月刊バスケットボール5月号

【南東北インターハイ記者の目】“勝った経験”の有無

  高校生たちが全身全霊を打ち込み、日本一の座を懸けて毎年筋書きのないドラマを繰り広げるインターハイ。今年は男子が福岡大附大濠の3年ぶり4回目の優勝、女子は岐阜女の初優勝で幕を閉じたが、決勝が男女ともに大接戦だったことからも分かるように、優勝した両校と、準優勝の明成や桜花学園の間に大きな力の差があったわけではない。それでも勝者と敗者、たとえ紙一重の差でもハッキリと二分されるのがスポーツの世界。タイムアップの瞬間、喜びを爆発させた勝者のすぐ隣には、うなだれ悔し涙を流す敗者の姿があった。   両者の明暗を分けたもの。それはある面で、“勝った経験”の有無だったのかもしれない。決勝戦の後、明成の佐藤久夫コーチが敗因に挙げたのは、福岡大附大濠が4度のオーバータイムを制した準決勝の影響だった。 「大濠は、(準決勝で)ゲームを捨てずに勝ち切った、というあの頑張りが決勝でも出ていました。明成にはそれが足りなかった。まさに準決勝からの勢いや流れが決勝につながる形となり、明成にはその流れを断ち切る“ハサミ”がありませんでした」 実は前日の準決勝、佐藤コーチはこの日の最終試合となった福岡大附大濠vs.帝京長岡の試合をコートサイドから眺めていた。福岡大附大濠は、怖いもの知らずの1年生⑭横地のブザービーターなどで窮地を乗り越え、再々々延長にもつれる死闘に勝利。この“勝った経験”から大きな自信を得た彼らは、翌日の決勝戦も、たとえ疲労があろうと自分たちの勝利を信じながらプレイすることができたのだ。   しかし一方の明成には、この“勝った経験”が足りなかった。例えば準決勝の福岡第一戦も、スコアでは90ー68の快勝だったが、佐藤コーチは「向こうの絶不調がうちより深刻だった」と、決して自分たちの力で勝利したとは言わなかった。しかも、明成の今年の主力は昨年から試合に絡み、インターハイ2回戦敗退、ウインターカップ1回戦敗退をはじめ数々の敗北を味わってきた当事者である。今年に入ってようやく強豪相手に勝ち星を挙げられるようになったが、昨年の丸1年をかけて彼らに刷り込まれた“負けのイメージ”は、そう簡単に拭えるものではなかった。今回の決勝も、崖っぷちに追い込まれパニックに陥った明成が、自分たちは勝てる、と信じ切れなかったとしても無理はない。そして焦りから勝負どころでミスが重なり、勝利を手放す形となったのだ。  

  転じて、女子の決勝でも“勝った経験”は勝敗を左右した。岐阜女にとってのそれは、6月の東海大会の決勝、桜花学園を61ー59で下した試合である。 この試合、岐阜女は3Qを終えて51ー39と大きくリードしていたが、4Qで桜花学園の猛攻に遭い、終盤に逆転され、さらに5点のリードを奪われてしまう。だがここから⑤池田のカットインを中心に再び同点に追い付くと、残り9秒でマイボール。そしてタイムアウトを挟んで最後は⑦クンバがバスケットカウントを獲得し、2点差で勝利を挙げたのだ。 この経験は岐阜女に、たとえ相手がインターハイ5連覇中の桜花学園であっても、『大丈夫、最終的には勝てる』というある意味での楽観視を生み出した。そして反対に、桜花学園には『どんなに優位に立っても気が抜けない』という悲観視を植え付けた。試合が接戦となり、勝負がどちらに転んでもおかしくない緊迫した状況で、この視点の違いは選手たちの精神面を大きく左右する。 だからこそ今回の決勝でも、岐阜女は苦しみながらもきっちりと自分たちのバスケットを展開できたのだろう。敗れた桜花学園・井上眞一コーチは、競り合いに持ち込んだ要因を「(自分たちの)まぐれのシュートが入っただけ」と言い、彼我の差を点差以上に感じたようだった。   とはいえ、“勝ったことがある”者の壁を、そうではない者が越えられないかと言えば、それは違う。足りない“勝った経験”を、時に努力を重ねて得た“勝利の確信”で埋めることもできるからだ。 かつてラグビーの五郎丸歩選手は、南アフリカに勝利して“ラグビー史上最大の奇跡”と評された2015年ワールドカップでの躍進を、「必然です。ラグビーに奇跡はないので」と言い切った。その裏に、3年半に及ぶ世界一厳しい練習があり、『これだけやったのだから、南アフリカにも勝てる』という確信があったからだ。   戦いの時に向け、でき得る限りの準備をすること。それこそが“勝った経験”の差を埋める、最良の方法なのだろう。特別な努力を重ねれば、勝利は必然のものとなる。確信を持てるだけの準備を積んで冬のウインターカップに臨めるかどうかは、選手たちのこれから次第だ。   (月刊バスケットボール)

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