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2020/06/02

【コービー・ブライアント追悼コラム】20年前の今日―6月2日

NBAの世界で6月は王者が生まれる月。ゆえに6月は、コービーのキャリアにおいても重要な意味を持つ月であるともいえます。そこで6月のコービーを振り返ってみたところ、ちょうど今日、6月2日が、コービーの“6月デビュー”にあたる日でした。

文=柴田 健 撮影=中川和泉

 

吉成 誠さんによるコービー・ブライアントのフィギュア(撮影協力=島本和彦さん)

 

 コービーが6月まで勝ち残ったケースはキャリアを通じて7回あり、資料を見返してみると通算40試合でプレーしていました。そして、その最初が今日からちょうど20年前の2000年6月2日。ポートランド・トレイルブレイザーズとのウエスタンカンファレンス・ファイナル第6戦でした。

 

 この試合はレイカーズが3勝2敗とリードした状態で、ブレイザーズの地元ポートランドにあるローズガーデンで開催され、ブレイザーズが93-103で勝利。コービーはフィールドゴール24本中12本を成功させチームハイの33得点、アシスト6本に4スティールと数字を残しています。第4Qにはスリーを6本中4本(試合全体では9本中6本)成功。また、シャックとともに48分間フル出場を果たしており、初のファイナル進出とリーグ制覇に向けた強い意欲をにじませる活躍ぶりでした。レイカーズはこの試合の3日前、ステイプルズ・センターで第5戦を落としており、再びホームに戻っての第7戦まで勝負を持ち越さず、敵地でファイナル進出を決めにかかっていたことがうかがえます。

 

 ブレイザーズは、コービーとシャックに対抗するべく、スコッティ・ピペン(9得点)とビッグマンのアルビダス・サボニス(10得点、11リバウンド)を中心に組織的なディフェンスを展開。コービーにこそ活躍を許したものの、特に “ハック・ア・シャック(Hack-a-Shaq)”と呼ばれたファウルをいとわない厳しいディフェンスでシャックを17得点に封じ込める一方で、スティーブ・スミス(26得点)、ボンジ・ウェルズ(20得点)をはじめ2桁得点が5人とバランスよいオフェンスを展開し、勝利をもぎ取りました。

 

 コービーはシリーズ序盤で、ブレイザーズについて「(シャックのポジションとなる)ポストに対してあれほどアグレッシブなダブルチームを、継続的に仕掛けられたのは初めてだよ」というコメントをしています。「これは面白い。どこからダブルチームが襲ってくるか、チームメイトたちはどう反応すべきなのか、というようなことを学ぶ機会になるからね」

 

 研究心と闘志に、ハック・ア・シャックは火をつけたようです。

 

 ブレイザーズがレイカーズに対して、ピペンをいわゆるロックダウン・ディフェンダーというよりはチームディフェンスの頭脳として機能させていることも、コービーは察知していました。「ブレイザーズの最大の強みは、スコッティにコート全体を監視させているところにある」という言葉がそれを示しています。また、ピペンがシカゴ・ブルズ在籍時に、このシーズンからレイカーズをヘッドコーチとして率いていたフィル・ジャクソンの下で、マイケル・ジョーダンとともに6つのチャンピオン・リングを手にしたことも、コービーは当然承知しています。レイカーズのトライアングル・オフェンスへの対抗策を提示する力も、その策を実行する力も持っているピペンがまとめるブレイザーズに対し、敗れたとはいえこの試合で奪った33得点は、研究心旺盛なことで知られたコービーの真骨頂ともいえるかもしれません。

 

 かくして20年前の6月2日、コービーの“6月の戦い”が始まりました。2000年から2002年までの3連覇、2004年と2008年の敗北、そして2009年と2010年の連覇。輝かしい瞬間を生んだ“コービー・ブライアントの日”と呼べる日が、6月にはいくつも生まれたことはご承知のとおりです。月間のキャリア通算40試合(ウエスタンカンファレンス・ファイナルでの3試合を含む)の成績は24勝16敗(勝率60%)。1試合平均25.6得点、5.9リバウンド、5.2アシスト。今月もその活躍を振り返る映像や写真が、ソーシャルメディアにあふれるに違いありません。

 
 

コービー追悼特設ページ『Dear Kobe Bryant』

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(月刊バスケットボール)


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