月刊バスケットボール6月号

NBA

2021.05.08

差別から目を背けるな – エリック・スポールストラHC(ヒート)との一問一答

 5月はアメリカではアジア・太平洋諸島系米国人文化遺産月間(Asian/Pacific American Heritage Month=APAHM)、カナダでもアジア遺産月間(Asian Heritage Month=AHM)とされ、アジア諸国の歴史・文化・教育などに関するさまざまな催しが開催される習慣がある。
アメリカ内務省が管轄するAmerican Center Japanの公式サイトによれば、アメリカにおけるAPAHMは、元は議会から提出された法案がジミー・カーター政権下の1978年にアジア・太平洋諸島文化遺産週間として承認され、その後ジョージ・H.Wブッシュ政権下の1990年に1ヵ月間に延長されたという経過をたどったとなっている。一方カナダのAHMは2001年にカナダ議会が決議し、翌2002年の政府承認を受けて誕生した。
両国は2月を黒人歴史月間(Black Heritage Month)に、またアメリカは3月を、カナダは10月を女性歴史月間(Women’s History Month)と定めており、それぞれにおいて前述のAPAHM、AHM同様にテーマに沿ったさまざまな催しが行われる。しかしこうした前向きな取り組みがあるにもかかわらず、両国とも現実としては差別に根差した人権蹂躙や暴力的な行為がたびたびニュースとなる。
そうした出来事はNBAのリーグ全体、チーム、個別のプレーヤーやスタッフの生活に大きな影を落としてきた。彼らにとって差別は他人事ではない。
日本のバスケットボール界においても、留学生や外国籍プレーヤーなどとのコミュニケーションの中で差別的な表現や態度がないとは言えない。それどころか、見知らぬ者から人種や文化の違いに端を発する不快極まりない露骨な差別表現を浴びせかけられたアスリートの例も現実にある。

 

スポールストラHCは差別をなくし社会を良くするにはそれを自分のものとして捉えることが重要だと答えてくれた(写真をクリックするとインタビュー映像が見られます)


日本時間5月8日(アメリカ時間7日)にミネソタ・ティンバーウルブズを121-112で倒したマイアミ・ヒートは、直近10試合を7勝3敗とし、通算成績36勝31敗でイースタンカンファレンス6位に立っている。現時点の順位はそのままプレーオフ直行圏内だ。
ヒートは昨シーズン、イースタンカンファレンスの第5シードからカンファレンスチャンピオンとなったチームだ。ファイナルではロサンゼルス・レイカーズに2勝4敗で屈したが、レブロン・ジェームス、アンソニー・デイビス、ラジョン・ロンドらスーパースターがそろったレイカーズを相手に、ジミー・バトラーらを中心に粘り強く戦い続けたその姿勢は高く評価された。

 しかし今シーズンは、カンファレンスのディフェンディングチャンピオンとしては勢いが弱く、安定して勝ち星が先行しだしたのは3月下旬になってから。ロスター自体の能力や戦術的な問題はあっただろう。しかし同時に、前半戦の不振には新型コロナウイルスの感染拡大や、社会的不正が大きな問題となる中でチームがバスケットボールに集中しづらかった状況も、大きく影響したのではないかと思う。
ヒートを率いるエリック・スポールストラHCはフィリピン系アメリカ人だ。アジア系住民に向けた差別が大きくクローズアップされる中、バスケットボールと無関係な事柄で様々な思いを持ちながら、指揮下のプレーヤーたちの複雑な心理にも向き合う必要もあったのではないだろうか。

 こちらからの質問は、「今シーズンは試合に集中するのがどれだけ難しいですか? あなたの状況は憂慮すべきものと表現するのが妥当でしょうか?」というものだ。スポールストラHCは、アジア系という一つのくくりではなく、あらゆる意味合いにおける差別について、以下のようなコメントしてくれた。
「これはNBAのバスケットボール・シーズンよりも明らかに大きな問題です。本当に失望させられるような、がっかりするような出来事が続けて起きています。我々の誰もがより良い世界と、多様な人が生きられ、決めつけや憎悪の少ない状況を望んでいるのに…。それが人種であれ、宗教であれ、信念であれ、どんな集団だとしても、です」
“Well, it’s just bigger than the NBA basketball season you know, obviously. You know it has been just incredibly disheartening and discouraging when things keep on happening. And you know we all want the world to be a better place and there’d be more inclusion, less judgement, less hatred for whatever that grouping may be whether it’s race or religion or creed, whatever it may be.”
「今シーズンはどこからどう見ても大変なのは間違いないのですが、そうした状況(差別などの社会的不正)は以前からあったことです。現代社会はスマホやカメラがあり、それが表立って目に見えやすい時代ですよね。これはある意味良い状況だと思うんです。居心地の悪い瞬間がすぐ目の前にあれば、変えたいと思うじゃないですか。人々はそれを見なければいけません。感じなければいけません。自分のこととして捉えなければいけないんです」
“And I’ll say from every regard it has been a tough year but this has always been there. You know I think it’s just being, you know, with the day and age of … and phone and cameras and everything that it’s just in the forefront a lot more. I think you know that’s a good thing because you know when there is uncomfortable moments and you wanna make change. You know people have to see it. They have to feel it. They have to somehow internalize it.”
差別から目を背けず自分の問題として捉えることの大切さをスポールストラHCは語った。NBAのヘッドコーチとしてこうした認識がないと、多国籍・多民族のロスターをまとめられないだろう。しかし考えてみれば日本も同じだ。また、NBAを毎シーズン、毎日のように楽しんでいる日本のファンやメディア関係者にとっても差別は他人事ではない。

 同時にスポールストラHCは現状をネガティブにばかり捉えず、不振の言い訳にもしていない。こうして日本の記者からの問いかけに応えることで、その考え方が海外でも共有されるだろうことも理解しているだろう。わずか1分と少しの回答ながら、頭と心の整理がしっかりとなされていることが伝わる鋭いコメントだった。

 

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取材・文/柴田 健(月バス.com)
(月刊バスケットボール)



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