月刊バスケットボール7月号

未来の日本代表コアメンバー入りが期待される“2006年組” 瀬川琉久「できるだけ多く自分たちの世代から代表に」

日本バスケットボール協会は、伊藤拓摩強化委員長を中心に、12年計画での代表強化に乗り出した。アンダーカテゴリーからA代表までを一気通貫し、それぞれのカテゴリーが分断された強化にならぬよう、連携を図りながら組織的な強化をしていく方針だ。

6月9日、男子日本代表の第1次強化合宿のメディアデーが実施され、23名の選手のワークアウト公開とメディア対応が行われた。選手への取材はもちろんメインテーマだが、もう一つ特筆すべきだったのが、スタッフの多さ。マネージャーや広報担当まで含めると、選手よりも多い29人のスタッフ体制で選手たちをサポートしていた。

メディアデー直前には、アルバルク東京の伊藤大司GMと、サンロッカーズ渋谷の松岡亮太GMがチームダイレクターとして新たに加わることが発表され、とにかく経験をしてもらうことが理由だと、伊藤強化委員長は説明した。

コーチ陣を見ても、前京都ハンナリーズACの間宮誠コーチ(31歳)や今季長崎ヴェルカで優勝を成し遂げた弓波英人コーチ(26歳)といった若い指導者、さらには大学界から白鷗大の網野友雄監督ら多様なメンバーで構成。選手だけでなく、指導者や組織全体としての12年計画での強化を実行せんとする体制が組まれた。

選手に目を向けると、28歳のシェーファーアヴィ幸樹が最年長、19歳の十返翔里が最年少で、平均年齢22.9歳。ディベロップメントキャンプの目的もある今合宿には、将来の日本を担う若手が多く招集されたわけだが、中でも最年少の“2006年組”に注目したい。

先に名を挙げた十返と瀬川琉久、渡邉伶音、松本秦の4人が招集された2006年組だが、瀬川と渡邉はプロ契約、十返と松本は特別指定選手としてすでにB1の舞台を経験しており、今合宿最年少ながら一定以上の経験値を備えている。

JBAが12年計画の強化の完成形を迎えるとき、彼らは32歳。同時点での日本代表をプレー面でも精神面でも引っ張ってもらいたい世代である。

本稿では、4人のうちメディアデーでの 取材機会を設けられた渡邉、十返、瀬川の3人の言葉から、彼らの日本代表に対する思いや、近い将来のビジョンを共有していきたい。

※松本はメディアデー当日はコンディションの関係で取材対応なし



渡邉伶音

ポジションコンバートに励む
206cmのビッグマン

渡邉は身長206cmと日本人としては規格外のサイズを誇りながらも柔らかな3Pシュートやドライブなどの外回りのプレーに磨きをかけている。所属するアルティーリ千葉では、主にSFとして起用され、昨季は49試合に出場して平均10分ほどのプレータイムだった。

一方、代表ではPFをメインに任されることが多く、渡邉自身も「代表に関わるとなったら4番の方が自分に合っているので、3番を目指しつつ、4番も、としっかり頭に入れています」と環境に適応せんと努力を重ねる。ハイレベルな環境で腕を磨く日々は「すごく楽しい」と渡邉。

「プロになってから初めてしっかりとした代表活動になるので、ちょうど1年ぶりくらい。コーチに『競争しろ』と言われていて、みんなが競争心や自分で攻める姿勢があります。去年とかはキャッチ&シュートくらいしかできない印象だったので、そこはちょっとずつできてきていると思います」

自身の変化にも徐々に手応えを感じ始めている最中だ。彼が今目指すのはロサンゼルス・オリンピックでのメンバー入り。そのための今夏の目標が、「代表にしっかりと関わること」。そして、そもそも代表に呼ばれるよう、「Bリーグの次のシーズンでもっと結果を残さないと代表に選ばれることもなくなってしまうと思うので、次のシーズンが勝負かなと思っています」とA千葉でも結果を求めていく。



十返翔里

馬場雄大や西田優大を模範に
「ピークの前」にA代表定着へ

「(渡邉)伶音とか(瀬川)琉久は慣れているところもあると思いますが、(松本)秦とは、『爪痕を残そう』というような話はします」

十返は、少し緊張したような表情で語った。彼にとってディベロップメントキャンプは「トムさんの頃の高3の2月くらいに一度呼ばれたくらいなので、2年ぶり」のことだ。まずはトップレベルの環境に慣れることが、十返にとっては必要で、その上で「今の代表を引っ張ってくっていうよりかは、その先を見据えています。いずれ自分たちが引っ張っていかないといけないと思いますし、早い段階で代表合宿に参加させてもらえているのは、そういう期待もあってのことだと思う」と来る時に備えて研鑽を積んでいく構えだ。

伸びのあるダイナミックなオフェンスが武器の十返が目指すのは、「西田優大さんや馬場雄大さんのような役割の選手」──つまり、攻防でチームのバランスを取れるセカンドハンドラーのような立ち回りの選手だ。

彼にしても今の自分の立場を客観視しながら、「キャリアのピークは日に日に近づいてきてますし、ピークになる前にちゃんと代表で結果を残していかないといけないと感じています」と危機感を示す。25歳前後にはA代表に定着し、そこから中心選手として日本を背負う。これが十返が描く青写真だ。

東海大進学の理由となった、課題のディフェンス面についても、「同年代や大学の選手は基本ディフェンスで止められる感覚は出てきました。高校時代は止められなかった選手も、平面なら今は止められるので、あとは体力的に常にハードワークできるかが、この先の課題」と少しずつステップアップしている。



瀬川琉久

「代表は自分にとって特別」
同世代で日本を背負う

瀬川琉久は、A代表に対するアツい思いを口にする。

「高校2年生のときにA代表の試合に見に行かせてもらって、『ここでプレーしたいな』と思ったので、その思いをかなえられるように頑張りたいです。アリーナにいるみんなが一丸となって、赤く染まって応援している姿を見て、『みんなの前で応援されたいな』と思いました。やっぱり代表は自分にとって特別で、代表戦のコートで戦っている選手が本当に輝いて、格好良く見えました。自分もそこに立ちたいと思っています」

代表合宿には何度か招集されている瀬川だが、いまだユニフォームをまとって試合に出たことはない。それだけに、A代表デビューに懸ける思いは強い。

彼の武器は卓越した個人技とピック&ロールをはじめとした駆け引きのうまさ。また、千葉ジェッツでのプロキャリアにおいてはよりディフェンスの強度を求められたことで、今では「前からプレッシャーかけるのは得意としているので、それを100%出せればいいと思います」と自信を示す武器となりつつある。一方で本人も課題に挙げる3Pシュートの精度は要改善だと本人も認めており、そこは「これからも強化し続けたい」と話す。

なかなか「候補」からあと一歩先に進めないこともあり、代表でのロードマップも地に足を付けて考える。瀬川はこう意気込む。「A代表に入ることが一番の目標ではありますが、段階を踏んでいかないといけないので、まずはアジア競技大会の代表に選ばれることを目指してやっています。最終的には次のオリンピックに出場することが目標でもあるので、そこまでに一歩一歩、自分の目の前の課題と向き合ってやっていきたいなと思っています」

その上で、ロサンゼルスの次のブリスベンが、彼、そして彼の世代にとって真価が問われる時期になる。「次の次のオリンピックくらいは自分たちが一番経験も積んで、なおかつフレッシュにプレーもできる年齢だと思っています。ここにいないメンバーも含めて、できるだけ多く自分たちの世代から代表に選ばれて、みんなで日本を背負えるぐらいになれたらいいなと思っています」と、静かに思いを口にした。

瀬川の言う「ここにいないメンバー」も含め、華やかなタレントがそろう2006年組が5年後、10年後にどんなキャリアを歩んでいるのかは、日本バスケットボール界の未来にも関わってくる。

桶谷大HCは彼らについて、「みんなバスケがうまくて能力も高いので、こういう場で彼らが感じる部分もあると思います。フィジカルの違いだったり、インテンシティーの部分だったり、バスケットボール IQだったり。そういったものを得るためここに来ていると思うんですよね。世界大会に出て経験したものをみんな練習に持ち帰ってうまくなっていると思うので、まずここで…今まで自分たちが経験したことのないものを持ち帰って、またこのレベルでプレーできるようになってほしいなと思います。彼らはこのレベルでも特筆した、スペシャルなものを持っていると思うので、そういったものをどんどん磨いてほしいです」と期待を込めた。

彼らのキャリアの歩みを、これからも注視していきたい。



文・写真/堀内涼(月刊バスケットボール)

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