月刊バスケットボール5月号

NBA

2021.03.23

スティーブン・サイラス(ロケッツ)を後押ししたNBA“コーチング・フラタニティー”

ロケッツの連敗を20で止めた後にサイラスHCが見せた安堵の表情の背景には、NBAだからこその人々の絆があったようだ

 

 ヒューストン・ロケッツが、日本時間3月23日(アメリカ時間22日)の対トロント・ラプターズ戦に勝利し、20連敗の泥沼をついに抜け出した。一つ前の勝利はアメリカ現地の2月4日であり、前日のオクラホマシティ・サンダーとの試合は、終了間際に逆転のチャンスもあったがジョン・ウォールの果敢なアタックをサンダーのディフェンスに阻まれ、112-114の悔しい敗戦。それだけに47日ぶりとなる12勝目を手にした直後のロケッツのメンバーたちの表情には安堵の思いがあふれていた。ウォールはスティーブン・サイラスと笑顔でハグをかわし、また、試合を通じてマッチアップしたフレッド・ヴァンヴリートと健闘をたたえ合っていた。
試合前の会見で、サイラスHCはこの連敗中に多くのNBAコーチたちから激励の連絡をもらったことを明かしていた。サイラスHCのヘッドコーチとしてのキャリアはロケッツでの今シーズンが初めてのこと。昨シーズンまでマイク・ダントニが率い、ラッセル・ウエストブルック(現ワシントン・ウィザーズ)とジェームス・ハーデン(現ブルックリン・ネッツ)を擁してリーグ制覇をねらえると言われていたロケッツで、経験の少ないサイラスHCが大きなプレッシャーを背負って格闘している様子に名だたる名称たちが手を差し伸べたようだ。
ドック・リバース(フィラデルフィア・セブンティシクサーズHC)は、2007年の1月から2月にかけて18連敗を経験したが、その翌年にNBAチャンピオンになったことを振り返ってくれたという。マイケル・ジョーダン(元シカゴ・ブルズ他、現シャーロット・ホーネッツオーナー)のデビュー当時にシカゴ・ブルズでヘッドコーチを務めたダグ・コリンズは、サイラスHCとの間にさほど深い関係もなかったにも関わらず連絡をくれて、2001年にワシントン・ウィザーズでヘッドコーチとしてのキャリアを再開した際に3勝13敗という成績から始まったことを話してくれたそうだ。

 

シクサーズのドック・リバースHCはサイラスHCに激励の言葉を贈った一人


ほかにも現役NBAヘッドコーチのスティーブ・カー(ゴールデンステイト・ウォリアーズ)、ルーク・ウォルトン(サクラメント・キングス)、NBA史上最多勝コーチのドン・ネルソンをはじめとした重鎮やアシスタントコーチたちからも、サイラスHCの下に温かなメッセージが届けられた。「私の会見での姿勢から心配させてしまったのか、連敗の状況からかはわかりませんが、この24時間の間にNBAのコミュニティーからそういったありがたい反応がありました。そんな場所にいられることが本当に誇らしく、そういった人々に囲まれた人生をありがたく思っています」とサイラスHCは感謝を表して試合に臨んでいたのだった。
その話を聞いた上での勝利を受け、試合後の会見でサイラスHCに、この後その中の誰かにお礼の連絡をするかと質問してみたところ、「全員に返します(I’m gonna call all those guys)」という回答が、いくつかの新たな情報とともに返ってきた。
「ええ、全員に返します。メールか電話で連絡しますよ。本当にたくさんの人から声をかけてもらいました。お互いに知っているアシスタントコーチやヘッドコーチから、本当にたくさんもらったんです。ブラッド・スティーブンス(ボストン・セルティックスHC)が試合前に連絡をくれました。それほど知っていたわけではないのに…。リック・カーライル(ダラス・マーベリックスHC)からは試合直後に連絡をもらいました。彼とはご存じのとおり以前から近しいです(サイラスHCはカーライルの下でアシスタントの経験がある)。NBAが特別な世界だということは、生まれたころから知ってはいるんですよ。父のかつてのチームメイトの方々も思い浮かびます。NBAは素晴らしいですね。懸命に努力し、試み、失敗し、恐れることなくその失敗談を若いコーチたちを助けようと分かち合うことができる人たちの絆があります。これが私の生きている世界なんですね。電話で話したりメール交換をした一人一人、すべての人に連絡してありがとうと伝えます。私にとって本当に大切なものですからね」

 

セルティックスのブラッド・スティーブンスHCは、この日の試合直前に連絡を入れた様子


サイラスHCによる英文の回答は以下のような流れだった。
“Yeah, I’m gonna call all those guys. I ‘m gonna text or call them. I mean there are so many of them. There are so many of them there was…, assistant coaches whom I know a little bit, and there was head coaches I know a little bit. You know Brad Stevens, he hit me before the game. And I don’t really know him very well. Rick Carlisle hit me right after the game, obviously have a relationship with him. But…, the NBA is a special place like I’ve known that since I was born and I think about like all of my dad’s ex-teammates and people… and the NBA is just an awesome. It’s a great fraternity of people who work hard and try, have failures and aren’t to afraid to share those failures with younger coaches to help so what those guys did for me means the world to me. I’m gonna reach out to every single one of those people whom I spoke to or texted with and just tell them thank you because it really really meant a lot to me.”
サイラスHCの父ポールは、1964年から1980年にかけて、NBAで活躍したフォワードだ。セルティックス時代の1974年、76年、そしてシアトル・スパーソニックス(現サンダー)に在籍した1979年の3度NBAチャンピオンになっており、その後コーチとしても活躍した。スティーブン・サイラスHCはいわゆる“二世”であるがために、逆に大きなプレッシャーを感じるところもあるのかもしれない。
サイラスHCは兄弟関係や同業者間の前向きなつながりを意味する“Fraternity(フラタニティ―)”という言葉でNBAの世界を言い表している。コメントの和訳では「絆」としたが、いずれにしても、この記事を書くことで50年以上の月日にNBAで光を放った何人かの偉人に触れられることが素晴らしい。例えば日本のバスケットボール界で、40年前、50年前のプレーヤーやコーチについて語れる機会をどれだけ作れているだろうか。
NBAにはそういった意味で底なしの伝統と歴史があり、それを大切にする人々がいる。一言でいえば「バスケ愛」が半端ではないのだ。Fraternityが非常に幅広い世代と価値観をつないでいることを感じさせた、サイラスHCの会見だった。


取材・文/柴田 健(月バス.com)
(月刊バスケットボール)



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