月刊バスケットボール10月号

Bリーグ

2026.05.07

サンロッカーズ渋谷、聖地・青学記念館の終幕

青学に別れを告げた激闘の最終戦


2026年5月3日、レギュラーシーズンが終了し、全クラブの順位が確定した。来シーズンからは東西の26クラブが参入しての『B.PREMIER』へと様変わりする。それに伴って、青山学院記念館をこれまでホームアリーナとして使用していたサンロッカーズ渋谷は、アルバルク東京と共同使用する『TOYOTA ARENA TOKYO』(東京都江東区青海)へとホームを移すこととなった。



今シーズンのSR渋谷は、開幕直後からディフェンスの強度が安定せず、前半戦で7連敗、8連敗を喫するなど、勝率を伸ばせず苦しい展開が続いた。事態を重く見たフロントは、2026年1月8日付でカイル・ベイリーヘッドコーチとの契約を解除。後任として、それまでアソシエイトコーチを務めていたゾラン・マルティッチ氏がヘッドコーチに就任した。マルティッチ氏は過去に千葉ジェッツでアシスタントコーチとしてBリーグ制覇を支えた実績を持っている。

そして、マルティッチ氏がチームの指揮を執るようになった直後は、持ち味の激しいディフェンスがより組織化され、 1月24日、25日の富山グラウジーズ戦で連勝して好調なスタートを切った。その後、連勝記録を大きく伸ばすという顕著な結果はなかったものの、レバンガ北海道、シーホース三河から白星を奪う健闘を見せた。しかし、秘めたるポテンシャルの片鱗を見せつつも、順位は大きく変わることなく、ついに青山学院記念館を使用する最後の2連戦、4月25日、26日のアルティ―リ千葉戦を迎えた。

第1戦は序盤から手に汗握る接戦となった。SR渋谷はエースの田中大貴をコンディション不良で欠く苦境に立たされるが、主将のベンドラメ礼生やジョシュ・ホーキンソンらがホームの意地を炸裂。猛追するA千葉を突き放し、見事に勝利を収めた。

続く第2戦は、さらに過酷なデッドヒートが最後まで続いた。聖地・青学でのラストゲームを勝利で飾りたいSR渋谷は、85-85の同点でベンドラメがみんなの思いを背負った3Pシュートを放つ。しかし、ボールは惜しくもリングに嫌われる。延長戦突入かと思われた残り0.4秒、一瞬の隙を突いたA千葉に痛恨のタップシュートを許し、青学での最終戦は85-87、惜敗という形で幕を閉じた。

運命のシュートシーンについて、ベンドラメは苦笑いを浮かべつつこう振り返った。
「残り時間が少ない中、『最後は自分に回ってくる』という予感はありました。ここで決めたら格好いいな、と思って打ったのですが……決め切れなかったのは、自分は持っていなかった…ですね。あれほど舞台が整うチャンスは一生に一度あるかないか。外したことは本当に悔しいですが、それが今の自分です」





「ありがとう、青学」――ベンドラメと歩んだ10年


青山学院記念館はBリーグがスタートした2016年9月からホームアリーナとして使用し、ベンドラメがSR渋谷に入団した年でもある(厳密には、Bリーグ開幕前の2016年1月にアーリーエントリーで加入)。まさに青学での歴史は、彼のキャリアとともに過ぎていった。また、SR渋谷の象徴といえば、NBL時代から続いている最初の得点が決まるまで総立ちでの応援スタイル。しかし、アウェイなど他のファンへの配慮から2023-24シーズンよりティップオフとともに着席スタイルに変更されたが、ファンの熱量は何ら変わることはなかった。数々の記憶が刻まれた4月25日、26日の連戦。この2日間が、選手やファンにとって何物にも代えがたい『特別な時間』であったことは、会場の熱気が何よりも雄弁に物語っていたと言っても過言ではない。


セレモニーで披露された「ありがとう、青学。」上映スペシャルムービー

ファンに向けてのセレモニー終了後、記者会見に現れたベンドラメは、チームを代表して次のようなコメントを述べた。

「(青学記念館から離れることについて)もちろん寂しさはあります。ここまでB1で戦ってこられたのは、このアリーナのお陰です。B.PREMIERにチャレンジする中で、この青山学院記念館で経験したことは間違いなく生きるし、離れたくないという気持ちはあっても、次のステップアップに向けて『すごくいい経験だった』という思いの方が強くなっています。青学でのラストゲームにスタメンで出られたのはとても光栄でした。試合の出だしからチームに勢いをもたらすプレーを心掛け、今日は非常にいい入りができたと感じています。正直、涙は出ないでしょう。離れる悲しさはあっても、それだけサンロッカーズが成長した証であり、B.PREMIERができる時にいずれ離れることは分かっていたからです。『いよいよその時が来た』という心境です。最後にホームアリーナで熱い試合を見せられたのは幸せなことですし、泣いているファンの思いをしっかりと受け止め、次のステップへ進む決意がより強くなりました。
そして、この10年間、メインのポイントガードを担うようになってからは、ファンの声をダイレクトに感じるようになりました。一つのプレーで観客が湧き、一つのミスで全員が悔しがる。そうした中で中心選手として戦えたことは、プロ選手としてメンタル面でも自分を大きく成長させてくれました。この10年でBリーグは本当に成長しました。バスケットボールの競技レベルが上がっただけでなく、エンターテインメントとして試合以外でも楽しめるリーグになったと実感しています。自分自身のキャリアを振り返っても、この環境で切磋琢磨してきたことが大きな財産です。
これからB.PREMIERが始まるにあたり、より観客を楽しませ、多くの人をアリーナに呼び込む必要があります。僕たちプロ選手は、エンタメに負けない素晴らしいパフォーマンスをコートで表現しなければなりません。10年が経過し、自分も年齢を重ね、楽しみな若手選手がたくさん出てきています。その若手に負けないよう自分も戦い続けたい。これからルールが変わり、プレースタイルやチームの強みも変化していくでしょうが、その変化にしっかりと対応していくつもりです。個人的にも組織としても、まだまだ上を目指せるはず。さらなる向上心を持って新たなステージに挑んでいきます」






B.PREMIERで再び始まるサンロッカーズの歩み


その後、SR渋谷は5月2日、3日の滋賀レイクスとの2連戦で、B1リーグでの戦いを終えた。結果は25勝35敗(東地区8位)。チャンピオンシップの出場権は逃した。

田中大貴、ジョシュ・ホーキンソンらはリーグ中も「結果を残せていない。責任を感じている」など、言葉の端々に主力選手としてチームをリードし、思うような結果を残せない悔しさを口にしていた。そして、“ファンとの絆”を最優先にし、いつでも献身的なプレーを見せていたベンドラメたちが『チームを何とかしたいとあがいた姿』をファンたちは忘れないだろう。ホームアリーナが移転しても、前向きに戦う選手たちを応援していくはずだ。CS出場権を逃すという結果は重いが、ここ数シーズンはSR渋谷にとって古い皮を脱ぎ捨てるための“必要な痛み”だったのかもしれない。

SR渋谷は5月7日にクラブ名を『東京サンロッカーズ』に変更することを発表し、来シーズンからは“TOYOTA ARENA TOKYO”へと拠点を移し、新たな歴史を刻んでいく。





文/飯塚友子

PICK UP

RELATED