月刊バスケットボール5月号

今月の逸足(CLASSIC KICKS)Vol.8-2

  Nike Zoom KD IV ナイキ ズーム KD 4   文=岸田 林   (つづき) この新世代のスター、デュラントとレブロンの対決は大いに注目され、戦前は若く勢いのあるサンダーが有利とされた。というのも、前年、レブロンは優勝を渇望してヒートに移籍したものの勝負どころで結果を残せず大バッシングを浴びていたのだ。だが、結果は4勝1敗でヒートの圧勝。レブロンはようやく名実ともにNBAの王座を獲得。それからというもの、「リーダーシップに欠けるのでは?」という声はデュラントに向けられるようになる。   一方シューズの方に目を向けると、14年にシーズンMVPを獲得したデュラントは、アンダーアーマーから猛烈なアプローチを受ける。前年にナイキからステフィン・カリー(ウォリアーズ)を引き抜き波に乗るアンダーアーマーは、デュラントに対して10年2億8,500万ドル(当時のレートで約300億円)という破格の契約をオファー。報道によれば、オファーにはシグニチャーシューズのロイヤリティーのほか、母親名義のチャリティセンターの設立なども含まれた真剣なもので、交渉は成立寸前まで進んでいたようだ。   米調査会社「SportOneSource」の調査によれば、13年のKDシリーズの売上は約1億7500万ドル。対してレブロンモデルは、3億ドル以上の売上を誇っていた。アンダーアーマーからすれば、『マイケル・ジョーダン(元ブルズほか)、コービー・ブライアント(元レイカーズ)、レブロンの“次”にいるより、我々と共にトップになろう』というメッセージだったはずだ。だがナイキは最終的に、アンダーアーマーと同等の契約をオファーし、デュラントの引き留めに成功。デュラントも自身のTwitterで「またスウッシュに戻ってこられて興奮するとともに、身の引き締まる思いだ」とつぶやいた。彼の足元の価値は、プロ入りから7年で5倍近くに膨れ上がったことになる。   そして16年夏。デュラントは優勝を渇望し、ウォリアーズへの移籍を決断。大都市圏のチームへの移籍には、(チームから支払われるサラリー以上の金額で彼と契約する)ナイキもさまざまな形で影響を及ぼしたと言われる。こうしてアンダーアーマーの2枚看板となっていたかもしれなかったカリーがチームメイトとなり、最新モデルとなる「KD10」もプレイオフ中に発表された。そして自身としては5年ぶりに進出した今年のファイナルで激突したのは、かつて同じように優勝を渇望して移籍したレブロンが率いるキャブス。世界選手権(現ワールドカップ)、オリンピックのアメリカ代表としても金メダルを獲得したデュラントとしては、残すタイトル、NBAのチャンピオンリングをかけて戦う相手としては申し分のない相手だったに違いない。 (おわり)   写真=山岡邦彦 (月刊バスケットボール2017年8月号に掲載)

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