月刊バスケットボール5月号

【WINTER CUP HISTORY vol.2】田臥率いる能代工が高校生相手に150連勝。9冠&全国大会優勝50回達成!

 

 1998年のウインターカップで能代工(秋田)が前人未到の9冠(3年連続3冠)、全国優勝50回を達成した。

 

 当時のウインターカップでは、全試合が終了して東京体育館の正面扉を閉めると同時に、翌日のファンが並び始めるほどの人気ぶりで、毎日入場制限に。ファンは田臥勇太、能代工見たさに次々と集まってきた。

 

 能代工は第1シードで登場し、2回戦で法政大二(神奈川)を99-77で下すと、3回戦で日本大山形(山形)を100-73、鳥羽(京都)を104-49、小林(宮崎)を95-62で倒して決勝へ駒を進める。決勝の相手は市船橋(千葉)だった。

 

 能代工は田臥が入学した1996年6月の東北大会で仙台(宮城)に敗れて以来、高校生相手には通算149連勝中、全国大会もインターハイ、国体、ウインターカップを全て制して8冠、能代工の全国優勝は49回と、一つずつ勝利を積み上げてきた。3年前、能代工は田臥、若月徹、菊地勇樹という3人が入学し、この伝説は始まったのである。そんなスーパーチームもあと1勝で、高校バスケットボール界での“必勝不敗(チームの部旗)”伝説を達成することになった。

 

 決勝ではそんなプレッシャーをものともせず、能代工が試合を優位に進め、96-76で迎えた後半残り11秒、能代工渾身のルーズボールからパスを受けた田臥がラストショットを決め、自らの手で終止符を打った。これで、高校生相手には通算150連勝、3年連続3冠、全国大会優勝50回(このときウインターカップは4年連続17回目)という偉業を達成したのである。

 

 決勝で田臥は今大会自己最多の37得点を挙げ、高校での試合を終えた。試合開始から気迫あふれるプレーで圧倒し、前半10分で12得点を荒稼ぎしている。だが、試合終了のブザーがなった瞬間、田臥に笑顔はなく冷静そのもの。記録よりも、目の前の敵を一つ一つ倒していく積み重ねだったと田臥は言い放ったが、これだけのプレッシャーの中、それを達成するのは並大抵のことではなかったはずだ。

 

 この能代工の記録は20年以上たった現在でも破られていない。

 

 その後田臥は、2004年に日本人初のNBAプレーヤーとなり、日本代表としても、2016年のFIBA男子オリンピック世界最終予選ではキャプテンとしてチームをけん引した。現在もレジェンド的な存在としてBリーグを盛り上げている。

 

https://twitter.com/U18_JBA/status/1341313857378127872?s=20

 

(月刊バスケットボール)



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