レイカーズのヘッドドクターが語るNBAの医学とデータの関係性 レブロン・ジェームズにも言及「彼のケアは別格」

6月24日、東京大学安田講堂にて、「Sports Doctors Network Conference 2025 in TOKYO──最先端スポーツ医療を、すべての人へ──」と題したカンファレンスがアジアで初開催された。
ハンマー投げオリンピック金メダリストで、現スポーツ庁長官の室伏広治氏や元サッカー日本代表の鈴木啓太氏、元テニスプレイヤーの伊達公子氏ら錚々たる面々が登壇した同講演会に、ロサンゼルス・レイカーズでヘッドドクターを務めるクリストファー・ジョーンズ氏も出席した。
講演会後、ジョーンズ氏にレイカーズやNBAでの医療体制とケガの予防に関するインタビューを行うことができた。

左から村上由美子さん、伊達公⼦さん、クリストファー・ジョーンズさん、野村忠宏さん
──まず、レイカーズのドクターグループがシーズン中に最も気を付けていることを教えてください。
シーズンを通じて一番重視しているのはやはりケガの予防です。財源をそこに投入して最新の医療技術を使いながら選手の回復を助けています。それぞれの選手の動きの質や筋力などを評価し、個別にどこに課題があるかを明らかにしています。個々に強みと弱みがあるので、ある選手には効果的なプログラムが、他の選手にも当てはまるとは限りません。なので、毎年プレシーズンの時期に、それぞれの選手の課題に応じて取り組むべきことを明確にするため、多くのリソースと時間をかけてテストを行っています。
──レブロン・ジェームズは40歳の今もオールNBAレベルのパフォーマンスを維持しています。話せる範囲で彼がどんなケアを行なっているのか、また、ジョーンズさんを含めたドクターチームから彼にアドバイスしていることがあれば教えてください。
彼は10代の頃からずっと同じメディカルスタッフと一緒にいて、自分の体のケアに関して非常にプロフェッショナルです。私の役割は彼に何かを指示することではなく、彼のチームに新しいリカバリーメソッドやテクノロジーを紹介することです。彼は20年以上、ほぼ同じ方法でトレーニングし、同じ人たちと取り組んでいます。それが彼にとって機能してきたからです。彼は毎回同じルーティンで回復に取り組み、自分の体に合った方法を年ごとに微調整しています。自己管理能力こそが、彼があの年齢でもやっていける理由ですね。
──ジョーンズさんがレイカーズのドクターチームに加わったのはいつからですか?
2016年です。ちょうどコービー・ブライアントが引退した後のシーズンからですね。
──レアル・マドリード(サッカー)のドクターなども歴任しましたが、レブロンほど自身の体のケアを徹底していた選手はいましたか?
特にNBAに入ると大学時代とは違い、回復や体のケアにもっと注意を払う必要があることにみんな気付きます。ただ、彼のケアは別格ですね。

若手時代から人一倍、体のケアを重視していたからこそ、レブロンは40歳でもトップ級の選手であり続けている
──2024-25シーズンはオクラホマシティ・サンダーの優勝で幕を閉じましたが、そのファイナルゲーム7でタイリース・ハリバートンがアキレス腱を断裂しました。カンファレンスセミファイナルではジェイソン・テイタムが、ファーストラウンドではデイミアン・リラードがそれぞれ同じケガをしました。この3事案に関して率直にどう感じていますか?
共通して少しの不運もありますが、医師としてはこういったケガをどうやって予防できるかに取り組まなければならないと感じています。彼らの年齢はバラバラですが、今のところ年齢だけがリスクになるという明確な医学的証拠はありません。むしろ疲労や筋力不足、過去のケガなど個別の要因が影響しています。年齢ではなく、個々のケースに基づいて評価すべきです。
アキレス腱断裂などの大きなケガに対する事前の予防法もあります。特にサッカーの研究から、特定のエクササイズによってケガのリスクを大幅に減らすことが示されています。それを選手のルーティンに組み込むことで、ケガの予防に効果があることも分かっています。
──レイカーズのチーム練習は約2時間だと聞いています。かなりコンパクトにまとめられているのは、ケガ予防の観点が大きいのでしょうか?
それもあります。我々としては選手の身体へのストレスを最少限に抑えることを重要視しています。特にシーズン中はそうです。練習はとても効率的に設計されていて、選手がコンディションを維持できるだけの運動量を確保しつつ、翌日の試合に影響が出ないよう、回復に支障をきたさない程度に抑えています。
また、ウェイトトレーニングやコンディショニングも含めて、全てが計画的に組まれています。選手の身体に過度なストレスをかけずに、必要な負荷だけを与えるようにしています。
──医学の進歩は、プロアスリートのキャリアを延ばすことにどんな効果があるとお考えですか?
われわれ医療関係者は、選手の体にどのようなメカニズムで負担がかかり、どこに消耗やケガのリスクがあるのかを常に学び続けています。NBAでは、ケガの履歴やデータを集めており、それを活用して効果的な予防策を考えています。
例えば、シーズン開始時と途中でバイオメカニクス(身体の動きの質)をチェックし、それがどう変化するかを見ることで、どのような動きが特定のケガにつながるかを把握し、予防につなげています。これには数年にわたるデータ蓄積と解析が必要ですが、その結果としてリスクの高い選手の特定や予防戦略の構築が可能になります。
──かつてビンス・カーターが、若い頃よりも出場時間が減っても、ベテランになってからウォームアップやケアにかける時間が格段に伸びたという話をしていました。特に近年の選手のセルフケア意識についてどう感じますか?
特にベテランになるにつれて、選手のセルフケアの意識は高まっていると思います。若い頃と違って、日々のトレーニングの負荷に身体が応えにくくなるのを感じるようになるのです。例えば、ひざや足首の可動域が若い頃より狭まったり、古傷の影響が残っていたりします。そうなると、基本的なストレッチやアイシングとなどの“地味だけど大切なこと”が重要になってくるんです。そして、それを継続することで体調が整い、翌日も高いパフォーマンスでプレーできるという実感を得られるようになります。

──ここ数年、NBAのシーズンが長過ぎる、試合数が多過ぎるといった議論が展開されていますが、医学的な面から見てどう感じますか?
NBAでもほかのリーグでも同じようにケガは発生しています。NBAではケガの記録や負荷データを詳細に集め、選手の状態をしっかりモニターしていますし、我々のドクターチームでも、選手ごとの練習や試合中の“負荷”を細かく計測しています。それによって、シーズンの長さが選手に悪影響を与えているのかどうか、客観的に評価することが可能になります。この問題に結論を出すにはには科学的なデータと時間が必要ですが、NBAはその分析に真剣に取り組んでいます。
──特に1990年代にプレーした選手たちは、「今のリーグはソフト、昔はもっとフィジカルだった」といったことを言ったりします。これについてはどうでしょうか?
1990年代のことについては、私はファンとしてしか知りませんが、確かに今のリーグではフィジカルな接触やファウルの強度について、より管理されるようになった印象があります。リーグ側は、選手同士がどれだけ身体的に影響を与え合っているかを監視し、過度な接触が起きないように努力しているんです。今と昔のどちらがフィジカルかは一概には言えませんが、ただ一つ言えるのはNBAは今も非常にフィジカルであり、選手は長い時間をかけて徐々に身体にダメージを受けていく、ということです。
──最後に、食事とアスリートのパフォーマンスの関係性についても聞かせてください。
これは非常に重要だと思います。身体的に恵まれていてスキルも高い選手でも、試合前や試合後に正しい食事を摂らないと十分なエネルギーを得られず、回復もうまくいきません。我々のチームには専属の栄養士がいて、選手それぞれの食生活を確認しています。ベジタリアンかどうか、魚だけをたんぱく源にしているかなど、個々の嗜好や習慣に合わせてメニューを調整しています。
さらに、必要に応じてサプリメントを使って不足している栄養素を補います。ビタミンDやカルシウム、腎臓や肝臓の機能などもチェックして、身体の状態を最適に保てるよう努めています。

ハンマー投げオリンピック金メダリストで、現スポーツ庁長官の室伏広治氏や元サッカー日本代表の鈴木啓太氏、元テニスプレイヤーの伊達公子氏ら錚々たる面々が登壇した同講演会に、ロサンゼルス・レイカーズでヘッドドクターを務めるクリストファー・ジョーンズ氏も出席した。
講演会後、ジョーンズ氏にレイカーズやNBAでの医療体制とケガの予防に関するインタビューを行うことができた。

左から村上由美子さん、伊達公⼦さん、クリストファー・ジョーンズさん、野村忠宏さん
──まず、レイカーズのドクターグループがシーズン中に最も気を付けていることを教えてください。
シーズンを通じて一番重視しているのはやはりケガの予防です。財源をそこに投入して最新の医療技術を使いながら選手の回復を助けています。それぞれの選手の動きの質や筋力などを評価し、個別にどこに課題があるかを明らかにしています。個々に強みと弱みがあるので、ある選手には効果的なプログラムが、他の選手にも当てはまるとは限りません。なので、毎年プレシーズンの時期に、それぞれの選手の課題に応じて取り組むべきことを明確にするため、多くのリソースと時間をかけてテストを行っています。
──レブロン・ジェームズは40歳の今もオールNBAレベルのパフォーマンスを維持しています。話せる範囲で彼がどんなケアを行なっているのか、また、ジョーンズさんを含めたドクターチームから彼にアドバイスしていることがあれば教えてください。
彼は10代の頃からずっと同じメディカルスタッフと一緒にいて、自分の体のケアに関して非常にプロフェッショナルです。私の役割は彼に何かを指示することではなく、彼のチームに新しいリカバリーメソッドやテクノロジーを紹介することです。彼は20年以上、ほぼ同じ方法でトレーニングし、同じ人たちと取り組んでいます。それが彼にとって機能してきたからです。彼は毎回同じルーティンで回復に取り組み、自分の体に合った方法を年ごとに微調整しています。自己管理能力こそが、彼があの年齢でもやっていける理由ですね。
──ジョーンズさんがレイカーズのドクターチームに加わったのはいつからですか?
2016年です。ちょうどコービー・ブライアントが引退した後のシーズンからですね。
──レアル・マドリード(サッカー)のドクターなども歴任しましたが、レブロンほど自身の体のケアを徹底していた選手はいましたか?
特にNBAに入ると大学時代とは違い、回復や体のケアにもっと注意を払う必要があることにみんな気付きます。ただ、彼のケアは別格ですね。

若手時代から人一倍、体のケアを重視していたからこそ、レブロンは40歳でもトップ級の選手であり続けている
──2024-25シーズンはオクラホマシティ・サンダーの優勝で幕を閉じましたが、そのファイナルゲーム7でタイリース・ハリバートンがアキレス腱を断裂しました。カンファレンスセミファイナルではジェイソン・テイタムが、ファーストラウンドではデイミアン・リラードがそれぞれ同じケガをしました。この3事案に関して率直にどう感じていますか?
共通して少しの不運もありますが、医師としてはこういったケガをどうやって予防できるかに取り組まなければならないと感じています。彼らの年齢はバラバラですが、今のところ年齢だけがリスクになるという明確な医学的証拠はありません。むしろ疲労や筋力不足、過去のケガなど個別の要因が影響しています。年齢ではなく、個々のケースに基づいて評価すべきです。
アキレス腱断裂などの大きなケガに対する事前の予防法もあります。特にサッカーの研究から、特定のエクササイズによってケガのリスクを大幅に減らすことが示されています。それを選手のルーティンに組み込むことで、ケガの予防に効果があることも分かっています。
──レイカーズのチーム練習は約2時間だと聞いています。かなりコンパクトにまとめられているのは、ケガ予防の観点が大きいのでしょうか?
それもあります。我々としては選手の身体へのストレスを最少限に抑えることを重要視しています。特にシーズン中はそうです。練習はとても効率的に設計されていて、選手がコンディションを維持できるだけの運動量を確保しつつ、翌日の試合に影響が出ないよう、回復に支障をきたさない程度に抑えています。
また、ウェイトトレーニングやコンディショニングも含めて、全てが計画的に組まれています。選手の身体に過度なストレスをかけずに、必要な負荷だけを与えるようにしています。
──医学の進歩は、プロアスリートのキャリアを延ばすことにどんな効果があるとお考えですか?
われわれ医療関係者は、選手の体にどのようなメカニズムで負担がかかり、どこに消耗やケガのリスクがあるのかを常に学び続けています。NBAでは、ケガの履歴やデータを集めており、それを活用して効果的な予防策を考えています。
例えば、シーズン開始時と途中でバイオメカニクス(身体の動きの質)をチェックし、それがどう変化するかを見ることで、どのような動きが特定のケガにつながるかを把握し、予防につなげています。これには数年にわたるデータ蓄積と解析が必要ですが、その結果としてリスクの高い選手の特定や予防戦略の構築が可能になります。
──かつてビンス・カーターが、若い頃よりも出場時間が減っても、ベテランになってからウォームアップやケアにかける時間が格段に伸びたという話をしていました。特に近年の選手のセルフケア意識についてどう感じますか?
特にベテランになるにつれて、選手のセルフケアの意識は高まっていると思います。若い頃と違って、日々のトレーニングの負荷に身体が応えにくくなるのを感じるようになるのです。例えば、ひざや足首の可動域が若い頃より狭まったり、古傷の影響が残っていたりします。そうなると、基本的なストレッチやアイシングとなどの“地味だけど大切なこと”が重要になってくるんです。そして、それを継続することで体調が整い、翌日も高いパフォーマンスでプレーできるという実感を得られるようになります。

──ここ数年、NBAのシーズンが長過ぎる、試合数が多過ぎるといった議論が展開されていますが、医学的な面から見てどう感じますか?
NBAでもほかのリーグでも同じようにケガは発生しています。NBAではケガの記録や負荷データを詳細に集め、選手の状態をしっかりモニターしていますし、我々のドクターチームでも、選手ごとの練習や試合中の“負荷”を細かく計測しています。それによって、シーズンの長さが選手に悪影響を与えているのかどうか、客観的に評価することが可能になります。この問題に結論を出すにはには科学的なデータと時間が必要ですが、NBAはその分析に真剣に取り組んでいます。
──特に1990年代にプレーした選手たちは、「今のリーグはソフト、昔はもっとフィジカルだった」といったことを言ったりします。これについてはどうでしょうか?
1990年代のことについては、私はファンとしてしか知りませんが、確かに今のリーグではフィジカルな接触やファウルの強度について、より管理されるようになった印象があります。リーグ側は、選手同士がどれだけ身体的に影響を与え合っているかを監視し、過度な接触が起きないように努力しているんです。今と昔のどちらがフィジカルかは一概には言えませんが、ただ一つ言えるのはNBAは今も非常にフィジカルであり、選手は長い時間をかけて徐々に身体にダメージを受けていく、ということです。
──最後に、食事とアスリートのパフォーマンスの関係性についても聞かせてください。
これは非常に重要だと思います。身体的に恵まれていてスキルも高い選手でも、試合前や試合後に正しい食事を摂らないと十分なエネルギーを得られず、回復もうまくいきません。我々のチームには専属の栄養士がいて、選手それぞれの食生活を確認しています。ベジタリアンかどうか、魚だけをたんぱく源にしているかなど、個々の嗜好や習慣に合わせてメニューを調整しています。
さらに、必要に応じてサプリメントを使って不足している栄養素を補います。ビタミンDやカルシウム、腎臓や肝臓の機能などもチェックして、身体の状態を最適に保てるよう努めています。

取材・文/堀内涼(月刊バスケットボール)