弓波英人- B3新規参入長崎ヴェルカの快進撃を支える「陰の刺客」インタビュー(2)
弓波は3月9日現在で4試合に出場し、計5得点を記録している。プレーヤーとスタッフのデュアルキャリアにおけるプレーヤーとしての側面でまずは一つ輝かしい瞬間を生み出すことができた。さてこの先のビジョンはどんなものなのか。
ベンチの後ろでマスクをしてライブコーディングにいそしむのが弓波。まさしく影の刺客だ(©長崎Velka)
突如結成された(?)「早朝倒立組」
――今後、プレーする機会は増えていきそうですか?
いえ、故障欠場などの非常事態がない限りは、増えていく可能性は少ないと思います。自分自身としても、欠場者がない方が良いと思いますし、今週末(2月19日、20日)には欠場者が復帰する見込みなので、正直なところその方がスタッフとしてうれしいです。
ただ、3試合目に出場したときに1本悔しいターンオーバーをしてしまったんです。その内容がダサくて…。ドライブしたときに押され負けして倒れてしまったんですよ。プレーヤーである以上、そういうところで負けたくない気持ちがすごくあります。
――初出場をかなえた試合まではプレーする前提ではなく試合中もスタッフとして作業に徹底する取り組み方だったのですか? 一日の流れはどんなものだったのでしょうか?
だいたい体育館には一番目か二番目に着いて、中山さん(ディレクター・オブ・スポーツパフォーマンスの中山佑介氏)が用意してくれているウエイトトレーニングをやり、終わったら軽くシューティングです。その頃に寛治さん(髙比良寛治)たち“朝早い組”が3-4人到着するんですよ。
――皆さんで逆立ちに取り組む動画が出ていたので、頑張っているな! と思っていました。
いきなり「逆立ちできる?」みたいに言われて、最初はまったくできなかったんですが、それをツイッターに載せられて腹が立ちまして(笑) そこから毎日続けたら、中山さんや榎田拓真さんも一緒にやってくれるようになりました。今では「早朝倒立組」みたいになっています。逆立ちは自分の中心を見つけないといけないし、腹筋を使わないとできないので、体をどう使うかという勉強にもなっています。
――逆立ちの後もトレーニングをするのですか?
3分ランなどのコンディショニングを中山さんと一緒にやります。僕がプレーヤーとして最低限の必要な体力をつける取り組みを、みんなが一緒にやってくれている感じですね。それでトータル2時間くらい。そこからは個人ワークアウトになるので、以降はスタッフ側に入っていきます。その後はチーム練習、再び個人ワークアウトと進み、最後はオフィスでほかのスタッフと一緒に作業という流れです。コーチ陣がスカウティングレポートを作るので、僕はそれに必要な週末のゲームのデータ整理をしています。
――大変な仕事ですね。
そうですね、確かに大変ですけど、長崎ヴェルカは周りに素晴らしいスタッフがいますし、自分にとってはありがたいことです。
――コーチングの観点からの質問ですが、今データと向き合うことでどんな勉強ができているのですか?
普段は“ライブコーディング”(試合中にパソコンに送信されてくる映像をスタッツとしてデータに変換する作業)をしています。リーグオフィシャルサイトのスタッツではわからないコート上を動く速さやオフェンスにかける時間、フィニッシュやオフェンスの種類などをデータにするんです。それを見ると「今日はトランジションでやられすぎだ」というような傾向がわかっておもしろいのですが、実際に傾向をまとめるのは前田健滋朗アソシエイト・ヘッドコーチが担当しています。前田さんのアナライジングは本当にすごく、こちらからデータを渡すとほかの試合との比較などをして、翌日のレビューの際に「昨日のディフェンスは今までで〇番目だった」というふうにまとめて用意してくれるんです。
一方で中山さんからは、「データももちろん重要だけど、それ以上にリレーションシップを作らないとコーチは成り立たない」ということを学びました。人間性も大切ですし、アメリカでプレゼンテーションやスピーチも好んで取り組んできたのですが、それが生きてきそうだと思っています。仮に2人で同じことを話すとしたら、ただただ話している人の話は信じなくても、プレゼンテーションがうまい人が話すと多くの人が信じるようになりますからね。
なので、もちろんデータのことも大事ですが、それを共有する過程ではまったく別の話もしながら、その日のそのプレーヤーの調子がどれぐらいなのかをつかんだり、エクストラ・ワークアウトを一緒にやったりということが大切です。そンなことをしながら、データの話とは言わずに「この辺からが入っていなかったよね」みたいな会話に持っていくようなことを学んでいます。
©長崎Velca
自分の強みを探すルーキーイヤー
――まさしくコーチングにつながるコミュニケーションですね。
そうですね。拓摩さんには、相手がコーチされているとわからないのが良いコーチだということも言われました。例えば逆立ちにしても、「自分がコーチをしているわけではないけれど、皆を集めて一緒にやるということもコーチングの仕事じゃないか?」と言われて、確かにそうだなと思いました。そういうサイコロジー(心理学)を学んでいます。
――コーチングの勉強にはどんな手ごたえを感じていますか?
コーチとしては“ペーペー”ですし、前田さん、拓摩さん、磯野さん、小林さん(小林将也スキルトレーナー)がデータ分析とかスキルとかはいろいろなものを持っているんですよね。でも結局はそれをどう伝えるかがコーチの仕事。その部分ではほかのコーチたちにも負けたくないと思っています。
――プレーヤーの感覚があるからこそ伝えやすいこともあるかもしれませんね。
そうですね。拓摩さんに以前「コーチのサポートでオフィスに入ることはいつでもできる」とも言われているので、今はできるだけ体育館にいてプレーヤーたちとコミュニケーションを取って、コーチ陣と彼らの間に入る役を仕事にできたら理想的だなと思います。
――この先の目標はどんなところに置いていますか?
今はコーチ側から見ると、インターンのような形でやらせてもらっているんですけれど、僕は今より必要とされる人間になりたいです。でも今のところ、コーチとしては何も持っていません。具体的な目標は、自分がコーチになるために何が一番必要なのかを考えながら、まだ探しているような状態です。コーチの中にもワークアウトを教えたり、X&O(戦術知識)がすごかったり、リクルートがうまかったりといろいろな側面があるのですが、だいたいはそれをすべてできる上で何か一つに優れている人が多いんですよね。それが自分なら何なのか、強みを探しているところです。
そこで思うのが、プレーヤーコーチのような立場で、プレーヤー第一に考えられるコーチというのを、今、ちょっと思っています。アメリカに戻りたいというのもすごくありますが、タイミングも大事だと思うので、いろいろと考えています。
©長崎Velca
オフコートの日常も含め、ヴェルカと長崎の町は弓波の人としての幅をグングン広げているようだ。実は弓波と同じような役割を果たす人材は、リーグを見渡してもほかのチームにはいない。まだまだ土台作りの段階にある弓波をヴェルカ快進撃の立役者とまでは呼べないとしても、陰の刺客ではあるだろう。コート上でチームに勢いをもたらすパフォーマンスにも、サイドラインの外でデータと格闘する姿にも注目する価値がある若者だ。