月刊バスケットボール5月号

Bリーグ

2021.10.08

伊藤拓摩(長崎ヴェルカGM兼HC) - シーズン開幕に向けた長崎からの想い、長崎への想い、世界への想い

 バスケットボールが大好きで、まだ留学が今ほどハードルの低い選択肢ではなかった1990年代に、高校生の段階で渡米留学。本場の強豪として知られたモントロス・クリスチャン高校でプレーし、NCAAディビジョンIのバージニア・コモンウェルズ大学でマネジャーの立場でコーチングを学んだ。卒業後にはBリーグの花形チームで指揮官の役割を務め、さらに再度渡米してNBAの下部リーグに所属するテキサス・レジェンズで働く機会も得た。


その経験から得た知識や人脈を、今、日本のバスケットボール界で存分に生かし、その発展に貢献している。2021-22シーズンからB3リーグに新たに加入する長崎ヴェルカで、ジェネラルマネジャーとヘッドコーチを兼務する伊藤拓摩は、そんな稀有な経歴と情熱を持つ人物だ。第97回天皇杯2次ラウンドの真っただ中だった9月20日、伊藤とのインタビューの機会を得た。

 

©長崎Velka


クラブのミッションに沿い、ポテンシャルの高いロスターを構築した


――国際経験豊かなコーチングスタッフだと認識しています。チーム作りや戦術・戦略作りにおいて、それがアドバンテージとなるのはどんな部分でしょうか?


意図して留学や海外経験のある人を取ったわけではなく、それぞれの専門職の方々で知りうる中、リサーチした中で一番優秀な方々が、世界で専門知識を勉強された方々でした。アスレティックトレーナーを務める高橋忠良、中山佑介(ディレクター・オブ・スポーツパフォーマンス)、磯野 眞(アナライジング・コーチ 兼 オンザコート通訳)は英語に強く、日本人選手はもちろん、外国籍選手ともコミュニケーションがとれます。オーストラリアで1年間過ごしてきた前田健滋朗(アソシエイトヘッドコーチ)も積極的にコミュニケーションしていけるという意味では、アドバンテージかなと思います。


また、日本語になくて英語にある情報が各分野であるので、長崎ヴェルカで大切にしているイノベーティブ(革新的であれ)という考えに沿って、日本でまだ取り入れていない戦術やトレーニング手法、器具などについて、語学力があるからこそ、また海外で作ってきた人脈があればこそ取り入れられるものも多く、その点もアドバンテージだと思います。


――初めてのGM兼HCという立場の難しいところ、またやりやすいところはどんなところでしょうか?


難しいところだらけです(笑) 新しい仕事はたぶん何でもそうだと思いますが、日々新しいことの発見で、「ああ、まだあれもできていないのか」とか「こういう仕事もあったのか」ということの積み重ねです。チームに迷惑をかけているところもあるのかなと思いつつ、周囲に優秀なスタッフがいてくれて、ヘッドコーチ業務で感じる負担も、以前アルバルク東京にいたときよりもかなり軽減されているように感じています。兼務の立場は難しいのですが、協力を得て今のところできていると思います。


よいところは、我々はゼロからのスタートだった点です。最初に来たときにはチーム名も決まっておらず、社長(岩下英樹代表取締役社長)と僕だけでメンバーを少しずつ増やしていったということもありますし、強化部でいうと僕が中心となってスタッフや選手を集めることができました。

 ヴェルカというチームで私たちが築きたいと思う文化を考えたときに、僕自身が優秀と感じる人や本当に一緒に仕事をしたいと思う人を集めることができたのは大きいと思っています。やはりヘッドコーチ専任では、そこはGMの最終判断で、ヘッドコーチと意見が違う場合にGMの判断が優先されるような場合が出てきます。今回は全員、僕がリサーチして、知識、経験、人間性の優れた人たちを集めることができたのは、GMを兼務したからこそではないかと思います。


でも初めての体験なので、「ここまで気が廻っていなかったなぁ…」と思うこともたくさんあります。なるべくチームに迷惑が掛からないようにしたいと思っています。チャレンジですね。

 

――ロスター構築で求めたものはどんなことでしたか?


まず、クラブとして何を成し遂げたいのかをはっきりしなければいけないということから始まっています。長崎ヴェルカの理念、ミッションとして、「バスケットボールを通じて長崎に人の流れを作り、町を活性化する」、「バスケットボールを通じて日本にあらたなエンターテインメントを発信しよう」、「バスケットボールを通じて世界に平和のメッセージを届けよう」、「プロフェッショナルを育成し、スポーツ界をリードしよう」ということを掲げました。それを基盤として、その考えに沿ったプレースタイルでないと、意味がないなと思って話し合いました。


そうなるとやっぱり楽しいバスケットボールをしたいという考えになり、ならば展開の速く、見る人が常にワクワクできる、長崎の人々に元気を届けられるスタイルを作る必要がありました。“ヴェルカ・スタイル”というものを確立しようということになり、それを我々は5つの言葉——ハード、アグレッシブ、スピード、トゥギャザー、イノベーティブで表現しています。


どこのチームよりも常に「ハード」に、一所懸命に。どこのチームよりも「アグレッシブ」に、オフェンスでもディフェンスでも常に自分たちが先手を取ろう。「スピード」あふれる攻守の転換、素早い一つ一つの動きが勝てるバスケットボールの要素だと思っています。また、コート上のプレーヤーはもちろん、ヴェルカの組織内の事業部と強化部、長崎のブースターやスポンサーを含めた人々とチームが“ワン・ヴェルカ(One Velka)”となり、一体感「トゥギャザー」を持って戦うことが大事だと思っています。そして最後に、先ほども申し上げた「イノベーティブ」。革新的な戦術や戦略を取り入れよう。これらのキーワードで表現される“ヴェルカ・スタイル”に必要なのはどんなスタッフなのか、どんな選手なのかということを考えながら作ったロスターということになります。


常に一所懸命にプレーし、攻守で自分からどんどん仕掛けられ、速い展開ができ、チームを大切にすることができ、新しくこれまでに聞いたことがないような戦術・戦略にも好奇心を持ってやってみようと思える選手達です。


――ベテランのジェフ・ギブス選手、NCAA経験者の弓波英人選手、ディクソンJrタリキ選手など、バラエティーに富んだ顔ぶれだと感じます。


タリキは練習試合と天皇杯の2試合で、3Pを外していないと思います。たぶん8本のアテンプトすべてが成功かと思うのですが、100人くらいのトライアウトで受かった選手なんですよ。我々はトップの選手をどうやって集めるかという立場ではなかったので、まだ見ていない才能が他にいるのではないかという考えで発掘をテーマにそのトライアウトを行ったのですが、そこで彼が目立って、8月にチーム練習に参加してもらい、そこでも活躍して契約を勝ち取ったというストーリーの持ち主なんです。


まだまだそうした才能がいるだろうことを、彼がこれから証明してくれると思っています。現段階では戦力になってくれているので、そんな選手が獲得できたのはクラブとしてありがたいことですし、長崎の人たちにも喜んでもらえるのではないかと期待しています。


——ここまで天皇杯で2勝(その後3次ラウンド進出決定戦も勝利)。チームの仕上がり状況は、理想に対してどの程度でしょうか?


コロナ下で予定していたプレシーズンゲームがキャンセルになってしまい、天皇杯が始まるまでに一度しか試合ができていませんでした。どこのチームも同じだと思うのですが、準備はなかなか難しい状況ですね。


まだ出来としては、30%ぐらいではないかというのが実感です。今日の試合からの帰り道に前田アソシエイトHCとも話したのですが、良いところがたくさんある一方で、コーチとしてはどうしても課題の部分が気になってしまうよね…と(笑) 目指すスタンダードを高く設定しているので、30%ぐらいかなという感覚です


――天皇杯の最初の2試合では平均得点が100.0、平均失点が78.5でした。ハイスコアな志向だと、このような数字が普通なのかなと思う一方、相手がB3のライバルだったことを思うと、順調な印象です。今足りていないのはどんな部分なのでしょうか?


例えばディフェンスは練習や組み立て、戦術・戦略すべてを前田アソシエイトHCに任せていて、良いスタートを切ってくれていると思います。彼とはアルバルク東京で私のアシスタントをしてくれていた当時から、激しいディフェンスを志向する点が共通していたので、今ヴェルカでもアグレッシブにやろうというのが浸透してきつつあります。でも本当に細かいところです。例えば24秒間ディフェンスを頑張ろうという中で、どこかで2秒、3秒ゆるんだり、正しい判断ができていなかったりとか。そんなところの積み重ねですね。


オフェンス面では、テンポを速くして、リングにアタックして、3Pショットをどんどん打ってというのはできてきています。基本的にファイブアウトのスペーシングをしていて、それに慣れていない選手もいます。攻守とも細かなところです。大枠は理解して表現できるようになってきたので、本当に詳細な部分を少しずつ詰めていきたいと思います。それは実戦でこそできる課題なんですよね。


自チームの練習では、お互い自分たちのスタイルとしてのディフェンスに対するお互いのオフェンス、自分たちのオフェンスに対する自分たちのディフェンスしかできません。例えばウチであまりやらないポストアップのプレーが多い相手とプレーすれば、「こういうことができていないよね」という課題が出てきます。それが攻守のいろんなところで出てきますので、天皇杯の試合もしっかり見てチームにフィードバックしていきたいと思います。

 

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