八村塁が語ったNBA挑戦を成功させる3つのキーワード——「スペシャルトークショー@Jordan World of Flight Shibuya」レポート

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NBAのオフ期間に帰国していた八村塁(レイカーズ)が、8月22日に東京・渋谷の「Jordan World of Flight Shibuya」でトークショーを開催した。参加者とのQ&Aとフォトセッションを含め40分を超えるファンとのコミュニケーション。2019年に日本人として史上初のNBAドラフト1巡目指名(ウィザーズ)を受け、史上3人目の日本人プレーヤーとなりこの秋7年目を迎える八村の言葉は、貫禄と親しみやすさが同居したような不思議な魅力があり、また他では聞けない唯一無二の価値を感じさせた。
ジョーダン ブランドは誇り
八村は日本人として唯一ジョーダン ブランドと契約しているアスリート。トークショーの序盤では、「バスケットボールの神様」マイケル・ジョーダンとのエピソードや、自身のシューズに関するこだわりを笑顔で語った。
「ジョーダンがアプルーブ(承認)しないとファミリーには入れない。僕らの年代ではないですけど、彼は自分がやってきたことを次につなげようと頑張ってきていると思うので、僕らは責任もありますし、ジョーダン ブランドとしての誇りもあります。僕らもアスリートとして自覚しています」
司会から「八村選手は神様にアプルーバルを受けた1人ですね」と言葉をかけられた八村は、「そういうことになりますね!」とくったくのない笑顔を見せた。
「(ジョーダンは)大きい存在、神様ですよね。バスケの歴史の中でも彼が先頭に立って世界に広げてきたのはすごいと思います。(ギリシャでジョーダンに会ったときに)本当に何回も言っていたのは、『ジョーダン ブランドではあっても個々の持ち味をどんどん出してほしい』ということ。『選手とのコミュニケーションを大事にしていくから』と言われて、僕らからもどういうことやっていったらいいか話してきました」
八村はゲームシューズに求めるポイントやこだわりについても深みのある視点を提供した。
「試合ではやっぱりサポート性を一番大事にしています。けがをしないような、そして軽くて動きやすいようにですね。そこにデザインを入れます。僕の持ち味とか、日本のデザインやお父さんの国(ベナン)だったり、アフリカのデザインであったり、僕が好きな人のデザインであったりを入れられるんですけど、コミュニケーションを取りながら作っていきます。本当に自分が好きなことができる中で、日本のデザインはすごく人気もあるので、日本の文化を取り入れることも多いですね」
「僕もすごく動く方なので、動きが遅くなったり、変な動きになったりするとけがにつながることもあるので、そういうところも大事にしています。僕は(ソールが)広い方で、ポートランド(ナイキ本社のレブロン・ジェームズ イノベーションセンター)でサイズを測って、それを基にして本当に僕に合ったシューズに調整してもらっています」
こうした話をする八村は、自身がその立場にふさわしい人物であろうとしていることが良く分かる。そうしている自分に対する自信も感じさせていた。後々のQ&Aで、「トラッシュトークされたらどうするか?」と問われると、「僕はシカトです(笑)」と答えた。
「相手にしないでプレーで見せて、抜いて笑って終わりです」
それをNBAで、中でも名門のレイカーズのスターターを務める中でやっているのが、ジョーダン ブランドの期待の星である八村塁なのだ。

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英語を身に付けた方がいい
ジョーダン ブランド関連の話題のほかにも、八村は日本のバスケットボールを世界レベルに近づけるため、また日本の若者たちが海外挑戦をしていく上で力となるような、非常に興味深く示唆に富んだ話をしてくれた。そのうちのいくつかを拾ってまとめていこう。その一つは、八村自身が最も苦労したという英語力修得についてだった。
「世界で戦うということで最初に僕がいつも言っているのは英語です。バスケはコミュニケーションが本当に大事なスポーツなので、小さい頃から英語を学ぶのも大事じゃないかなと思います。僕は大学に入ってからしっかり学び始めたんですけど、カルチャーショックも含めて英語が最初からできている人はアドバンテージもあります。日本から来る人はしっかりやった方がいいです」
八村は、アメリカでキャンプに参加した際に、なかなかボールをもらえず悔しい思いをしたという来場者からの、「どうしたらパスをもらえるか?」という質問に対しても、英語の必要性を含め以下のような回答をしていた。
「アメリカに行くとそれは本当に当たり前ですね。競争社会なので、チームスポーツといってもチームの中で競争があるんです。中学、高校…NBAもそうですけど、やっぱり信頼を得るにはコミュニケーションが取れること、英語ができることがやっぱり大きい。バスケ中の英語もだけど、バスケしてないオフコートでチームメイトとコミュニケーションを取るところから信頼関係が生まれるので、やっぱり英語力をまず先に伸ばさないと。自分が表現できないとパスも回ってこない。相手からしたら「なんでパスするんだ?」って感じになると思います。英語力を上げていって、どんどんコート上でもコート外でもコミュニケーションしていくことが、その信頼関係になって大事になっていきますから」
練習中はケンカ
もう一つ、日本とアメリカの練習における違いについての八村のコメントは、プレーヤーが語る本音だっただろう。教育の中で体罰やいじめが社会問題となっている日本で、バスケットボールシーンを考える上で少し注意しなければならない表現だが、八村は「練習中はケンカになる」と話した。まずはそのコメントを見てみよう。
「まず、練習の時間はアメリカの方が短いです。その中でも練習の激しさはアメリカの方が断然上です。NBAではチーム練習がなかなかできないので、個人練習になるんですけど。大学のチーム練習は、もう僕らケンカしてましたね。コーチも、誰かがけがするか血を出すまで終わらなかったです。それぐらい本当に戦いでしたね。それがあるから、試合になったときに団結していますし、自分たちの強さが発揮できたんだと、今振り返ってみて分かるんです。日本では、長い練習をだらだらと中途半端にやっていることが多いかなと思います。アメリカは1時間だったら1時間、本気でやってどんどんうまくなってくる。僕の場合も、ワークアウトは30分しっかりと、自分のやるべきことを、汗をかきながら水も飲まずに全部やり、その後ケアしてという具合に効率のいい練習をしています。そこは日本ももっと学んでいかなきゃいけないかなと思います。
八村は「ピックップゲームでケンカしながら強くなっていくのがバスケ」「仲良しこよしが嫌い」とも話した。ただし、単なる乱暴者になることを推奨しているのではないことを理解することが必要だ。「自分の表現や戦いの精神のようなものは大きい」という言葉の裏にあるのは、気持ちをぶつけあい、全力で表現し合うことの大切さだろう。
コーチが暴言を吐き、どやしつける中で動かされるプレーヤー像でも、若者同士が心のタガが外れた状態で殴り合うような状況でもない。バスケットボールに対する敬意や情熱を持った者同士が全力で心技体をぶつけ合い、それが一定の節度を持って進んでいるかを見極める立場としてコーチがいるような状況、環境が目に浮かぶ。
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「覚悟」について
八村はたびたび「覚悟」という言葉を使って、NBAに挑む自らの心境や、同じことを追い求める後続の若者たちを激励している。この日も、来場した若者とのやり取りの中でこの言葉に触れて以下のようなやり取りをしていた。
——NBAを目指すようになったのは中学生のときからと聞きましたが、そのときはどのような目標を立てましたか? 勉強との両立はできましたか?
勉強はダメでしたね(笑) でも、その代わりにバスケを思い切りやっていました。本当にそれこそ「覚悟」です。いつも言っている「覚悟」というのは本当に大事じゃないかなと思います。日本の言葉で、すごく良いこと。覚悟があれば嫌いな勉強でも頑張ろう、嫌いな英語でも頑張ろう、嫌いな食べ物でも食べようと思います。自分でも「バスケのためなら」といつも言い聞かせていました。バスケがそれほど好きだから、バスケのためなら自分でこういう嫌なこともやる。それがやっぱり自分の実になってくる。
僕は中学校のときに勉強はできなかったんですが、目標を立てるときには、好きだからではなく何をやったら本当に良くなるかを考えていました。そこは自分でもちゃんとできていたのかなと思います。
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自ら覚悟を持って世界を舞台に飛躍を続ける八村塁。帰国中に残した言葉は、きっと日本中の若者たちにとってかけがえのないインスピレーションとなったに違いない。
文/柴田健