月刊バスケットボール5月号

佐古賢一氏は「NBAでできると思った」 - ドウェイン・ケイシー(ピストンズHC)が回想

 アメリカ時間4月1日に行われたワシントン・ウィザーズ対デトロイト・ピストンズ戦の試合後、会見に応じた両チームを取材させてもらった際、日本のバスケットボールに深くかかわったピストンズのドウェイン・ケイシーHCに、佐古賢一氏のFIBA(世界バスケットボール連盟)殿堂入りに関して話を振ってみた。
佐古氏のバスケットボール・プレーヤーとしてのキャリアは、ケイシーHCのコーチングキャリアと交差している。中央大学を卒業後、いすゞ自動車のポイントガードとして活躍した佐古氏は、長年小浜元孝氏の下でプレーしているのだが、ケイシーHCが恩師と慕うのがその小浜氏なのだ。
小浜氏は2017年1月12日にこの世を後にしたが、ケイシーHCが今でも小浜氏をよき友として、恩師として慕っていることは、さまざまな報道や、ケイシーHCがたびたび来日してプレーヤーやコーチ向けのクリニックを行っている事実からも推察できる。二人の出会いは1979年にさかのぼり、小浜氏がケンタッキー大学にバスケットボール視察に出かけたときからだという。佐古氏とケイシーHCの直接的なかかわりとしてわかりやすいものには、1998年に31年ぶりにFIBA世界選手権出場を決めた男子日本代表で、佐古氏がポイントガードを務め、ケイシーHCがアドバイザリー・コーチであった事実がある。
ピストンズのPR担当者が日本からズーム経由で手を挙げている私のリクエストを拾ってくれたので、この日の試合関連の質問を終えた後、「佐古賢一さんをご存じですよね」と切り出してみた。「ええ、日本代表のポイントガードですね」との答えだったので、佐古氏のFIBA殿堂入りの知らせを伝えると、「それは素晴らしい、私がおめでとうと言っていたことをぜひ伝えてください」と祝福の言葉をもらうことができた。
どうやらケイシーHCの耳にはまだこのニュースは入っていなかったようだ。続けて、何か佐古氏とのことで覚えているかを聞くと、NBAレジェンドの名前を引き合いに出しながら、以下のような称賛のコメントをくれた。「タフなポイントガードでした。私がNBAでできると思ったガードの一人でしたよ。強くて、タフで、NBAでいう“オールドスクール”なタイプのポイントガードでしたね。いろんなことがあってチャンスが巡ってきませんでしたが、彼はスコット・スカイルズを思い起こさせるようなプレーヤーでした」

 

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 ケイシーHC自身による英文での回答は以下のような流れだった。
“He was a tough point guard and he was one of the guards I thought that would make it to the NBA. He’s strong, he’s tough. He’s a point guard…, he reminds you a little bit of…, old school point guard in the NBA, strong, shooting three. But just whatever happened, he never got the opportunity but he reminds a little bit of Scott Skiles. That’s who he reminded me of, that type of player.”

※下の写真をクリックして閲覧できるインタビュー動画の1分10秒過ぎあたりからこのやり取りが始まります

 


スカイルズは1986年から10シーズンにわたって、オーランド・マジックなどNBAの5チームで活躍したポイントガードだ。1試合で30アシストといういまだに塗り替えられていない驚愕の記録を持つレジェンドで、佐古氏のプレーぶりがそのスタイルを思い起こさせるというのも栄誉なことだ。短いやり取りでも、「やっぱり佐古さんはすごかったのだ」とあらためて感慨に浸らせてくれたケイシーHCへのインタビューだった。

 

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取材・文/柴田 健(月バス.com)
(月刊バスケットボール)



タグ: NBA 佐古賢一

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