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2020/06/08

【コービー・ブライアント追悼コラム】2004年6月8日のビッグショット

ロサンジェルス・レイカーズがデトロイト・ピストンズと対戦した2004NBAファイナルは、シリーズ前の展望としてはレイカーズ有利。しかしふたを開けてみれば、4勝1敗で王座に就いたのはピストンズの方でした。ただ、このシリーズで唯一レイカーズが勝利した6月8日のシリーズ第2戦で、コービーはそのキャリアの中でも最も輝かしいプレーの一つを生み出しています。

文=柴田 健 撮影=佐々木智明

 

2004NBAファイナル第2戦、コービーは終盤の劇的な活躍でレイカーズを勝利に導きました

 

 

好対照のチーム同士が激突した2004NBAファイナル

 

 2003-04シーズンのレイカーズがチャンピオンシップを逃した事実は、バスケットボールというスポーツの奥深さ、またNBAのタレントの分厚さを示す出来事の一つとも言えます。

 

 核としてコービー・ブライアントとシャキール・オニールのコンビが輝きを放っていただけでなく、このシーズンにはゲイリー・ペイトンとカール・マローンも加わり、この時点までに9つのリングを手にしていたフィル・ジャクソンがヘッドコーチ。彼ら5人すべてがのちに殿堂入りを果たすこのシーズンのレイカーズは、何とも豪華なチームでした。レギュラーシーズンは56勝26敗で、ケビン・ガーネットを中心としたミネソタ・ティンバーウルブズにウエスト首位の座こそ譲ったものの、そのウルブズをウエスタンカンファレンス・ファイナルでの直接対決で下してファイナルに進んでいます。

 

 一方のピストンズはチャウンシー・ビラップス、リチャード・ハミルトン、テイショーン・プリンス、そしてベンとラシードの“ウォーレス・コンビ”の5人が主力。イースト3位の54勝28敗でプレーオフに進み、ファーストラウンドでミルウォーキー・バックスを一蹴すると、カンファレンスセミファイナルでイースト2位のニュージャージー・ネッツを、カンファレンスファイナルで同首位のインディアナ・ペイサーズを破って勝ち上がってきました。

 

 レイカーズはリーグ3位の得点力(平均98.2)を誇り、ピストンズはサンアントニオ・スパーズとともにリーグトップタイのディフェンス力(平均失点84.3)を大きな特徴としていました。スターぞろいで経験豊富、そして華々しくオフェンスを展開するレイカーズに対し、ファイナルでの経験はないもののタフな個性派が固いディフェンスを敷くピストンズ。好対照の両チームが激突するシリーズを前にした展望は圧倒的にレイカーズ有利説が強く、ESPNによるプレビュー記事では、ロサンジェルスでの第1戦はレイカーズが10点近く差をつけて勝つだろうという予想が書かれており、そのような論調を耳にしたビラップスは「世界を驚かせてみせる」と波乱を予告するコメントで闘志をあらわにしました。

 

 その第1戦、レイカーズはピストンズの前によもやの敗北を喫します。75-87。プレーオフに入ってからレイカーズがホームで敗れたのはこの時は初めて。コービーが25得点、シャックが34得点をあげたものの、レイカーズのほかのメンバーは全員が5得点以下と完璧に抑えこまれました。

 

 このシリーズに関しては小社刊『英雄伝説 コービー・ブライアント』の中でも、当時ピストンズのAコーチだったハーブ・ブラウン氏に解説していただきましたが、ピストンズはシャックをダブルチームしない代わりにコービーに厳しいプレーを強い、またレイカーズのほかのメンバーたちに仕事をさせづらくする狙いをもって臨んでいたとのことでした。その言葉通り、シャックは16本中13本のフィールドゴールを成功(成功率81.3%)させたのに対し、コービーは27本中10本のみ。ピストンズの戦略がもののみごとに奏功した形です。

 

 シリーズにおけるホームコート・アドバンテージを失い、コービーは「シリーズは7試合まであるんだ」と冷静さを装ってはいたものの、内心穏やかではなかったに違いありません。その悔しさがコート上で表現されたのが、16年前の今日6月8日に行われたシリーズ第2戦でした。

 

 

「オレならできると思っている」

 

 この試合でのコービーは前半から好調に得点を重ねていましたが、特に第4Qに10得点。86-89の劣勢で迎えた残り2.1秒には、ハミルトンのマークを交わして意地の同点スリーをねじ込みます。延長に入ってからも勝負強さを見せ、4得点と2アシストでレイカーズの10得点中8点にからんだコービーの活躍でレイカーズは勝利。シリーズを1勝1敗のタイに持ち込みました。

 

「あれはたぶん、今までの人生で決めた中で最大のショットだ」とコービー。試合を通じて33得点、7アシスト、4リバウンドとバランスの良い数字を残したあと、「ひるまず挑む。獲物はデカいんだ。オレならできると思っている」と彼らしく強気なコメントを残しています。「これはドッグファイト(激しいやりあい)だ。誰も簡単に勝てるなどとは言っていないよ。楽しみはここからだ」

 

 ビッグショットの瞬間については、「シャックが最高のダウンピックをかけてくれた。リチャードがついてきていたが、バランスを保つよう心掛けてゴールを射貫くことができた」と話しました。

 

 ここでシャックのダウンピックには大きな意味合いが隠れています。コービーとマッチアップしていたプリンス(身長206㎝)が、このピックプレイでハミルトン(身長198㎝)とスイッチせざるをなくなっていたからです。身長198㎝のコービーが、自分より長身でウィングスパンが220㎝近くあるプリンスにマークされていたら、このショットの成否は違っていたかもしれません。

 

 コービーとシャックが連係を見せ、それをコービーがきちんと言葉にしたことは、二人の関係性を振り返る上でも意義がありそうです。このシーズンの後、シャック&コービーのレイカーズは崩壊…。しかしオフコートでの様々な問題とは別に、コート上での彼らがプロフェッショナルに戦った証しが、ここにあるように思います。

 

 このシーンはコービーが昨年発表した書籍『マンバメンタリティー』の中でも紹介されているので、やはりコービーの心の中でも特別だったと想像できます。「ハミルトンはとても真面目なプレーヤーで、無理なコンテストはしてこないと見越してあのショットを狙った」といった分析眼、あるいはそれが記されたこの作品自体がコービーのレガシーの一部であり、それは現役プレーヤーにも指導者にも参考になるものに違いありません。

 

 前述のハーブ・ブラウン氏の弟で、当時ピストンズHCだったラリー・ブラウン氏は、「やはり彼は特別な存在だ。長いシーズンを乗り切ってきた今、それまでよりも力強さが増した。素晴らしい若者だ」とコービーの活躍に脱帽。一方レイカーズの指揮官ジャクソンは、「コービーは不利な状態でも奇跡を起こせる男だと信じている。今日のショットもすごかったね」と素直な賞賛の言葉を贈っています。

 

 

コービー追悼特設ページ『Dear Kobe Bryant』

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(月刊バスケットボール)


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