月刊バスケットボール9月号

Bリーグ

2026.09.09

スポーツから地域社会へ広がる命のセーフティネット。B.LEAGUEと日本ストライカーが描く“社会性”の未来

B.LEAGUEとストライカーとの間のAEDをきっかけにした協業は、プロのコートから地域社会へと安全の輪を広げる

スポーツの枠を超える「社会性」という柱


2026年8月19日に、世界的医療機器メーカー・ストライカーコーポレーションでアジア・パシフィック地域の救急医療分野の事業を統括するヴァイスプレジデントのマイケル・ベイデンホープ氏と、同社日本法人である日本ストライカー株式会社でAEDのマーケティングマネジャーを務める西平真理子氏がB.LEAGUEを訪問し、島田慎二コミッショナー、SCS推進チームを担当する数野真吾氏と会談した。

日本ストライカーとB.LEAGUEの協業の始まりは2024年に遡る。SCS推進チームが持つ「命を守る(Safety)」「選手稼働の最大化(Condition)」「パフォーマンスの向上(Strength)」を目指すという理念に共感した日本ストライカーがB.LEAGUE各クラブへAEDを提供することから始まったこの取り組みは、試合中の心停止から選手の一命を救うという象徴的な成果も生み出した。素晴らしい成果と言えるが、両者は満足することはなく、すでに“次の段階”に目は向いている。プロのコートだけでなく、B.LEAGUEユース、そして地域社会の日常へと命を守る取り組みをどう広げていくか。両者が語り合ったスポーツの持つ社会性と、安全な環境づくりの未来に迫る。

リーグを再編し仕切り直しとなる2026-27シーズン、B.LEAGUEは大きな転換期を迎えている。島田コミッショナーを中心に推進する「B.革新」において最重要視しているのが、「クラブの経営力」「日本代表の強化」と並ぶ「社会性」という柱である。面談の中で、島田コミッショナーが語ったのはこんな言葉だった。
「いくらビジネスで成功し日本代表が強くなっても、どれだけ日本社会の一員として存在価値を示せるのか? そして地域に活力を与え、子どもたちに良いメッセージを届けていけるか? この"社会性"がなければ、他の2つも成り立たないと考えています。日本ストライカー様と取り組ませていただいている活動は、我々の理念に合致する非常に大事な部分と考えています」


リーグが掲げる「社会性」の柱と、安全な環境づくりの重要性を語る島田コミッショナー

その言葉に深く頷いたのが、ベイデンホープ氏だ。「Together with our customers, we are driven to make healthcare better.(顧客と一体となってよりよい医療を目指します)」というミッションを掲げるストライカー社にとって、B.LEAGUEとの提携は単なる協業を超えた意味を持つ。
「皆さんが示している安全への取り組みは、スポーツ界のみならず業界全体にとって画期的であり、素晴らしい模範となっています。B.LEAGUEという強力なブランドと共に取り組めることを、私たちも非常に誇りに思っています」とベイデンホープ氏は賛辞を贈った。



カーター選手の“救命”は奇跡ではなく準備の賜物


両者の提携が結実した最も象徴的な出来事が、冒頭でも触れたハビエル・カーター選手(当時滋賀)の心肺蘇生(CPR)である。

2023年7月に発足したB.LEAGUEの「SCS推進チーム」は、まず各クラブで緊急時対応計画(EAP)の策定に着手。日本ストライカーから提供されたAEDを活用し、平時から実践的な救命訓練を重ねてきた。そして2025年1月、日頃の備えが試合中に突如意識を失ったカーター選手の命を救うに至った。EAPを発動した滋賀のスタッフは速やかに駆け寄り、救命処置を実施して最悪の事態を防いだのだ。


B.LEAGUEの安全体制を「社会全体の素晴らしい模範」と称えたベイデンホープ氏

ベイデンホープ氏はこの事例について触れ、「AEDが近くにあったのに、誰も自信を持って使えずに命を落としてしまうケースは多々あります。心停止の場合、1分ごとに生存の可能性は減少してしまいますが、トレーニングを受けていないとフリーズしがちです。試合会場で観客が見守るという特殊な状況の中で、『AEDの蓋を開けて、パッドを貼る』という正しいステップを踏めるレベルまでトレーニングされていたことは極めて素晴らしいことです」と指摘した。
カーター選手の救命は、決して偶然の奇跡ではない。AEDという「モノ」とトレーニングされた「ヒト」、それらを動かす「体制」の3つが揃っていたからこそできた必然だったと言える。

こうしたトップリーグにおける「命を守る備え」の重要性は、決してプロのコートの中だけに留まる話ではない。

毎年9月9日は「救急の日」であり、この時期は全国で救急医療への理解を深める啓発活動が行われる。言うまでもなく心停止はエリートアスリートだけの問題ではなく、市民ランナーや子どもたち、そして私たちの家族にも、いつどこで起こるか分からない。だからこそ、この救命の成功体験は「専門家や医療従事者だけの特別な話」ではなく、我々一般市民一人ひとりが「自分ごと」として捉えるべきメッセージと言える。



ユースから家庭へ波及する安全意識


トップチームでの体制構築をした後、SCS推進チームと日本ストライカーが着手したのが、次世代を担う「B.LEAGUEユース(U15/U18)」だ。それも単発で終わらせるのではなく、毎年ブラッシュアップを重ねる継続的な取り組みとして選手たちへの講習会も実施し、U15・U18のアスレティックトレーナー向け講習会も開催。ユース世代におけるEAPやAEDの実践的な教育を行ってきている。トップチームと異なり、ユース現場は大人のスタッフが少ない。だからこそ選手自身が心肺蘇生やAEDの操作を学ぶことは、チームの安全を担保する上で責任を担う大人の助けとなり得る。

ベイデンホープ氏は、この活動が持つ「波及効果」の大きさに着目する。
「日本でも若年層のバスケ人口が増えていると聞きますが、若い世代が安全について学ぶことは、家族間で心停止についてのコミュニケーションを広げるきっかけになります。若者がバスケに打ち込む中で、その家族やコミュニティへと安全意識が広がる。皆さんの活動がなければ、こうした会話は生まれません。これはバスケ選手だけでなく、コミュニティ全体へより広く影響を与えていると確信しています」。


西平氏はブース出展などを通じ、ファン層の意識の変化を実感していると語る

両者が蒔いた安全の種は、すでに地域社会へと着実に根を張り始めている。日本ストライカーの西平氏は、「ファイナルなどの会場で、胸骨圧迫の実演ブースを出展した際、『カーター選手の救命事例を見て大事だと思い、自分で講習を受けに行ったよ』と言っていただくなど、声をかけてくださる方が非常に増えました。私たちの活動を通じて、一般の方々にも安全意識が少しずつ浸透していると肌で感じています」と、ファン層における確かな意識の変化を語った。

講習会を通じて選手から家族へ、そしてアリーナを訪れるファンへ。取り組みは、確実にコミュニティの隅々へと波及しているのだ。

安全への取り組みがもたらす、リーグの価値向上


面談の終盤、B.LEAGUEが築き上げた安全体制の価値を裏付けるような話題が挙がった。リーグ全体で進めている“命を守る”取り組みは、国内の選手やファンだけでなく、海外からやってくる選手たちにとってもポジティブに働いているという点だ。
島田コミッショナーは「滋賀でのカーター選手の事例は、B.LEAGUEが安全な環境づくりに真剣に取り組んでいることを示す出来事でした。安全が担保されたリーグであること。それは選手が安心してプレーできることにつながります。子どもたちがこのスポーツを選ぶ理由になると思いますし、海を渡って日本でプレーする外国籍選手たちにとっても安心して活躍できる重要なベースになると改めて感じています」と語り、リーグが誇る安全体制への強い信念を垣間見せた。

この点について、ベイデンホープ氏は「B.LEAGUEの今後の更なる発展の可能性を感じます。B.LEAGUEのように影響力のあるリーグだからこそ、救命の『ゴールドスタンダード(最善の規範)』が作られたのだなと改めて感じます」と感慨深げに語った。



アリーナを拠点とした地域のセーフティネットへ


B.LEAGUEがこれまでに構築してきた「ヒト・モノ・体制」の連携について、SCS推進チームの数野氏は「日本ストライカーのサポートがあってAEDの導入を進め、単に機器を設置するだけでなく、トレーニングや“いざという時に動ける体制”まで作っている。ここまでやっている国内のプロスポーツリーグは他に聞いたことがありません。日本ストライカーと『モノを整備するだけではない』という感覚を共有できているのは非常にありがたいことです」と発言。この「いざという時に動ける体制」をプロのコート内だけに留めるのではなく、日常化していきたいと考えている。その接点となるのが、現在、B.LEAGUEの働きかけもあって、全国に誕生しつつある“新アリーナ”だ。島田コミッショナーは「アリーナはスポーツだけでなく、多くの人が集まる施設になります。AEDの重要性や活用を、イベントの範囲も含めて広げていくことは我々がイニシアチブを取るべきだと思っています」と語った。


数野氏はB.LEAGUEが先陣を切って構築してきた「ヒト・モノ・体制」への強い手応えを口にした

スポーツの現場から始まった「命を守る(Safety)」取り組み。B.LEAGUEと日本ストライカーという強力タッグは、プロのコートを守るだけでなく、ユース育成を通じて一般家庭へ啓発を促し、さらには全国のアリーナを拠点とした地域コミュニティのセーフティネットへと広がろうとしているのだ。

「令和7年版救急・救助の現況」(総務省消防庁)によると、日本では年間で約14万人が突然の心停止に襲われている。平均すると1日に約384人、3.75分に1人という数字であり、決して遠い存在ではない。B.LEAGUEでの事例のように即座にAEDを使用できれば助かる可能性が高まるが、使用が1分遅れる毎に生存率が10%ずつ下がると言われる(同白書によると救急車の到着時間は平均9.8分となっている)。しかしながら、心停止で倒れる瞬間を一般市民が目撃した事例において、一般市民によりAEDで除細動が実施されたのは、わずか5.2%でしかない。B.LEAGUEが危機感を持って進めてきたことの裏側には、こういった厳しい現実もあるのだ。

“いざという時、命を守るために何をすべきなのか”
「救急の日」を迎えた今日、身近な誰かとこの問いについて、少し話してみてほしい。その小さな会話が、大切な命を守る備えの第一歩になる。


固い握手を交わす島田コミッショナーとベイデンホープ氏。強力なタッグが、これからも地域社会のセーフティネットを広げていく

取材協力:B.LEAGUE、日本ストライカー



写真/幡原裕治、文/広瀬俊夫(月刊バスケットボール)

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