Bリーグ

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2021/02/11

ケイン・ロバーツ(東京Z) - BリーグからNCAAディビジョンIに飛び込むサムライの物語(2)

ケイン・ロバーツ(アースフレンズ東京Z)のストーニー・ブルック大学入りへのステップにおいて、トウキョウサムライは単に成長の手助けをしただけではなく、実際に大学側へのアプローチを強力にサポートした。その過程はどんなものだったのだろうか。ロバーツが活動拠点としていたトウキョウサムライのシーセン クリス マコト氏にさらに話を聞いた。

文/柴田 健(月バス.com) 協力/Kris Thiesen(Tokyo Samurai)、アースフレンズ東京Z

 

2018年のアディダスガウントレットに出場したトウキョウサムライ。前列#24がロバーツ

 

カリフォルニアの強豪校入りを実現

そしてBリーグ入り

 

 あるプレーヤーがNCAAディビジョンIのオファーを受け取るには、単にプレーを頑張っているだけでは足りない。何とかして、タレントを欲しがっているコーチたちに自分の能力を見せなければ、いくらうまかろうが強かろうが、箸にも棒にも引っかからない。自らの鍛錬は大前提。その上で、ハイライトビデオを作ったり望みにかなう有力チームのリストアップをしたり、希望大学のコーチと連絡を取ったり…。やることがたくさんあったはずだ。

 

 「ロバーツがストーニー・ブルック大学からの正式オファーを受け取るまでの進路決めには、実は3年前かかっています。リクルーティングの過程はできるだけ早く始めて、コーチたちに子どもたちの名前を知ってもらうようにするのが定石ですからね」(シーセン氏)

 

 2018年の夏、トウキョウサムライはカリフォルニア州アーバインで行われたアディダス・ガウントレットという大会に参加しノースキャロライナのティーム・ローデッドという有力チームと対戦した。東海岸では有名なAAUチームだという。NCAAディビジョンIのコーチが15人以上も集まり、目当てのプレーヤーを探しているような環境だ。
 16歳だったロバーツは控えだったが、その試合で16得点を記録した。その段階で、2人のコーチから問い合わせがあったという。ただ、日本にいるとロバーツが継続してパフォーマンスを追ってもらうことは難しく、その話は立ち消えてしまったそうだ。それでも、このエピソードはロバーツの能力的な可能性と、こういった手法(才能を必要としている人も前に示すこと)の意義を感じさせるものとして、日本に住むバスケットボール関係者も知識を深めるべきものに思える。
 翌2019年夏、トウキョウサムライがロサンジェルスでの大会に参加した際、サンタ・マルガリータ・カトリック高校(以下SMCH)のコーチがロバーツに最終学年でプレーしないかという話を持ちかけた。ほかにもジョージア州やカリフォルニア州内の有力校から声がかかった。
 SMCHはクレイ・トンプソン(ゴールデンステイト・ウォリアーズ)の母校で、カリフォルニア州で強豪として知られるマター・デイ高校(現在トロント・ラプターズで渡邊雄太とチームメイトのスタンレー・ジョンソンなどを輩出)などがしのぎを削るハイレベルなリーグに所属していた。ロバーツはその話を受けることにしたのだが、カリフォルニア州の転校生規定でシーズンの半分程度に出られず、しかも権利を得たかと思ったとたんにプレー中のアクシデントで脳震盪…。結局ほとんどそのシーズンにプレーできずに終えてしまう。
 この段階でプレーできない状況は、大学へのアピールができないことを意味する。となるとリクルーティングの見通しは険しくならざるを得ない。プレップスクールに入るのも簡単ではない。トウキョウサムライからは、例えばスラムダンク奨学金でモサクオルワダミロラ雄太ジョセフと須藤タイレル拓が渡米している。(ともに第13回奨学生。現セント・トマスモア・プレップスクール)。しかも悪いことに、2020年は世界全体が新型コロナウイルスの感染拡大により揺れに揺れていたため、ロバーツに同様の機会はなかった。
 暗中模索の状況で、しかし世界への扉はこじ開けられる。その力になったのはシーセン氏とアースフレンズ東京Zのヘッドコーチ、東頭俊典氏の縁だ。(パート3に続く

 

 

シーセン氏と東京Zの東頭俊典HCの縁がロバーツのBリーグ入り実現につながった(写真/©B.LEAGUE)

 

パート1を読む

 

アイキャッチ写真/©B.LEAGUE


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