月刊バスケットボール5月号

大学

2022.04.05

筑波大学アスレチックデパートメントの大学スポーツ改革 - バスケットボールチームで画期的ホームゲーム『TSUKUBA LIVE!』計画中

 個性的なマスコットや自チームの特徴を捉えたチームカラー、マーチングバンドが繰り出す大音響の生演奏やチアリーダーたちのアクロバティックで華やかなダンスなどの応援がどの大学にも存在するアメリカのカレッジバスケットボールの世界。日本のバスケットボールファンや関係者の中にも、その熱気や恵まれた環境にあこがれの念を抱く人は非常に多い。


NCAAでは、ホームチームのプレーヤーたちはヒーローだ。彼らは毎度のホームゲームで、自らにとって「聖地」であるホームコートを守るため、「ここで好き勝手はさせないぞ」という意気込みで全力を尽くして試合に臨む。乗り込んでくるアウェイのチームを踏みつけ、なぎ倒し、自らの力を鼓舞する。ヒーローたる彼らのスチューデント・アスリートとしての存在意義は、この瞬間に凝集されている。

 

 レギュラーシーズンの試合であっても30,000人を超える大観衆がアリーナを埋めることが珍しくはなく、強豪チームには平均で20,000人を超える例もある。全身で地元ファンの声援を浴びる体験は、学生たちの心に、自チームや自分が在籍する大学とコミュニティーに対する愛着の思いを生むだけではなく、その一部である自分に対するプライドを生み、前向きに生きていくのに必要な勇気をもたらすことが明らかだ。なぜアメリカにはそれがあるのか、なぜあんなに盛り上がるのか? いや、なぜ日本にはそれが起こらないのだろう?


もう3年前の2018年、筑波大学にアスレチックデパートメント(以下AD)という部署が誕生した背景は、そのような思考だった。同部署の副アスレチックディレクターを務める山田晋三氏は、「名前から完全にアメリカをモデルにしています」と話す。

 

 バスケットボールだけではなくアメリカンフットボール、ベースボール、水泳、体操などあらゆる競技・種目をNCAAが統括するアメリカと、各競技の統括団体同士の横のつながりがアメリカに比べて希薄な日本の大学スポーツでは、そもそもの在り方が異なっていることは一定以上受け入れなければならない。その理解の下、フィラデルフィアを拠点とするテンプル大学とアンダーアーマー(株式会社ドーム)、そして筑波大学の3者が共同研究を行うことに同意。筑波大学は学長の意志として、ADを発足させようということになった。「国立大学の我々に予算が潤沢にあるわけではありません。初期段階ではその部分でアンダーアーマーのサポートを受け、3年目の現在は地元の企業からのサポートを受ける形で独り立ちして進めています(アンダーアーマーも形を変えての支援は継続中)」と山田氏は説明してくれた。

 


筑波大学アスレチックデパートメントで、副アスレチックディレクターを務める山田晋三氏(写真/山岡邦彦)


当初はADがモデルチームとした学内の5つの部活動でスタート。その中にバスケットボール部は含まれていなかったが、現在はアメリカで言えば“バーシティー・チーム(varsity team)”と呼ばれるだろう44のクラブ活動すべてで、できることをやってみようという考え方で取り組んでいる。


バスケットボールに関しては、上記の共同研究とAD立ち上げの流れと並行するように、環境が急速に改善してきていた。国内リーグの統一によるBリーグの誕生や、代表チームの強化が進んだことに加え、つくば市で誕生した茨城ロボッツのB1昇格など、ADの発展にプラスになりうる外的要因が次々と生まれている。その中で、3月26日につくばカピオアリーナで実現したのが、茨城ロボッツのつくば市におけるホームゲーム『筑波大学アスレチックデパートメント presents TSUKUBA HOME GAME サンロッカーズ渋谷戦』であり、同日に予定されていた筑波大学男子バスケットボールチームによるホームゲーム、『TSUKUBA LIVE!(直前に筑波大学のチーム内で新型コロナウイルス陽性例が見つかるアクシデントにより延期された)』だった。


ADとしてB1公式戦の冠につき、筑波大学の学生たちがその中で主体的に運営にかかわること。さらにそれと同じ会場で、これまでにない画期的なホームゲームを開催すること。山田氏は、バスケットボールならではのやりやすさがその実現を助けたと話す。「ロボッツとはかねて地域スポーツの発展のために連携してきました(2019年に連携協定を締結)し、目指すところとしてアメリカのようにホームゲームをやりたいと考えたときに、バスケットボールはその例もあるので、イメージしやすいスポーツでした」

 


これまでも、複数チームが集まって行うリーグ戦開催日の中に組み込まれた筑波大学の試合を、ホームゲームと称して行ってきた。山田氏が吉田健司HCとともに関連団体に出向き、ホームゲームのコンセプトを説明すると、「それならばこの試合は筑波大学のホームゲームとして実施しましょう」と柔軟な対応をとってくれた結果の「一歩前進」だった。

 

 そうした取り組みを2年間続けた後の『TSUKUBA LIVE!』は、公式戦ではないものの、ロボッツのプロとしてのエンタテインメントのノウハウを大いに学びながら、筑波大学が地元つくば市で青山学院大学をホームチームとして迎え撃つ単独開催のホームゲームとして計画されていた。「連盟の公式戦でも、いくつかある試合のうちの一つという制限の中でももちろん筑波大のカラーは打ち出させていただいていました。でも今回はロボッツの力を借りながら、会場に足を踏み入れたらすべてにおいて筑波大学の世界が観客を迎え入れるような計画でした」


画期的なアイディアとADの推進力は、学内に潜在的に眠っていた意欲を掻き立てたようだ。ADが行う授業や広報活動で『TSUKUBA LIVE!』開催を知った学生たちが、学群や専攻、所属部活動の垣根を越えて協力を申し出たのだ。プロの演出を生かすと言っても、筑波大学らしさがなければ意味がない。学生らしさとは何かという答えの一つは学生が自らパフォーマーとなるブラスバンドであり、学生たち自らが出演するハーフタイムショーであり、学生たちの手によるクリエイティブ・アートだった。コロナ禍で学生活動が厳しい制限を受け続けている中、若者たちの活動意欲は高く、またその成果を多くの人々に見てほしいという思いは、大人が想像する以上の熱気を持っている。


当初予定されていた『TSUKUBA LIVE!』が延期となったものの、『筑波大学アスレチックデパートメント presents TSUKUBA HOME GAME サンロッカーズ渋谷戦』は予定通り開催され、学生たちの輝きが発散されるかけがえのない舞台となった。「非常に大きな手ごたえを感じたのは、ホームゲーム開催で学生の力を生かすことができそうだということです。学生を巻き込むことで、出演者でもあり、ファンにもなってくれて、皆がそれぞれのコミュニティーから人々を呼んできてくれる。すごいエネルギーでした。これならできるなと感じています」

 


学内でのホームゲーム開催は学生プレーヤーたちにもかけがえのない機会を提供する可能性を秘めている(ゴールに向かう三谷 桂司朗 写真/月刊バスケットボール)


山田氏はさらに「学内で試合をするということに大きな価値がありそうです」と語る。協会や連盟との調整事項として、試合の開催権などの問題はあるだろう。しかし、その枠組みで行う必要がない試合ならば、学内で、同じ大学名を背負い、同じ生活環境を共有する仲間たちの熱い声援の中でプレーする機会を提供できないか。声援を送る学生はもちろん、運営にたずさわる学生や、学内新聞の取材を行う学生記者も活躍するだろう。彼らが一体感を持って生み出す力の大きさは計り知れない。「学内でホームゲームを行うことで、学生たちの成長の機会が生み出されるでしょう」と山田氏は熱気を込めて話した。「学校のブランド力も、学内におけるロイヤルティ(loyalty)も高まるでしょう。あのチームがあるからこの大学に入りたい、あのチームのTシャツを着たい、と言った気持ちが芽生えるはずです」


山田氏の話を聞いた後、『筑波大学アスレチックデパートメント presents TSUKUBA HOME GAME サンロッカーズ渋谷戦』の運営に携わった学生たちの話も聞かせてもらったが、それぞれが担当した業務に愛着と意欲を持っていることが明らかだった。AD誕生から3年。この分ならそう遠くない将来に、筑波大学バスケットボールチームのカラーであるフューチャーブルーがつくば市を満たすときがやってきそうだ。

 

次ページ以降: 『TSUKUBA LIVE!』に携わった学生たちの声

筑波大学生インタビュー
栽松宏彰(体育専門学群2年)、稲生桜乃(人間学群障害科学類2年)

 


左から栽松宏彰、稲生桜乃(写真/山岡邦彦)


この4月に2年生に進級したばかりの二人は、これまでバスケットボールとのかかわりがほとんどなかった19歳だ。『TSUKUBA LIVE!』の運営準備を通じて、バスケットボールの盛り上がりと競技としての魅力を感じ、また学生主体によるホームゲーム運営という取り組みに大いにやりがいを感じている様子だった。


――『TSUKUBA LIVE!』にかかわったきっかけはどんなことですか?
栽松 アスレチックデパートメントの授業でホームゲームのお知らせを見て、参加しようと思いました。
稲生 私はその話を聞いて面白そうだと思ってこの企画に飛び込みました。


――バスケットボールをやっていたんですか?
栽松 体育の授業でやったくらいです(笑) やる前はバスケとは知らずに飛び込んだのですが、新しい大学スポーツの流れを作り出すという理念に共感して、いろいろと運営準備を進めるうちに、それまでに感じたことのないバスケの盛り上がりに触れています。
稲生 私も小学校からソフトテニスで、バスケは体育の授業だけです。ソフトテニスにはこういった(Bリーグのような)試合がなくて、ほかのスポーツの試合がどういうものなのかに以前から興味がありました。この話を聞いて運営に参加できたら素敵だなと思って、先日水戸で行われた茨城ロボッツのホームゲームを初めて見に行ったのですが、応援の一体感や間近にプレーヤーが見られたことで感動してしまいました! こんなに魅力があったんだと、最近はバスケ観戦にはまっています。
栽松 今日モッパーをやって、本当に緊張してしまいました。怖いくらいの迫力でした。


――今日の『TSUKUBA LIVE!』は延期になりましたが、次も参加したいですか?
栽松 はい! 今回それぞれに担当が決まっていて、チケット管理をやるはずだったので、それをやってみたかったですし。
稲生 やりたいです! 今日のモッパー役とは別に、本番の『TSUKUBA LIVE!』では場内の動線管理やお客様案内など、会場全体の様子を見る担当をする予定でした。そういった役割を、19歳で最年少の私に任せてもらえたのもうれしくて、イベントを作り上げてきた仲間の一員だと感じられて、やりがいもありました。


――この経験は将来に生かせそうですか?
栽松 将来、仮にもっと上の立場でこうしたイベントを運営するとなったときに、モッパーであれほかの役割であれ、それぞれがどんな仕事をしているのかを分かった上で取り組めます。体験した上でのほうが絶対にやりやすいと思います。
稲生 目的と優先順位を考えて行動することが大切だと実感しました。例えば普段ならカメラの前を通ってはいけないと思いますが、「コート上の安全確保のために重要なモッパーは、カメラを気にしないでよい」とか、何を最優先にするかの考え方が良く見えました。

 

筑波大学生インタビュー
田中 陽(芸術専門学群4年)

 


『TSUKUBA LIVE!』のロゴと田中 陽(写真/山岡邦彦)


3月26日につくばカピオアリーナで行われた茨城ロボッツのホームゲーム『筑波大学アスレチックデパートメント presents TSUKUBA HOME GAME サンロッカーズ渋谷戦』で会場に掲出されていた『TSUKUBA LIVE!』のロゴやメインビジュアルのデザインを担当した田中 陽は、学生向けに発行されている筑波大学新聞で自らが主宰する「ツクリエイト」というクリエイティブ・チームの活躍が取り上げられたことをきっかけに、アスレチックデパートメントの活動にかかわることになった。イベント全般のクリエイティブ・ディレクターとして、コンセプトワーク全般に携わる大役を引き受けた若者だ。


――ロゴはシンプルなモノトーンですが、その背景はどんなものですか?
スポーツの力で壁を壊して、人と人をつなぎ流れを生むというビジョンの中で、壁に穴が開いてそこから飛び出してくるようなシルエットと波紋の広がり、そのつながりを表現し用とした作品です。また、通年でいろんなスポーツに対応していく流動的なロゴになるので、カチッとした白黒でどんな場面にも合うようにということを心がけ、「ライブ」という名前に沿ってスポーツを含む複合的なエンタメというイメージも入れてまとめました。


――Tシャツの後ろのメインビジュアルも手掛けられたのですか?

 メインビジュアルは後輩の熊澤佑悟君と協同で制作しました。僕はクリエイティブ・ディレクターとして全体を統括して会場演出やグッズなどのデザインを、個人的に立ち上げた「ツクリエイト」というクリエイティブ集団のメンバーにお願いしたんです。
メインビジュアルは、筑波大学バスケットボールチームのチームカラーであるフューチャーブルーを押し出していきたいという考えに、今までと違うホームゲームだということを交えたデザインを考えました。僕のような立場の学生や、マーチングバンドのWINSがかかわっているということも含め、全く新しい融合が生まれているという雰囲気を出すために、筑波大学のフューチャーブルーに異質な赤を加えて、あらたな反応でカオスが生まれているイメージを、フラットなビジュアルに落とし込みました。


――この場を見てどんな思いですか?
何より、やっぱり開催したかったという気持ちがありますが、自分が作ったものがすごく大きな形となって会場を演出したり、ちょっとした彩を加えているのを見て、今後はもっと責任感を持ってやっていかなければいけないと感じました。ロゴ一つにしてもとんでもなく大きなプリントで、丁寧かつ大胆な仕事をしなければいけません。それと、スタッフのTシャツなどを見てみて、もうちょっとこうした方が良かったかなと気づく点があったり、茨城ロボッツの演出を見て、「筑波大学ならこういうふうに…」というひらめきもたくさんあったので、延期となった『TSUKUBA LIVE!』が開催されるときにはそういったことがアップデートされて、今日やるはずだったものよりももっと良いものにしたいです。


――将来的な夢や目標はどんなものですか?
デザインにマーケティング的な思考が求められている流れなどを踏まえて、デザインがお金稼ぎに消費され、どんどん合理化されているように感じます。そこで僕はもっと余白のある、人の心を少しだけ豊かにしたり、逆にゆとりを持たせたりするデザインをしていきたいと考えています。今回のTSUKUBA LIVE!も純粋にお客さんを感動させるという目的の中でできたので良い経験になったと思います。

 


田中と熊澤がデザインしたメインビジュアル(写真./山岡邦彦)

 


筑波大学生インタビュー
齋藤瀬奈(大学院博士課程1年)、菊池 月(大学院1年)

 


左から齋藤瀬奈、菊池(写真/山岡邦彦)


ハーフタイムに来場客を盛り上げた筑波大学の学生たちによるパフォーマンスの演出を手掛けた二人は、ともに年長者として『TSUKUBA LIVE!』の準備にかかわってきた。直前のイベント延期により、予定していた学生たちのパフォーマンスは大幅な内容の変更を迫られたが、拍手喝さいの中で無事進行させることができ、かつ延期後の『TSUKUBA LIVE!』開催に意欲を燃やしていた。


――演出にはいろんな思いを詰め込んだのではないかと思います。選曲なども手掛けたのですか?

齋藤 選曲は各団体にお任せしたんですが、こちらから「大人っぽい雰囲気のシーンにしたい」とか「みんなで一緒に踊れるような楽しい雰囲気にしたい」というようなコンセプトを伝えて、それぞれに選んでもらいました。


――全体としてはどんなふうに演出するのが目標でしたか?
齋藤 当初は『TSUKUBA LIVE!』でクォーターの間やハーフタイムにそれぞれのパフォーマンスをやる考えだったのですが、延期となったことを受け、それをBリーグの試合のハーフタイムにギュッと収めることになりました。本来は、『TSUKUBA LIVE!』のテーマが「融合」だったので、学内のいろんな方々がコラボレーションして一つの大きなパフォーマンスを作ることを目標にしていました。


――実際の仕上がりの感想はどうですか?
菊池 自分たちが演出チームとして言うのもおかしいかもしれませんが、感動してしまいました。延期が決まって、もしかしたらパフォーマンスの機会が持てないかもしれない状態になりましたし…。特に、かかわった学生の一部は4年生で卒業前の最後のチャンスでしたし、普段こうしてお客様から拍手をいただく経験もなかなかありません。そんな仲間たちがお客様の前で堂々と楽しそうに動いている姿を見て、急きょ、即興的に作ったハーフタイムショーにはなりましたが、(思いを)伝えられるものになったのではないかなと思います。


――今日は場内もにぎわいましたし、良かったですね。

齋藤 ほかのサークルもコロナの影響もあって発表会が中止になったりしていました。だから皆喜んでパフォーマンスをしてくれました。


――延期となった『TSUKUBA LIVE!』は楽しみですね。
菊池 ぜひ関わらせていただきたいと思っています!


――バスケットボールには何かご縁がありましたか?
齋藤 私はまったくなくて、今回が初めての機会でした。試合を見ることも今まではなかったんです。それだけに演出のしかたや音楽の選び方は、茨城ロボッツの演出がとても参考になりました。
菊池 私は中高でバスケ部のマネジャーをしていましたが、女子のチームだったこともあってBリーグを見に行ったことはありませんでした。本当にトップの試合は初めてです。


――延期後の『TSUKUBA LIVE!』に向けた意気込みを聞かせてください。
齋藤 一度延期となったことで、準備する時間ができましたし、よりパワーアップ、ブラッシュアップしたパフォーマンスを皆さんに見に来ていただけたらなと思います。
菊池 今回は割と、私たち演出チームが考えたものを実現していただくという形だったんですが、もっともっと関わっていただく団体数も増やしたいですし、それぞれのかかわり方ももっと能動的に、団体の皆さんが「自分たちが参加しているんだ」と思えるような形でいけるようになったら、より多くのお客様に楽しんでいただけるかなと思います。延期でそうできる時間をもらえたのかなと捉えています。


――将来はどんな夢や目標を持っていますか?
齋藤 私は専門が体育の中のダンスで、指導者を目指しています。今後も今回のような演出にかかわることがあると思いますが、バスケのイベントの中でのダンスでも、その魅力を知ってもらえるようがんばりたいです。
菊池 私はスポーツ中継などテレビの番組制作に興味があるので、そのスポーツがより魅力的に伝わる方法を探って、より広く知ってもらえるように貢献できるようになりたいです。テレビのためにスポーツイベントを作り出すぐらいのことができたらいいなと夢見ています。今回はめちゃくちゃ良い経験を積ませていただきました。

 



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