月刊バスケットボール5月号

NBA

2021.05.12

渡邊雄太のオフェンスのキーワードは「プレー・オフ・ザ・キャッチ」 - ニック・ナースHCの解説

 

 NBA2020-21のレギュラーシーズンも終盤に差し掛かり、渡邊雄太のトロント・ラプターズにおける存在感は開幕当初とは比較にならないほど大きく膨らんだ。エグジビット10契約からスタンダード契約へ。1分でも出場できるかどうかはわからない立場から20分、あるいは30分以上コートに立つことも期待できる状況へ。しかも進化の本番はこれからだ。
日本時間5月9日(アメリカ時間8日)に行われたメンフィス・グリズリーズとの試合後、ニック・ナースHCに渡邊のここまでの成長スピードについて問いかけた際、ナースHCは「自分でショットをクリエイトすることも大事」ということを話していた

 その3日後の対ロサンゼルス・クリッパーズ戦で渡邊は、その言葉に応えるかのようにペイントへのドライブから3本のショットを成功させてみせた。3本放った3Pショットを決められず得点は2ケタに届かなかったものの、8得点、4リバウンド、3アシストの数字はまずまずであり、かつポール・ジョージに対する執拗なディフェンスで十分に持ち味を見せていた(試合自体は96-115で敗れた)。
渡邊に折々フェイスガードされたジョージは、この試合でフィールドゴールが15本中5本しか決められず、シーズンアベレージの23得点を大きく下回る16得点に終わっている。もちろんオールスタープレーヤーという立場でこの時期にアクシデントを気にして「プレーオフモード」への準備期間であるとか、クリッパーズがすでにプレーオフ進出を決めポストシーズンの戦いに軸を移しているだろうことを考えれば、額面どおりに捉えることもできないかもしれない。しかし結果は結果だ。渡邊はジョージを苦しめた。
渡邊のオフェンスに関しては、自分のショットをクリエイトする過程に関して、実は以前から一つ気になっていたことがあった。今シーズン、渡邊がボールを持ったときに、マッチアップするディフェンダーとスクエアアップする(正対する)シーンがほとんどないのだ。それは、自分で得点機を生み出すこととある意味で相反する状況ではないのだろうか?
素人考えでは、時にはそういう場面があってよいのではないか、その方が自分のリズムを作りやすいかも…という思いがあった。相手と正対するのは1対1の基本の一つでもあるはずだ。ただし一方で、そうなるとラプターズのネクストアクション・オフェンスの流れを止めてしまうリスクがあるのも理解できる。そこでナースHCに、渡邊に対して相手とスクエアアップすることで自分のショットを創るようなことを話しているかどうかを聞いてみた。

 

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ナースHCは渡邊のオフェンスのキーワードとして「Play off the catch」というフレーズを提示し、説明してくれた(写真をクリックするとインタビュー映像を見られます)


答えは明確に「ノー」だった。ナースHCは、渡邊のショットを生み出すプレーはスクエアアップがベースではなく、「プレー・オフ・ザ・キャッチです(One thing Yuta does is what we call play off the catch.)」と教えてくれた。マッチアップと対峙して「さあ勝負」というアプローチではなく、「ボールが彼に向かって飛んできている間にもう始まっているんです(He’s already in to the move as the ball is coming to him.)」という。説明の続きは以下のようなものだった。
「それ(ボールをキャッチする前からの動き)があるからペイントにいるディフェンダーたちが警戒せざるを得なくなります。彼はキックアウトのパスがうまいですからね。ここ何週間かこの場で話してきたように、彼のキックアウトが効果的だったために相手がしっかり守るようになりました。相手は彼をマッチアップ相手との勝負に仕向け、レーンに向かって1対1をさせるようにしてきたのです。でも(渡邊のプレーは)ほとんどが動きの中で起きていたので、それでも良いと思っているんですよ」
“And that’s why he’s kind of buy people in the paint. And he was a good kick-out passer. Now he’s…, you know like we’ve talked about here for several weeks they stay home a little bit more because he was finding a lot of kick-outs. So, it’s kinda , made him, we talked about, made him play against his match-up or one-on-one down the lane but it’s usually on the move. And I like that.”
しばらく前、渡邊の課題を3Pエリアとペイントの間のプレーだとも言っていたナースHCだが、その当時でもオフェンス面で悪い評価をしていたわけではないようだ。逆にその当時、自分の得点に固執して長い時間ボールを保持して流れを止めるようなことをしていたら、今頃渡邊はラプターズにいなかったのかもしれない。
ナースHCはさらに以下のように続けて話した。
「それが彼の持ち味の一つです。アグレッシブに攻めるプレーヤーの一人ですし、ペイントに何度も入り込んでいますよね。彼にボールを長く持たせるのは、ディフェンスに陣形を整えヘルプしやすい状況を準備する時間を与えるだけではないかなと思います。彼はヘルプが来ても多くの場合で勝てていますが、それはプレー・オフ・ザ・キャッチができているからで、我々はそのプレーぶりをありがたいと思っているんですよ」
“You know it’s part of his game. He’s one of the guys that does attack pretty aggressively. He’s into paint a lot. I’m not so sure that having him hold it is gonna do anything other than the rest of the defense get set a little bit more and get in their shell and have more help ready. He usually beats that help in there because he plays off the catch so we’re happy with the way he plays like that.”
ボールが来る前に頭の中で次のプレーがイメージされ、いざボールをキャッチする瞬間にはそのイメージに沿ってアタックが始まっている。自らが動いていく間に、チームメイトの位置や動きを察知しながら移りゆくコート上の状況に合わせてクリエイトする…。こう書くのは簡単だが、非常に知的な上に206cmの渡邊から見てもデカい相手だったり、驚くべき俊敏さを備えたディフェンダーが複数立ちはだかるコート上でこうしたことを瞬時に行うのは、どれだけ難しいかまったく想像ができない。
しかしナースHCは、渡邊がそれをできていると評価した。この日のようにプレー・オフ・ザ・キャッチからペイントにアタックしての得点が何本も出てくると、今度はドライブを怖がってディフェンダーがクローズアウトしづらくなるので、3Pショットの精度にも良い影響が期待できるだろう。今シーズンのラプターズは残り3試合のみとなったが、渡邊の成長という意味では楽しみの尽きない試合となりそうだ。

 

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取材・文/柴田 健(月バス.com)
(月刊バスケットボール)



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