月刊バスケットボール6月号

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2022.05.06

ブリトニー・グライナーは不当勾留 - WNBA開幕直前、ロシアで逮捕された看板スターを巡る見解に動き

 今年2月にロシアで禁止薬物の持ち込みを理由に逮捕されて以来、同国で勾留されたままのWNBAスター、ブリトニー・グライナーについて、シーズン開幕直前になって大きな動きがみられている。国務省からの助言もあり、家族や近親者、WNBA関係者らはこれまで基本的にロシア側の対応を静観していたが、開幕3日前の5月3日(北米時間)、アメリカの国務省が、ロシア連邦のグライナー逮捕について「不当に勾留された(wrongfully detained)」という表現を用い、身柄の解放とアメリカへの帰国に向けた支援を一歩踏み込んだ段階に進める意向であることが報じられた。それとともにWNBAが、今シーズンの全試合でコートサイドにグライナーのイニシャルと背番号をかたどった「BG42」というシンボルマークを表示するとの発表も行われた。

 


こうしたアプローチの変化が何を理由に起こっているかの詳細はわからないが、合衆国政府がロシアの行いを公式に不当と断じた意味はまちがいなく大きい。グライナーの帰国に向けた動きが加速するかどうかは別としても、少なくとも今、「グライナーを取り戻す」ということについての正当性をアメリカの社会として主張し、WNBAのシーズンを介して日々それが語られていく環境となった。


ESPNによれば、国務省はその不法勾留という断定に沿い、この件を特別大統領人質関連特使(Special Presidential Envoy for Hostage Affairs)のロジャー・カーステンズ氏にゆだねることになったという。この特使は海外で不当に勾留されたと考えられるアメリカ人の解放を交渉することが役割だ。


また、国務省は5月4日(北米時間)の定例会見で、スポークスマンを務めるネッド・プライスは、そのような断定の論拠としてロバート・レビンソン決議(Robert Levinson Hostage Recovery and Hostage-Taking Accountability Act=人質解放や誘拐に対する国の責任と対応を定めた決議)のセクション302に示された、11からなる基準に言及している。その中には、海外で逮捕・勾留されたアメリカ人が不当に捕らわれたのか妥当なものなのかを断定する要素として、例えば無罪性を示す要素があるか、アメリカ国民だからという理由による勾留なのか、その国の法を犯しているのかどうか、なされるべき手続きが拒絶されたり損なわれているのか、などの項目が記されている。グライナーの事例が具体的にどの基準に合致すると判断したかは明かされていない。


グライナー自身が現在どのような環境で過ごしているかについての情報は少ないが、ロシア国内で弁護士がついており、グライナーのエージェントと家族がその弁護士との間で連絡を取れる状態にあること、また、領事館官吏がグライナーへの連絡を3週間拒絶されていたことは、3月半ば時点でCNNが報じていた。

 

 

 身長206cmのビッグセンター、グライナーは豪快なスラムダンクでも知られる女子バスケットボール界のスーパースターだ。昨夏の東京2020オリンピックではアメリカ代表の一員として金メダルを獲得し、日本でもそれまで以上に広く知られるアスリートとなった。また、2021シーズンには所属先のフェニックス・マーキュリーがファイナル進出を果たす原動力として活躍した。次々とスターが飛び出すWNBAの中でも、まさしく看板スターの一人と言える。

 

 マーキュリーは4月上旬に、グライナーが行っていた「BG’s Heart and Sole Shoe Drive」と呼ばれるチャリティー活動(きれいに保管された中古のシューズを支援者から集め、ホームレスにプレゼントするチャリティー)を、本人が不在の今シーズン開幕時点からも引き継いで展開することを発表していた。今シーズンは初めて、WNBAのフランチャイズがある全米12都市に拡大して展開されるとのことだ。グライナーの現状を案じ、思いを同じにするファンとともに帰国を願う取り組みは、それ自体いわゆる“静観”からは一歩踏み出した状況ではあったかもしれないが、勾留の不当性に言及するものではなかった。しかし今回の国務省発信の情報とWNBAの発表は、より大胆に「不当勾留された我が友、グライナーを取り戻せ」というメッセージを発信するものだ。


WNBAのキャシー・エンゲルバート コミッショナーは、「2022シーズンを始めるにあたり、ブリトニーを我々が行うバスケットボールとコミュニティーにおける取り組みの前面に位置付けていきます(As we begin the 2022 season, we are keeping Brittney at the forefront of what we do through the game of basketball and in the community)と声明を発表した。「ブリトニーを取り戻すために働き続け、この非常に難しい状況下でコミュニティーからBGとご家族に向けられたご支援に感謝いたします(We continue to work on bringing Brittney home and are appreciative of the support the community has shown BG and her family during this extraordinarily challenging time)」

 

 WNBAの2022シーズンは日本時間5月7日(土=北米時間6日[金])に開幕する。グライナーの所属するマーキュリーは、同日ラスベガス・エイセズを相手にホームのフットプリント・センターでシーズン初戦を行うことになっている。前日の日本時間5月6日(北米時間5日)に行われた練習後会見では、チームメイトのスカイラー・ディギンズ-スミスが「彼女のレガシーを引き継ぎながら、その栄誉を感じてプレーしたいです(Just us continuing to try to carry on her legacy and playing in her honor)」とグライナーへの思いを込めて話していた。



文/柴田 健(月バス.com)
(月刊バスケットボール)



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