月刊バスケットボール2月号

Wリーグ

2026.02.17

最高の幕引き──宮崎早織が示した「ENEOSの魂」と有終の美

有終の美を飾ったラストダンス


2月15日、横浜武道館。「Wリーグ ユナイテッドカップ」の2代目王者を決める戦いは、ENEOSサンフラワーズの顔となった司令塔であり、東京2020オリンピックの銀メダリストでもある宮崎早織の引退という、特別な試合と重なることとなった。

ユナイテッドカップは、昨シーズンの2ディビジョン制導入に伴い、Wリーグ全チームが参加するトーナメントとして新設された。今シーズンはWプレミア、Wフューチャーの全15チームが参加。昨年9月のグループステージを勝ち抜いたENEOS、トヨタ紡織 サンシャインラビッツ、デンソー アイリス、シャンソン化粧品 シャンソンVマジックに、昨シーズンのWリーグ女王・富士通レッドウェーブを加えた5チームがファイナルステージへと駒を進めた。



ENEOSの決勝までの道のりは、決して平坦ではなかった。ファイナルステージ初戦を戦ったENEOSとトヨタ紡織の両チームは、優勝するためには3日間で3試合というタフなスケジュールを乗り越えなければならなかった。ENEOSはその初戦、トヨタ紡織戦を60-59というわずか1点差の死闘で制すると、準決勝では昨季王者の富士通をも撃破。一方のデンソーは、準決勝のシャンソン戦で赤穂ひまわりが残り0.7秒からのスローインプレーで逆転弾を沈める劇的な展開で勝ち上がってきた。



今シーズンの皇后杯を制したENEOSと、レギュラーシーズン2位でプレーオフを控えるデンソー。皇后杯決勝の再戦となる激突は、今シーズン限りでの現役引退を表明しているENEOSの司令塔・宮崎にとっての「公式戦ラストゲーム」という特別な意味を帯びていた。



執念が勝った決勝戦。宮崎が見せた「勝者のメンタリティ」


試合は序盤からENEOSが主導権を握る。宮崎が自ら放つ3Pシュートや持ち前のスピードを生かしたプレーでチームのオフェンスを組み立てると、インサイドでは196cmのプレッチェル レイン アシュテンが高さのアドバンテージを生かし、前半を39-31のリードで折り返す。後半、追い上げを図るデンソーに対し、ENEOSは一歩も引かない気迫を見せる。



ハイライトは第4クォーター終盤に訪れた。デンソーが川井麻衣の気迫溢れるプレーや赤穂のフリースローで4点差まで詰め寄り、逆転の望みを繋ぐ。しかし、そこで存在感を見せたのが宮崎だった。デンソーが仕掛けたファウルゲームに対し、宮崎はフリースローを沈め、相手を突き放した。最終スコア69-62。ENEOSが皇后杯に続く2冠を達成し、宮崎は16得点12アシストという圧巻のダブルダブルでMVPに輝いた。

今シーズン、ENEOSはレギュラーシーズンで苦しみ、プレーオフ進出を逃していた。宮崎は大会中、「プレーオフに行けなかった私たちの実力を示したい」と語っていたが、まさにその言葉どおりのパフォーマンスでチームを頂点へと導いたのである。






敗者・デンソーの誓い。受け継がれる「強さ」への渇望


一方、あと一歩届かず準優勝に終わったデンソー。大黒柱の髙田真希は、宮崎の引退に敬意を表しつつも、アスリートとしての悔しさを滲ませた。
「ユナイテッドカップでも、皇后杯もファイナルまで来ましたが、あと一歩で優勝を逃しています。この準優勝という結果に意味を持たせるためには、プレーオフで優勝するしかありません。優勝しないと、この2つの負けは意味がありません」
デンソーのヴラディミール・ヴクサノヴィッチHCも「非常にレベルの高い試合でした。この経験をリーグのファイナルで勝ち切るための糧にしなければならない」と語り、ENEOSが見せた「勝ち切る強さ」に刺激を受けた様子だった。



記者会見で明かされた、12年間の思いと「もう1年」の理由


試合後、宮崎は晴れやかな表情で記者会見の席に着いた。
「本当にこれで私のバスケットボール人生は終わりです。勝って、最後優勝できたことを本当にうれしく思っています」
彼女の引退には、知られざる舞台裏があった。共にキャプテンを務める星杏璃は、涙ながらにこう明かした。
「ユラさん(宮崎)は、本当は前のシーズンで引退しようと考えていたんです。でも、自分と藤本愛瑚選手が大きなケガをしてしまって……。『二人が復帰してもまだ万全にプレーできないから、もう1年やる』と言って、今シーズンまで続けてくれました。この1年間、ユラさんのためにと思ってやってきました」
後輩を思い、チームを思って延ばした現役生活。「ENEOS一筋12年」の宮崎はこれまでのキャリアの中で他チームへの移籍を考えたことは「一度もなかった」と言い切る。
「小さい頃からの夢がENEOSでプレーすることでした。黄金世代の中で、勝つことの大切さ、勝つためにどう向かうべきかを学びました。試合に出られない時期も私には必要だったと思っていますし、ENEOSでチームの顔になりたいと思ってプレーしてきました」と振り返る。かつての黄金時代を築いた偉大な先輩たちの背中を追い、今度は自分がその「ENEOSの魂」を後輩たちに伝える番だった。



託されたタスキ。エブリンが語る宮崎への感謝
今シーズンから加入した馬瓜エブリンにとっても、宮崎は特別な存在だった。
「私が非常に落ち込んでいたとき、最初に連絡をくれて、ENEOSに引っ張ってくれました。ユラがいなかったら、私は今バスケットができていないかもしれない。今日は宮崎選手の引退の花道を飾ることが、チームの唯一のモチベーションでした」と同期の引退に強い思いを持って臨んでいたことを明かした。
試合残り30秒、フリースローラインに立った宮崎の脳裏には不思議な感覚が去来していたという。
「『あー、本当にこれで終わるんだな』という不思議な感覚。周りを見たらみんなが『まだ最後まで勝ちに行くよ』と言っているのを見て、この景色ももうコートの上で見られなくなるんだなと、少し悲しい気持ちもありました」
しかし、その悲しみを振り払うように、宮崎は最後まで走り抜いた。
12年間、黄色いユニフォームを身にまとい、飛び抜けたスピードと、そこから繰り出されるシュートやパス、そして笑顔でファンを魅了し続けた宮崎。苦しい時期を乗り越え、自らの手で「最高の終わり方」を勝ち取った。
「こんな最高の思いをして終わっていいのかなというくらい、幸せな気持ちでいっぱいです」
彼女が示した「勝ちへの執念」と「仲間への愛」は、これからもENEOSのカルチャーとして受け継がれていくに違いない。







文/飯田康二(月刊バスケットボール)、写真/石塚康隆(月刊バスケットボール)

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