月バスTOPICS

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2021/03/04

東京で必見!“車いすバスケ界のマイケル・ジョーダン”

 ちょうど半年後に開幕する東京パラリンピック。22競技の中でも、高い人気を誇るのが車いすバスケットボールだ。今年1月、IWBF(国際車いすバスケットボール連盟)は新たにエチオピア、ルワンダ共和国、リベリア、マルタの4か国を加盟国として正式に迎えたことを発表。これでIWBF加盟国は総勢95か国・地域となり、普及率の高さにおいても車いすバスケ人気の高さが示された。その車いすバスケ界で“歴代最高プレーヤー”と称されているのが、カナダ代表のパトリック・アンダーソン。“車いすバスケ界のマイケル・ジョーダン”の異名を持つ彼は、東京パラリンピックの注目プレーヤーの一人だ。

文/斎藤寿子 写真/加藤誠夫

 

「本当のスポーツだと思えた」車いすバスケ

 9歳のときに交通事故で両脚の切断手術を受けたアンダーソンは、翌年に車いすバスケを始めた。実はその前に挑戦していたスポーツがあった。パラアイスホッケーだ。もともと事故に遭う前まではアイスホッケーの選手だったため、最初に興味を持ったのだ。しかし、当時はきちんとした用具がなく、スムーズに氷上を滑ることができなかった。“氷上の格闘技”とも言われるアイスホッケーの本場生まれのアンダーソンにとっては物足りなかった。その後、現在使用されているような先端に鋭い歯がついたスティックが用意されたが、母親が「子どもには危険すぎる」と許可しなかったのだという。

「もし僕がケガをするのが5年後だったら、パラアイスホッケーの選手になっていたかもしれないね」とアンダーソン。いずれにしても“世界最高プレーヤー”の名を欲しいままにしているはずだ。

 パラアイスホッケーの道を断念したアンダーソンが始めたのが、車いすバスケだった。プレー自体はもちろん、競技用車いすにさえ乗れば健常者の兄弟や友人とも競り合うことができたことが、少年の目には「本物のスポーツ」と映ったのだ。

カナダのナショナルチームにメンバー入りしたのは、1997年、17歳のとき。その後、アンダーソン擁するカナダは黄金期を迎える。21歳で初めて出場した2000年シドニー、続く04年アテネと、カナダはパラリンピックを連覇。08年北京こそ銀メダルに終わったが、12年ロンドンでは王座奪還し、3度目の金メダルを獲得した。そのいずれの大会においても、エースとしてチームをけん引したのはアンダーソンだった。

 

苦戦が予想される東京パラでのプレーに注目

 今年の東京パラリンピックは42歳での出場となるが、ずば抜けた身体能力の高さはいまだに衰え知らずだ。ドリブル、チェアスキル、シュート力……、どれを取っても一級品。加えて高身長、長いリーチと体格にも恵まれている。ゴール下の攻防戦に強く、ワンプッシュで稼げる距離が大きいために素早いトランジションも可能というわけだ。

 中でも一番の見どころは、やはり高確率なシュートだ。どの角度・距離からも、どれだけ体勢を崩されても、どれだけの人数に囲まれても、彼の手から放たれたボールはネットに吸い込まれていく。ボールがネットのどこにも引っ掛かることなくストンと落ちる美しいシュート。“ネットを揺らす”のではなく“ネットの中心に落とす”というイメージだ。

 しかし、車いすバスケはチーム競技だ。もちろん彼一人で勝てるわけではない。カナダの黄金期には、“世界No.1センター”と称されたジョーイ・ジョンソンの存在が大きかったことは、アンダーソン自身が語っている。しかし、ジョンソンは12年に現役を引退。さらに、アンダーソンが離れた時期もキャプテン、エースとしてチームをけん引してきたデビッド・エングは、障がいの程度や身体機能によって選手に振り分けられているクラスの再評価によって、東京パラリンピックへの出場資格がはく奪された。

 エングが健在だった18年世界選手権でさえ、16チーム中12位に沈んだカナダ。果たして、東京パラリンピックではアンダーソンがどんなプレーで若手を鼓舞しながら奮闘するのか。これまで目にしたことのないアンダーソンの姿が見られるような気がしてならない。

(月刊バスケットボール)


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