月刊バスケットボール10月号

大学

2026.05.15

“魂のディフェンス”を見せる東海大・直井隼也「高校一般入試→名門大」異色キャリアで目指すプロの舞台

「分かっています。これだと去年と一緒になっちゃうから」

5月6日、「第75回関東大学バスケットボール選手権大会」最終日が行われ、3位決定戦で明治大と東海大が激突。東海大は前半を35-36と僅か1点ビハインドで折り返していた。スコアだけを見れば単なる接戦。そこまでの問題があったようには思えない。

しかし、実際は違った。オフェンスで思うようなプレーがさせてもらえず、それによって東海大が身上とするディフェンスの集中を欠いていたのだ。入野貴幸監督が「前半はうまくいかなくて、みんなか自分の世界に入っていました」と話すように、接戦ではあったが、リズムは明治大にあった。

本来は堅守から流れをつかむはずなのにそれができていない。誰かディフェンスのトーンセットする選手が必要──そこで入野監督が声をかけたのが、4年生の直井隼也だった。そして、彼から返ってきたのが、冒頭の言葉だった。

後半、直井はその会話で入野監督から伝えられたことを実行する。

フロアに張り付くように腰を落として相手のハンドラーにへばり付き、ターンオーバーを誘発。直接的なミスを引き出せずとも、オフェンスとエントリーを遅らせて明治大のオフェンスをじわじわと破壊していった。時にファウルがコールされることもあったが、直井のグッドディフェンスを東海ベンチは大声援で援護。結果、後半を36-25として71-62の勝利が決まった。

入野コーチは直井にこんなアドバイスを送っていたことを明かす。「相手がバックコートからボールを運んでくるときにスクリーンを置いていました。だから、『そのスクリーンを抜けた瞬間に圧を上げたらボールが取れると思う』と彼に伝えました。そして、次のプレーでそれをやったらボールが取れたんです」。指揮官のアドバイスを実行し、結果を出す。これが直井の優れた部分だ。


地元の公立高校を受験も、まさかの不合格…

東海大では2年時から徐々にプレータイムを伸ばす直井だが、彼にとってこの立場に身を置けていることは「夢のようというか、驚き。自分でも何だか変な感じがする」という。それは、彼の経歴が非常にユニークだからだ。

出身は石川県で、高校は県内の名門・北陸学院に進んだ。ただ、中学時代までは特段、競技面での実績はなく、高校は地元の公立校に進学しようとしていた。しかし、受験した高校がまさかの不合格。もしものためにと受験していた北陸学院高に進むことになった。

もちろん、バスケの強豪であることは理解していたが、「多分、3年間応援団で終わるだろうなと思っていました」と直井。しかし、本人の低い期待値とは裏腹に、2年生になる頃にはA1、A2、Bと3つにランク分けされたチームの中の、最上位のA1チーム入り。早生まれだったことで同年の国民体育大会(現国民スポーツ大会)の少年男子代表に選ばれた。そこから徐々に試合に絡めるようになるわけだが、もう一つ転機があった。

石川県内のライバル金沢高の当時のエースが、直井と同じ左利きだったのだ。「だから何だ?」と思うかもしれないが、直井はその選手を想定した練習相手として、1学年上の清水愛葉と常にマッチアップすることになった。そこからは「愛葉さんはフィジカルも強いので、やっていくしかないと頑張っていた」と日々がむしゃらに取り組んでいたところ、それが濱屋史篤コーチからの評価につながり、「気付いたら(メインで)試合に出られるようになっていました」

ひょんな縁から北陸学院高という強豪に進み、ライバル校のエースがたまたま左利きだったことで、練習から高いレベルを体感。必死に食らい付いていた中で試合に出られるようになり、その活躍が東海大・陸川章監督(現アソシエイトコーチ)の目に止まった。


名古屋D・加藤、大阪・坂本を
ロールモデルに

彼が北信越地区の北陸学院高でプレーしていたのも、また何かの縁だったかもしれない。というのも、直井獲得を検討していた陸川AHCは、当時・東海大付諏訪高を指揮していた入野監督のに連絡を入れた。「陸さんから『こういう選手がいるんだけどどうか?』と聞かれて、『いいと思いますよ』と答えたようなやり取りがありました。同じ北信越なので隼也のことももちろん見ていて、あのときの北信越の子たちを見たときに、仕事をするのは隼也かなと思いました。タレントが多い中でああいうタイプの子が一人いると…黒子役になれる人が誰か出ないといけないので」。偶然の一言では片付け切れないような数々の出来事が、直井に起こったのだった。

プレーにも目を向けよう。彼はスコアリング能力ももちろんあるが、それよりも自身のロールをこなすタイプ。だからボックススコアで目にするスタッツは控えめだ。それでも、この試合のようにディフェンスのトーンをセットし、東海大を東海大たらしめる強度をチームに伝播させる。能力の高い選手がそろうからこそ、泥臭い部分に力を込める──それはチームに必要なことであると同時に、直井の生きる道でもある。彼は自身のロールモデルとして、名古屋ダイヤモンドドルフィンズの加藤嵩都と、東海大の先輩でもある坂本聖芽(大阪エヴェッサ)の名を挙げた。

「そういう選手が自分の目指すべきスタイルだと思うので、意識して取り組んでいます。自分が行くよりも周り生かしつつ、ディフェンスをハードにやるような献身的なプレーをしたいです。でも、決めるときには決め切る。そういうプレーヤーになりたいです」

今、直井が目指すのはBリーグ。つまりプロの舞台だ。大学で活躍するほとんどの選手がミニバスや中学時代からの実績を買われ、高校、大学とキャリアを積み重ねてきた選手ばかり。そうではない直井がプロを目指すことは、次世代の多くの選手に希望を与えるはずだ。

魂のディフェンスでチームを盛り上げ、王道ルートではない道からチャンスをつかんだ直井。彼の未来にはどんな結末が用意されているのか、見届けたい。



写真/山岡邦彦、文/堀内涼(月刊バスケットボール)

PICK UP