史が終わる。「能工らしい激しいディフェンス、速攻、リバウンドやルーズボールを見せてほしい」と千勝さん。「プレッシャーを感じないでと言っても無理かもしれません。でも自分たちらしく力を出せれば、結果はあとからついてくると思います」と期待を言葉に込めた。

 

 校名変更決定後、本当にそれでよいのかと問い直す署名活動を立ち上げた島本和彦さんは、すべてが終わったあと北羽新報に能工への思いを綴られるという。その瞬間が大会期間中のいつやってくるかは誰にもわからない。

 

 勝って終わる。59回目の全国制覇を成し遂げる。かつて濃紺と白のジャージーで躍動した小野秀二HCが、同じジャージーをまとった子どもたちの手で宙に舞い、涙で顔をくしゃくしゃにしている。そんな歓喜の瞬間を願う地元の人々の思いが、千勝さんの言葉に宿っていた。

 

 昨年はベスト16。結果がどうあれ私たちは歴史の一幕に立ち会うことになる。不滅の伝説が一つの章を完結させる。次なる物語はその後も綴られていく。

パート1を読む

 

取材・文=柴田 健/月バス.com

(月刊バスケットボール)