月刊バスケットボール5月号

NBA

2021.04.21

渡邊雄太&ニック・ナース、本契約の喜びを語る - 日本時間4月21日、トロント・ラプターズ練習後会見レポート

この日のナースHCは渡邊の本契約に対する素直な喜びを言葉にしていた(写真をクリックするとインタビューが見られます)

 

「我々の組織としてほしいと思えるものを持っています」  - ニック・ナース

 

 日本時間4月21日未明に行われたトロント・ラプターズのチーム練習後、ニック・ナースHC、ゲイリー・トレントJr、渡邊雄太の3人が個別に会見に応じた。渡邊はラプターズとの本契約にサイン後初めてのメディア対応。ズーム会見に最初に姿を見せたのはナースHCで、次いでトレントJr、渡邊の順だったが、ナースHCと渡邊にはその件に関する質問が相次いだ。そのためトレントJrの会見時間が比較的短くなり残念ながら質問機会をもらうことができなかったが、ナースHCと渡邊とは会話することができた。
ナースHCへの質問は2点。まず一つ目は「渡邊との本契約に至った決定的な要因は何ですか?」というもので、回答は以下のような内容だった。

「これは私の決断ではなくフロントオフィスの決断なのですが、私として言えることは、毎試合ご覧のとおり彼は良いプレーをして、向上し続けたということです。(アップグレードするに足りる)理由を提供したのです。何かと言えば柔軟性を持つ長身ディフェンダーであること、常に奮闘するプレーヤーであること、オフェンスではよく切れ込み…と器用な点に目を引かれました。故障で調子を落とし、それがちょっと長く尾を引きましたが、その後はすべてが良い方向です。よくやっていますよね。本当によくやっています。努力家で、プロらしい姿勢を持ち、人柄もよく、いろいろな点で我々の組織としてほしいと思えるものを持っています」
“Again this isn’t like it’s my decision, right? It’s the front-office’s decision. And…, but what I can say is at least he played well as you watched every game. He’s continued to improve. We kind of…, kind of brought him for a reason. What he brought was a versatile defender with length, energy player, offensive cutter you know. He’s got some versatility. We were intrigued by him to bring him in the first place. And he’s done, you know just one little dip down I think when he had the injury and a little extended after that and the n everything else has been positive. So I think you know he’s done well. He’s done very well and played hard, worked hard, good pro, good person. You know a lot of characteristics we like on our organization.”

 もう一つ聞いたのは「この本契約であなたは日本のバスケットボール界に永遠に関連付けられる人物になりました。殿堂入りしても良いのではと思いますが、どう思いますか?」という質問。ナースHCはカナダ代表のヘッドコーチでもあり、6月末に行われるオリンピック最終予選を勝ち抜いて東京に来る気満々でもあるため、以前の会見で「東京に行ったらコーヒーでも飲みながら話しましょう」と冗談半分に言われていた。それもあってナースHCの回答は「そっちに行くので、コーヒーをおごってくださいよ!(Coffee is on you!)」という爆笑を伴った前置きに始まり、殿堂入りを「否定」した上で以下のような話に流れ込んだ。


「ユウタとたびたび、彼が日本でどんな受け止められ方をしているのかを話すんですよ。先日ヒデキ(ゴルファーの松山英樹)がマスターズを制したあとも、彼の人生は変わるだろうねと話しました。それまでにも増して有名になったんじゃないかと。我々がチャンピオンシップを獲得した後も、プレーヤーやコーチたちは皆、世間における立場が変わったんだよ、なんてね。質問の答えにはなりませんが、そんな感じで日本でのユウタはどうなんだと話すことがよくあります。彼は間違いなく話しやすくて人柄が良いですね。(本契約を得られて)本当に良かったです。誰にせよプレーヤーがこうして報いを得るということは、市場価値が高まったり契約の評価が高まったりということの証しでうれしいものですが、特にそれがあれだけ頑張った末のことなのですから、なおさらというものです」

“I don’t, I don’t…. But I do talk with Yuta quite often about what it’s like for him in Japan and we obviously, when Hideki (Matsushima) won the Masters, we talked about how his life was gonna change or how could it be even…, he’d be even more famous over there after winning the Masters. We did…, we’ve had a few conversations. You know, not unlike…, we talked about some of our guys. You know after we won the championship, a lot of guys on our team coaches, players…, things were different, you know in general and public and things like that. So, anyway I don’t really have anything else to say other than that Yuta and I talked about what it’s like for him and that over in Japan. And you know him enough. I’m sure he’s a…, he’s really pleasant to talk to. He’s really really nice person and all that stuff so…. I’m really happy for him. I’m always happy when a player gets rewarded and that seems to me that their market value or whatever, their contract value continues to rise because he…,you know especially a guy that’s worked so very very hard.”

 

 回答の内容はもちろんだが、ナースHCの様子全体から渡邊の本契約がラプターズ全体で非常に歓迎されていることが伝わってくる。苦労に苦労を重ねて勝ち取った経過は、ナースHCの目にも驚くべきものだったのではないかと思う。

 

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乱入するブーシェイと笑顔の渡邊(写真をクリックするとインタビュー映像を見られます)


「節目節目に努力してよかったなと思える瞬間がいつもあった」 - 渡邊雄太

 

 最後に出てきた渡邊自身は、リラックスした表情で喜びを語りつつ、今後に向けさらに気を引き締めている様子だった。本契約にサインしたとしても来シーズンが保証されているわけではなく、これまでと同じ努力を続けるという決意があるようだ。
それだけに非常に気になっていたのが、直近の次戦に臨む心境だった。好調に過ごしている4月に、自身の立ち位置をランクアップして最初の試合であり、それまでと同じ心境で臨むこと自体が思いのほか難しいように思う。内面がブレればパフォーマンスに波が生まれてしまうのではないかと心配にもなってしまう。そこで最初の質問では「次戦(日本時間22日の対ブルックリン・ネッツ戦に臨むのは意外と難しいことなのではないか」という問いかけにした。
渡邊は「契約が変わったからといってやらなければいけないことが変わるわけではないので」と切り出し、「もちろん自分の中でよりプレッシャーがかかりもっとやっていかなければいけないという気持ちはあるんですけど、今僕がやっていることが評価されていると思うので」と続けた。「相手がネッツだからとか、契約が本契約になったこととは一切関係なく、いつもどおりのプレーをしっかりやればどのチーム相手でもある程度のレベルでやれる自信はあるので、そこは変わらないかなと思います」とのことだった。
やり取りを始めて間もなく、パスカル・シアカムが冷やかしの叫び声を上げるのが聞こえ、渡邊は笑いながら「Shut up, Pascal!(黙れ、パスカル!)」と返した。続いて今度はクリス・ブーシェイが画面に飛び入りして「Super star Yutaaaaa!」と叫んで消えていった。コメントは中断されたが、こうしたシーンもラプターズ内の良好なケミストリーを示すサインだ。
もう一つ聞いたのは「渡米して過ごした8年間に何かターニングポイントとして思い起こされることがあったかどうか」という点。周囲の支援を受けながら反対意見を押しのけて渡米に至った過程も、コミュニケーションに苦労しながらコート上で光を放ったセント・トマスモア・プレップ時代も、ジョージ・ワシントン大入りしてポストシーズンNITでチャンピオンとなり、アトランティック10カンファレンスの最優秀ディフェンシブプレーヤーとして卒業した道のりも、ドラフト外でメンフィス・グリズリーズとツーウェイ契約を結んでNBA入りを果たした流れも、ラプターズであらたな機会を手にしてそれを最大限に生かしている今も…。どれも欠くことができない経験なのは間違いないが、「中でも」というものは何か。
渡邊はそれらから一つを挙げることはなかった。「毎日毎日新しい発見があったというか…。こっちにきて、アメリカ人に勝つにはどうしたらいいか、彼らよりいい選手になるにはどうしなければいけないかを考えて、日々努力して、それでもうまくいかないときがたくさんありました。それでも大学で4年間やり切れて、サマーリーグを終えてメンフィスとツーウェイを結んで、今回はラプターズとツーウェイの後に本契約を結んで…。ピンポイントでターニングポイントがあったわけではないんですけど、節目節目に努力してよかったなと思える瞬間がいつもあったので、そういう機会に恵まれたのがありがたかったですし、それもやり続けた結果とも思うのでやっぱり今後も(努力を)続けていかなければいけないなと思います」
記者たちからは当然のごとく、他にも山ほど質問が飛んできた。渡邊はその一つ一つに丁寧に対応した。厳しいNBAの世界でなかなかうまくいかない時期には逃げ出したくなったことがあったとも明かす場面もあった。そのようなときに、メディアの前で言ったからにはやらなければいけないと自らを奮い立たせ、日本で見ている家族や身近な人々、そしてファンの期待に応えたいとの思いで努力を積み重ねたとも話していた。
契約の詳細は明かされていないが、来シーズンの立場は保証されていないことは聞かせてくれた。本契約の話は1週間前あたりから聞かされており、オクラホマシティ・サンダーとの試合前にはどうやら…という状況で、サインしたのは試合直後だったそうだ。
父親の渡邊英幸さんにお祝いを伝えさせていただいたところ、「ありがとうございます。いろんな方々からおめでとうメールが届いてうれしい悲鳴です。まだまだ厳しい戦いが続きますので、これまで以上に努力を続けて、さらに精進してほしいです」とのこと。お祝いのメールには「まだ全然返せてなくて…」と、やはりうれしそうなご様子だった。
本契約を手にした渡邊が実戦のコートに戻るラプターズ対ネッツ戦は、日本時間では4月22日午前8時(アメリカ時間21日午後7時)にティップオフの予定。新たな歴史の始まりがやってくる。


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取材・文/柴田 健(月バス.com)
(月刊バスケットボール)



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