月刊バスケットボール7月号

Bリーグ

2026.06.22

【インタビュー】今季で引退の“ミスター・アルティーリ”大塚裕土、自慢のシュートに対する「自信がブレることはなかった」

Bリーグ開幕前に6年間のプロキャリアを持つ大塚は、富山時代のオールスターMVP、川崎時代の天皇杯優勝、新興クラブのA千葉における土台作りとB1昇格実現など着実に実績を積み上げ、「ミスター・アルティーリ」として今季で現役生活を終えた。5月3日のシーズンフィナーレ直後の感慨とともに、この10年間の思いを聞いた。


こちらのインタビューは『月刊バスケットボール2026年8月号』掲載の冒頭です。全文は誌面にてご覧ください。

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──現役生活の最終節(千葉Jとのアウェー戦)はすばらしい活躍で締めました。今季は長崎相手の開幕戦に勝った後は厳しい戦いでしたが、千葉Jには3月に一度勝つこともできました。振り返っていかがですか?


評価するのが難しいですね。あまりにも波がありました。やっぱりブランドン(アシュリー)がケガしたタイミング (昨年11月16日の三河戦)でチームとしての動き方やラインナップの使い方などをうまく持っていくことが非常に難しくなってしまいました。コーチ陣も悩んだはずです。

個人としては以前と変わらない自分だったと思います。最後の数試合は、これで終わりだということもあって使ってもらった中で結果を出すことができました。ただ、シーズンの序盤・中盤でコーチ陣に僕を使いたいと思わせられなかったですね。正直そういう感覚もあって引退を決めました(引退発表は昨年10月20日)。

たぶん来季、Bプレミアで外国籍選手の出場時間が今以上に長くなると、もっともっと厳しくなるだろう。こういう感じで終わっていくのか・・・。そんな想像が膨らんで、そういう終わり方は自分として望む形ではなかったんですよね。終盤戦で自分らしいパフォーマンスができたので、(来季も)やりたい気持ちは少なからずありますけど、まだまだできるんだぞというところを皆さんに見せて、しかも1万人を超える大観衆の前で綺麗に終われるというのも、日本のバスケットボール界でそうそうできないことなのかなと思いますし、良かったんじゃないかなと思います。

──今季を一言でまとめたらどんな言葉になりますか?

終盤戦でのミーティングでアシスタントコーチから出してくれた「初志貫徹」という言葉でしょうかね。うまくいかないときこそまず原点に帰ろうというのは、B2時代からずっとやってきたことでした。A千葉で5年間やってきていろんな状況がありましたけど、最後に出てくる言葉として合っているんじゃないかなと思います。

──今日の最後はプロデビュー当時には想像できなかったのではないですか? 1万人の大観衆が見守る中で元NBAの渡邊雄太選手とナシール・リトル選手が大塚選手を止めにきていました。

正直、これは最後に自分が普通に打って、相手ボールで(西村) 文男さん(同じく今季限りで引退) が打つのかなと思ったら、本気でディフェンスしにきてくれたので、ちょっとびっくりしました(笑)。昨夜、最後のシチュエーションを思い浮かべて、渡邊選手と1オン1ができたらいいなともイメージしていたんですけど、ちょっと自分のイメージと違う流れにはなりました。

──ホームフィナーレ (4月2日の茨城戦)の後は、まだ引退の実感がないと話されていましたが、さすがに今は「終わったな」という感じですか?

それがまだないんですよ。さっきもジョークで「明日9時からな」なんて声をかけたりして。まだ出てこないです。

──最後の何試合かは「使ってもらった」と話されましたが、クラブへの感謝と同時にスターターの座は勝ち取りたかったという思いもありましたか?

チームとしてディフェンスを重視していて、そこが出られない原因だと自分でも分かっていました。ファウルの使い方やちょっとした技術はあるにせよ、今の年齢でできる限界も感じて、その部分では正直、今から大きく伸ばそうというのは現実的に難しいと思いました。

それよりも得意なところをしっかり成長させて、伸ばせるところを伸ばそうと意識してやってきました。出たときにいい確率でシュートを決めることがそれで、プロキャリアだけでなく子どもの頃、学生時代も含めて毎試合準備してきたことなので、それが最後に与えられた機会で出せて、すごく良かったなと思っています。

──最後の8試合は何が起こったのですか? その前の8試合は3Pシュートが0/10で以降は30/66。単に気の持ちようだけとは思えない変化ですが。

いや、やっぱり気持ちの面はすごく大きいですね。自分が今から出る、出そうだというときに出ると分かっていましたから。確率が悪かった時期は、いつ出るか分からず出場時間も2〜3分の試合が多く、自分自身のリズムをつかむのにすごく苦労しました。「ここで打っていいのかな」とか、「短い出場時間の中で自分の我を出したらチームにとってはどうなんだろう」と思いながらプレーしていましたから。最後はプレータイムが伸びたのもありますけど、地元の北海道で思いっ切り打てた(4月15日の北海道戦)のが大きかったですね。

──あの試合はビッグショットの連発で、以降はずっとゾーンに入りっぱなしのような成績でした。

B2とはいえ2年連続でタイトルを取りましたし、キャリアの中でも基本的にはいい確率で決め続けてこられたので、自信がブレることはありませんでした。


続きは『月刊バスケットボール2026年8月号』をご覧ください。



写真/©︎B.LEAGUE

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