ジョーダンが粋なサプライズ ホスピス入所中の恩師とビデオ通話で40年ぶりの再会

「死ぬまでにやりたいこと」として願った教え子との再会
「マイケルの首をもう一度抱きしめたい」――それは、“ミス・エッタ”ことエッタ先生がバケットリスト(死ぬまでにやりたいことリスト)に掲げていたことの一つ。それが思わぬ形で実現したとESPNをはじめとする全米各紙が報じている。もともとの情報は、5月12日にホスピス施設であるロアー・ケープ・フィアー・ライフケアがSNSアカウントに投稿したものである。
40年以上前、エッタ先生はノースカロライナ州ウィルミントンのエムズリー・A・レイニー高でマイケル・ジョーダン(元ブルズ、ウィザーズ)を教えていた。現在ホスピス施設に入所している彼女は、病室で当時の思い出話やかつての教え子について何度となく口にし、死ぬまでにやりたいことの一つが、冒頭の願いだったという。
施設のソーシャルワーカーであるウェンディさんは、この願いを叶えるために幾度も連絡を試みたものの、簡単にはつながらず。それでも、ある日、ウェンディさんの携帯電話に見知らぬ番号から電話が入る。「こちらはエッタ先生の番号ですか?」と問いかけた声の主こそが、ジョーダン本人だった。ウェンディさんはすぐに車を走らせてエッタ先生の病室へ。40年ぶりとなるビデオ通話をセッティングし、2人は笑顔で会話を交わした。施設はInstagramの投稿で「2人は笑い合い、思い出を語り合い、冗談を言い合い、その場にいた全員が涙するような瞬間を共有しました。ご家族がこれから先も、一生胸に抱き続ける素晴らしい思い出となりました」と紹介している。
ヒズ・エアネスにとってレイニー高は特別な場所だ。1963年生まれのジョーダンは、1968年に家族でウィルミントンに移住し、同校に入学した。高校2年生の時には身長を理由に代表チームから落選するという有名な挫折を経験。その悔しさをバネにジュニア代表チームで実力を磨き、急激な成長を遂げて最終的に代表入りを果たす。1981年に同校を卒業したジョーダンは、スーパースターとなった今でも母校への感謝を忘れていない。2019年にはレイニー高の体育会部門などへ110万ドル以上の巨額の寄付を行っている。
今回のサプライズ通話は、その寄付から7年後の出来事。施設は投稿の最後に「これこそが、ホスピスケアの本質です。できる限り快適に、そして充実した日々を生きること。人とのつながり、心の平穏、笑い、そして愛に満ちた瞬間を創り出すこと。その瞬間は、時に静かなものであり、時に忘れられないものとなります。そして時には……あのGOAT(史上最高の選手)が、関わってくれることだってあるのです。ウェンディ、そしてマイケル、この特別な願いを叶えるために力を貸してくれて本当にありがとうございました」と感謝を綴っている。

文/広瀬俊夫(月刊バスケットボールWEB)
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