月刊バスケットボール5月号

NBA

2022.03.31

日本人バスケットボール・プレーヤーが全米王座に就いた日 - 渡邊雄太のマーチマッドネス2016(3)

 2016年3月31日(北米時間)、NCAAバスケットボールのポストシーズンにおける伝統あるビッグトーナメント、NIT(National Invitation Tournament)の決勝当日。全米の王座を決するマディソン・スクエア・ガーデンのコートに渡邊雄太も立っていた。


鉄壁のリム・プロテクターとして勝利に貢献


NITの過去の王者を振り返ると、レジー・ミラーを擁したUCLA(1985年)やラルフ・サンプソン在籍当時のバージニア大(1980年)などのNBAレジェンドの名があり、2010年代に入ってからは、ロビンとブルックのロペス兄弟らの母校として知られる名門スタンフォード大が2度優勝している(ロペス兄弟はそれ以前の2008年にNBA入り)。ジョージ・ワシントン大(以下GW)は6度目のNIT出場で、それまで1回戦突破に成功したのは前年の大会のみという状態から大躍進の決勝進出だった。過去にポストシーズンのトーナメントでGWが残した最高成績は、1993年のNCAAトーナメントにおけるスウィート・シックスティーン。頂点を競う位置につけたのはこのときが初めてだ。


公式発表で7,016人の大観衆が集まったこの一戦で、渡邊はオープニング・ティップに飛び、勝って試合を始めることができた。先制点はバルパレイソ大だったが、その後GWが7点を連取して7-2と優位に立つ。2点返された後、ガードのジョー・マクドナルドがコーナーから放ったショットがこぼれたところを渡邊がフォローして9-4。以降ややGW優位の流れで進んだ前半は、32-31のGWリードで終了した。


後半はGWがじりじりと引き離す展開。そして、残り12分26秒に渡邊のアシストからマット・ハートがディープスリーを決めて47-35とリードを2桁に乗せると、以降は再び点差が10点を割ることはなかった。その中で渡邊のリム・プロテクターぶりがバルパレイソ大の反撃を阻む高い壁となった。渡邊は後半の20分だけで4ブロック。特に54-42の12点リードで迎えた残り7分半あたりのディフェンスでは、身長203cmのガード、E.ビクター・ニッカーソンのレイアップをブロックした後、こぼれ球を拾ってゴールに向かった203cmのフォワード、デビッド・スカラのプットバックも連続でブロックする鉄壁のディフェンスを披露した。


オフェンス面では、やや膠着状態となり点差を離せずにいた残り3分10秒に、右ウイングからドライブをしかけ、フィンガーロールで4点目。この渡邊のフィールドゴールがGWの決定的なスパートの口火を切る。GWは残り56秒に再び渡邊が右ブロック周辺からのジャンプショットで6点目を決めるまでの9-3のランで、72-53と点差をこの日最大の19まで広げていた。


最後は76-60で試合終了。GWがチーム史上初となるNCAAのポストシーズントーナメントでの王座を獲得した。歓喜に包まれたチームの面々はコート上で抱き合い、笑顔をはじけさせた。

 

NITチャンピオンとなった渡邊雄太(写真/Arnaud Gelb)

 


チャンピオンのメンタリティー


MSGの舞台で、勝者にだけ許される伝統のネット・カッティングを体験した後、渡邊は「言葉で言い表せないほど、本当にむちゃくちゃうれしいです!」と感激の思いを語った。4強入りを決めた後のインタビューでは、「NCAAトーナメント出場を逃したのは悔しいですが、NITで勝ち残れているのはとてもうれしいです。マーチマッドネスを実感できている感じですね!」と話していたが、今はその頂点に立っているのだ。


決勝での個人的な数字は、フィールドゴール7本中3本を成功させての6得点に4リバウンド、2アシスト、1スティール、そして何より相手に致命的なダメージを与えた前述のブロックショット4本が光る。しかし渡邊は自身の活躍よりも、入学時から成長を支えてくれたパトリシオ・ガリーノ、ケビン・ラーセン、ジョー・マクドナルドの4年生3人組への感謝を語っていた。「4年生には本当にお世話になったので、今日、一緒に最後までコートに立てて、本当によかったです。最後にこういう形で終わってもらえて、本当にうれしいです」。4年生から学んだ試合に臨む姿勢やリーダーとしての意識を、この大会でMVPに輝いたタイラー・キャバナーらとともに引き継ぎたい。そんな思いも「次は僕たち下級生が、3年生になって同じようにできたらいいですね」と言葉にしていた。


2015-16シーズンとこのNITを通じて渡邊が披露したプレーぶりや試合に臨む姿勢と、現在のトロント・ラプターズでの渡邊の様子には非常に多くの共通点がある。オフェンス面ではペイントにアタックして自らフィニッシュに持ち込むとともに、スペースを取って3Pショットを狙う。ディフェンスではリム・プロテクターとしての存在感と、小柄なプレーヤーとマッチアップしても相手を大いに苦しめることができるフットワークがある。「ドライブでは得点できるようになっていると思います。それと、ディフェンスの貢献はすごくできたかなと思うので、そこは来季も続けていきたいです。もっと強さもつけて、シュート力も磨かないといけないですね」というのが、NIT決勝直後の渡邊自身による自己分析。勝利、しかもビッグトーナメントで優勝した直後だったにもかかわらず、すでに次に向かう自分自身を見つめ直していることが伝わってきた。

 

 このシーズンに強みを確立できた渡邊は、4年生となった2年後の2018年にアトランティック10カンファレンスのオールカンファレンス・サードチーム入りと最優秀ディフェンシブ・プレーヤー賞受賞という勲章を手にし、NBA入りという快挙を実現した。その後現在までの4シーズンに渡るNBAでのキャリアは、ラプターズで思うように出場機会が得られない現状も含め非常に厳しいものに違いない。しかし渡邊はチャンピオンらしく、心折れることなく戦い続けている。

 

 渡邊がGWの一員としてNITでチャンピオンとなった2016年3月31日は、日本から海を渡ってNCAAディビジョン1のバスケットボールに挑戦した渡邊の真価とポテンシャルの証しが建てられた日と言えるかもしれない。あのチャンピオンシップランを振り返れば、そこには献身的に働く渡邊の活躍がチームに活力をもたらし、あらゆる苦難を乗り越えていく物語がつづられているからだ。

 


文/柴田 健(月バス.com)
(月刊バスケットボール)



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