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2021/07/14

この夏知っておきたいバスケットボール史 -(2)発展編

『この夏知っておきたいバスケットボール史 -(1)誕生編』から読む

 

 誕生したばかりのバスケットボールは、ジェームス・ネイスミス博士が考案した13ヵ条のオリジナル・ルールによってプレーされた。その規定は現代バスケットボールとはかなり異なるものだったことが知られている。

 

 例えば第3条を見ると「ボールを持って走ってはならない、ボールを捕ったらその場から投げなければならない」とある。走りながら捕った場合には、ある程度動いても許容された旨の記述もついていた。

 

 この第3条から、1891年当時にはドリブルという考え自体が存在していなかったことがわかり、またトラベリングのバイオレーションとピボットフットの根本的な概念を知ることができると思う。トラベリングは動いているプレーヤーがボールを受けたときに、安全に止まるための許容範囲の目安なのだ。そう考えれば、当時とは比較できないほど身体能力と運動能力が向上した今日、ボールを受け取る瞬間の一歩を一歩とみなさない「ギャザリング」という考えが生まれることも、理解しやすいのではなかろうか。

 

 スプリングフィールド・カレッジのアーカイブにある初期のルール解説書をさらに読んでいくと、バスケットボールにドリブルの概念が初めて明確に加わったのは、1894-95シーズンのようだ。

 

 競技考案者のネイスミス博士が、上司だったルーサー・ガリック博士(後にバスケットボールとして発展する新競技の考案をネイスミス博士に課題として与えた人物)と共に1894年1月に発表した『SPALDING ATHLETIC LIBRARY BASKET BALL』という著書(American Sports Publishing Co.発行)には、まだドリブルに関する記述はないのだ。

 

 同年に世界初のバスケットボール専用ボールをこの世に送り出したA.G.スポルディング氏の名を冠し、バスケットボールの父と呼べる2人が執筆に当たったこの著書は、歴史的な著書と言える。そこに記されたおおらかな“法の精神”は、誰もが知っておくべきものだ。「この競技には常に、グラウンドの広さやゴールの位置、どんな形状のゴールが使われるかなどといった点について多様性が伴う。しかし主たる特徴がプレーヤーに明示されてさえいれば、少々の差異は問題にならないのである」というその考えは、競技普及を願い、その過程においてさまざまな環境でプレーされるだろうことを2人の偉人が想定した証しだ。

 

『SPALDING ATHLETIC LIBRARY BASKET BALL』の表紙。歴史的な著書だ

(写真/©Spalding)

 

 屋外で、屋内で、土のグラウンドで、木製のフロアで、あるときは10フィートの高さのゴールで…。あるときは9フィートにしか取り付けられないかもしれないがそれでもいい。小柄でも大柄でも、女性でも男性でも、誰でも…。世界中の人々が、与えられた環境下でこの競技の楽しみを知り、いろんな形で広めていってくれるだろう。しかし、心技体を鍛えて個々を向上させ、ゲームにおいては一つのボールを追いかけ、一つのゴールを目指して熱くなるという、バスケットボールの本質的な喜びは変わらない。

 

 ネイスミス博士はルールについて、『SPALDING ATHLETIC LIBRARY BASKET BALL』の中でこう記している。「ゲームを実際にやっていく過程で、おもしろい特長があらたにいくつも見つかったので、この最新版では可能な限りそれらを盛り込むことにした」

 

 この精神に基づき、ドリブルも後日取り入れられたものと思われる。トライアングル出版(Triangle Publishing Co.)発行の体育専門月刊誌『Physical Education』の1894年3月号に掲載された、ネイスミス博士自身による寄稿の中には、「ドリブル中のプレーヤーがボールを持って運んでいるか、そうでないかを判断するのはしばしば困難である」という記載がなされている。「何時なんどきも足でのドリブルは許されないが、ボールが地面にある間に手が触れていなければ、ボールを転がすのは許される。ただし単に地面に沿ってボールを押していくのはファウルと見なされる」との解説もある。

 

 ボールを持って動いてはいけないというルールだった当時、やんちゃな誰かがボールを転がして、「ボールを持ってないんだからこれは反則じゃないよ!」などと主張したのではないだろうか。それを聞いたネイスミス博士も、おおらかな“法の精神”を発揮して「ははは! 良いアイディアだね」などと答えたのかもしれない。実際どうだったかはわからないが、ネイスミス博士はこれを検討し、ルールとして認める結論に達したのだ。

 

 こうしてボール保持者が自分でボールを前進させる術が、バスケットボールに加わった。また後年、1930年代に入ってからは、それまで一般的だったツーハンドでのセットショットに替わってワンハンドでのジャンプショットが脚光を浴びるようになる。こうした競技の発展に伴い、専用ボールの表面の持ちやすさが改善されてくるとともに、初期のボールに付いていた縫い目と縫い紐を取り除くといった変化が起こる。空気圧の調整により、ボールのはずみも一定範囲内で管理されるようになっていくのだった。《つづく

 

 

1894年にA.G.Spalding & Bros.社が発売した世界初めてのバスケットボール

(写真/©Spalding)

 

1930年代に発売されたボール。縫い目がなくなっている

(写真/©Spalding)

 

『この夏知っておきたいバスケットボール史 -(1)誕生編』を読む

『この夏知っておきたいバスケットボール史 -(3)将来展望編』に続く

 

(月刊バスケットボール)

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