月刊バスケットボール5月号

NBA

2022.03.26

日本人バスケットボール・プレーヤーが全米王座に就いた日 - 渡邊雄太のマーチマッドネス2016(2)

写真/柴田 健

 

 渡邊とジョージ・ワシントン大(以下GW)のNIT2016は、3月16日にホームのチャールズE.スミス・センターにホフストラ大を迎えて行われた。第4シードのGWに対しホフストラ大は第5シード。ホームコート・アドバンテージはGWにあったが、“マーチマッドネス”と呼ばれるこの時期の一発勝負はどちらが勝ってもおかしくない。GWはNITに2年連続の出場だったが、実際前年は自身が第5シードで、初戦で第4シードのピッツバーグ大を下している。

 

渡邊のドライビングダンクで戦闘開始


GWがこの大会で最初に記録した得点は、渡邊のドライビング・ダンクだった。開始から1分過ぎのオフェンスで、右ウイング付近でボールを受けた渡邊は、ベースライン側に鋭く切れ込み、豪快にゴールに襲い掛かった。その後も3Pショット2本と、キャバナーの得点後の相手のインバウンドパスをスティールしてそのままゴール下でねじ込むなど、前半だけで13得点を記録する。相手のゾーンディフェンスに手を焼きながらも、82-80でモノにしたこの試合で、渡邊は最終的に15得点、3リバウンド、2アシストにスティールとブロックを1本ずつ記録して勝利に貢献した。


辛くも1ポゼッション差で逃げ来たGWの次なる対戦相手は、第1シードのモンマス大だった。振り返ればこの試合は、渡邊のその後のプレースタイルを決定的にした試合ではなかったかと思えるほど、大きな意味を持つ試合だった。


モンマス大はこのシーズンの序盤に、GWとともに注目を集めたチームだった。その理由はシーズン開幕初戦でカレッジバスケットボール界を代表する名門UCLAを延長の末84-81で撃破したことだった。敵地のポーリー・パビリオンに乗り込んで、6,674人の大観衆のほぼすべてが、ブルーインズの愛称で知られるホームチームに大声援を浴びせかける中、16得点を挙げた小柄なコンボガード、ジャスティン・ロビンソンらの活躍でほとんど誰も予想しなかった大アップセットを演じたのだ。


勢いづいたモンマス大はその後、ノートルダム大、USC、ジョージタウン大など強豪として知られる伝統チームを次々となぎ倒し、メトロアトランティック・アスレティック・カンファレンス(以下MAAC)のレギュラーシーズンの王座を獲得する。にもかかわらず、MAACチャンピオンシップ決勝のアイオナ大との一戦に76-79で敗れたために、NCAAトーナメントではなくNITに出場することになったのだ。

 

敵地で相手のエースをシャットアウトせよ

 

 モンマス大に対してGWは、オフェンス面ではパトリシオ・ガリーノ、ケビン・ラーセン、ジョー・マクドナルドという3人の4年生と、ウェイクフォレスト大から渡邊より1年遅れて転入してきた3年生のタイラー・キャバナーという、確立された得点源を持っていた。しかし前評判では、このシーズンに平均19.3得点を記録したロビンソンに対するディフェンスに疑問符がつけられていた。


当時GWを率いたマイク・ロネガンHCは、最大の得点源であるロビンソンに対し、渡邊をマッチアップさせる決断に至った。1回戦でフィールドゴール14本中8本を成功(うち3Pは7本中4本成功)させて23得点を稼いだチーム随一のスコアラーであり、負けたら終わりのノックアウト・シチュエーションで、会場は相手のホームコート。3,000人を超えるモンマス大のファンが取り囲む中で、エースをシャットアウトせよ。これがロネガンHCから2年生だった渡邊に渡されたチャレンジだった。

 


ロビンソンは身長173cmで、稲妻のようなクイックネスを持つガードだ。このシーズンにはMAACの年間最優秀プレーヤーに選ばれていた。当時203cmの登録だった渡邊が、自身より30cmも小さく強烈なスピードを武器とするロビンソンという稲妻をとらえ、はね返すことができるか。それはこの試合の勝負のカギとなる重大な要素だった。そして渡邊は、ロビンソンをフィールドゴール16本中わずか2本成功の6得点に封じたのだ。しぶとくコンテストに飛んだ3Pショットは5本すべてがミス。渡邊の“ロックダウン・ディフェンス”にチームは奮起し、GWは第1シードの相手を87-71で一蹴した。


渡邊はロビンソンの前に徹底的に立ちはだかったディフェンスに加え6得点、9リバウンドも記録し攻守両面でチームの力になっていた。試合後、ラーセンは渡邊の活躍を「疑う余地なく今日はユウタにつきます」と称賛。「彼がMVPです。平均19得点の男を完璧に封じたんですから、この試合はユウタのモノですよ」とべた褒めだった。渡邊を信頼して大きな仕事を任せたロネガンHCも、「最初は序盤だけでも抑えてくれればという気持ちでしたが、ユウタがあまりにも素晴らしかったので、最後までいくことにしたんですよ」と笑顔でインタビューに答えていた。


第1シードのモンマス大を蹴散らした渡邊とGWは、ホームアリーナのスミス・センターに第2シードのフロリダ大を迎えて行われた準々決勝に82-77で勝利を収め、マディソン・スクエア・ガーデン(MSG)での準決勝に駒を進める。その舞台での対戦相手は、カワイ・レナードの母校として知られるサンディエゴ州大だった。サウスキャロライナ・ブラケットと名付けられたブロックの第2シードで、GWとの対戦までの3試合は平均18点差で勝ち上がってきた。しかし勢いに乗るGWは、8,298人の大観衆の前で上位シードの相手に対し65-46と19点差をつけて勝ち名乗りを挙げる。

 

 この2試合での渡邊は、準々決勝が5得点に6リバウンド、準決勝は8得点に8リバウンドとロールプレーヤーとして堅実な数字を残している。NBAのポテンシャルを持つロビンソンを封じ込み、ディフェンス面のタフさを証明した渡邊に対するチームの信頼が高まるとともに、GWのマーチマッドネスが続いていった。

 

 モンマス大を破った後、ロネガンHCは「あと3試合、このチームをコーチすることができます」と、NITの決勝進出への強い意欲を語っていたが、ついにその3試合目が現実のものとなったのだ。決勝の相手はバルパレイソ大。「世界一有名なアリーナ」と呼ばれるMSGで、「バスケットボールのホットベッド」の異名で知られるインディアナ州の古豪を相手に、渡邊とGWが全米の頂点をかけて戦うときがやってきた。

(パート3[最終回]に続く)

 

 

文/柴田 健(月バス.com)

(月刊バスケットボール)



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