月バスTOPICS

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2019/04/30

【最新・月刊バスケットボール6月号】『SLAM DUNK』井上雄彦氏が平成を語る!

 

 

――井上さんは1988(昭和63)年に『楓パープル』で手塚賞を受賞し、翌年、平成の始まりとともに『カメレオンジェイル』で週刊少年ジャンプの初連載となりました。改めて今、当時のことを振り返っていかがですか?

 

 漫画家として初めての連載でしたから、非常に濃い日々でした。“毎週毎週、自分の漫画を描く”という初めての経験が、濃縮された日々だったなと。それに『カメレオンジェイル』は12週で打ち切りだったので、短く濃かったですね(笑)。1週間のスケジュールのやりくりも、やりながら身に付けていく感じでした。連載前に『シティーハンター』の北条司先生のところでアシスタントを少しやらせていただいて、“こうやって回せばうまくいくんだな”というのを見て知ってはいたのですが、実際にやってみると思うようには全然できなかったですね…。

 

――その後の90(平成2)年、23歳のときに『スラムダンク』の連載がスタートしました。

 

 

 

 

 連載していた6年間を今振り返ると、とにかく楽しかったという幸せな記憶しかないんです。連載が始まった頃は経験も技術も全然足りなくて、やりながらいろいろ覚えていく形でしたが、逆に言えば毎週毎週、自分が上達していく感覚がありました。だから楽しくてしょうがなかった。下手なりに「あれ、前よりうまく描けるようになったな」とか、描くこと自体を純粋に楽しんでいました。やっぱり下手だと悔しいし、あまり楽しめないじゃないですか。徐々に自分がうまく描けるようになっていく実感があったので、楽しかったです。

 

――まるで、初心者から成長していく桜木花道(『スラムダンク』の主人公)のようですね。

 

 重なるところはあると思います。僕自身も漫画家として、本当に初心者に近いところからのスタートでしたから。意識していたのは、“前より、少しでも上に”ということ。週刊連載なので、「前の週よりも今週はもっと面白くするぞ」と。前の週より下がったり、現状維持になったりするのは嫌だと思ってやっていました。結果的にそうなってしまうことはあるでしょうが、意識として「前と同じでいいや」と思った時点で下がってしまうと思うので…。少しでも上に、という気持ちはありました
 それに題材が大好きなバスケットボールだったので、それを描けること自体が幸せでした。

 

 

――平成が始まった頃に思い描いていた未来と、実際の30年間を比べていかがですか?

 

 あまり先のことを考えない性格なのもありますが、想像もつかなかったです。というか、僕の想像なんてある時点でとっくに超えてしまいました。若い頃、「バスケ漫画を描いて成長して人気も出るぞ」みたいな夢はあったかもしれませんが、『スラムダンク』の連載途中で「こうなりたかったんだ」というのは超えていて…。その先は、自分自身が年齢を重ねて年齢なりの作品を描くようになったこともありますし、若い頃には全く想像もできなかったことです。

 

――平成の30年間は、井上さんにとってどんな時代でしたか?

 

 平成は、まるごと僕のキャリアと重なるので…。“ガキが大人になれた”30年、という感じですね。生意気なガキが、ちゃんとはしてないですけど、一応大人になれたかなと思います。

 

 

 

 

※今回ここで掲載したのは、インタビューのほんの一部。かつて月バスの表紙を描いていただいたときのエピソードや、日本バスケットボール界など、ぜひ最新号をチェック!

 

 

 

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