月刊バスケットボール11月号

「常にどこかに先生がいる」お別れ会で桜花学園高・井上コーチを追憶する教え子たち

会場には数え切れないほどの優勝ボールやトロフィー、プレートが飾られた

追いかけ続ける教え子たち


昨年12月末、78歳でこの世を去った桜花学園高の井上眞一コーチ。6月29日、愛知県名古屋市で開催されたお別れ会には、卒業生289人を含む総勢539人もの人々が集った。関係者の多さから、この日だけ女子日本代表合宿の全体練習が休みになるほど。名だたる選手や指導者たちが次々と会場を訪れ、献花し、手を合わせて偉大な名将の冥福を祈った。


現在の桜花学園を率いる白コーチと佐藤Aコーチ

「たくさんの方が参列してくださり、改めて先生の偉大さを肌で感じました。先生はたくさんの方から応援され、愛される指導者だったなと。先生への尊敬や、感謝の気持ちがより一層強まりました」

そう語るのは、井上コーチから指揮を引き継いだ桜花学園高の白慶花(ペク・キョンファ)コーチだ。2023年からスタッフに加わり、短い期間ではあったが、恩師から直接指導法を学べたことは貴重な経験となった。

「井上先生は常に、やるからには全力だと仰っていました」と白コーチ。同校の体育館の壁には「崖っぷち」「命がけ」といった書が掲げられているが、これはバスケットボールを愛し、負けず嫌いな井上コーチの情熱そのものを表している。

白コーチは「よく夢に先生が出てくる」と明かす。アシスタントの佐藤ひかるコーチも「私もです。追い掛けても追い掛けても、追い付けない。井上先生の後ろ姿をずっと追い掛ける夢を見たこともあります」。


スクリーンには井上コーチの軌跡を追う特別映像が流された

偉大な背中を追い続ける教え子たち。現在トヨタ自動車でヘッドコーチを務める大神雄子氏もその一人だ。

お別れ会には、井上コーチがよく着用していたのと同じ、ラルフローレンの水色のシャツを身にまとって登場。ジャケットを開き、遺影に向かって笑顔でシャツを見せる姿が印象的だった。

「先生が亡くなる12月31日にお会いして、ベッドの上にいる先生が私にくれた言葉は2つ。『ありがとうな』と『頼むぞ』だったんです。今、指導者の立場として使命を持ってやっていくことが、先生に対する恩返しだと思っています」

取材中、最初は楽しそうに語っていた大神氏だが、次第に目に涙がにじんだ。改めて言葉にすることで、感情が込み上げてきたようだ。井上コーチの死後、どんなときに恩師を思い出すのかと尋ねると「もうね、常にですよ。常にどこかに先生がいる。そんなに、いなくていいのにね」と微笑んだ。

「何かあると『先生だったら』って思いますし、『根気強く』とか『お前は命がけでやらんのか!』とか、先生がよく言っていた言葉が頭に浮かぶ。先生はよく『俺のバスケットボールの指導は行き当たりばったりだ』と言っていて、自分が指導にもがいているときには、その言葉を思い出すんです。これからも、ずっといるんでしょうね」


先生と同じシャツを着て参列した大神



人生を変えた桜花学園ファミリー


第4次日本代表強化合宿の合間に駆け付けた髙田

「高校時代の自分は、すごく下手くそでした」と振り返るのは、日本を代表するセンターの髙田真希。彼女とって、井上コーチは人生を変えてくれた存在だ。

「間違いなく、井上先生が自分自身に教えてもらったこと、例えばセンターとしての大事な基礎などのおかげで、日本や世界で活躍できましたし、それが東京オリンピックの銀メダルにつながった。本当に今の自分があるのは井上先生のおかげですし、それは自分だけではなく、みんな感じてるんじゃないかと思います」

当時は「なかなかすぐに体現できなかったり、覚えられなかったり、大変だった」と振り返る髙田。しかしあとから振り返れば「難しく感じられましたが、すごく基礎的なことでした。毎日毎日、基礎を築くような本当に地道な作業で、自分の土台を作ってくれた」と理解している。また、井上コーチから毎試合のように言われた「自信を持ってやれ」という言葉を今でも胸に刻み、「自信を持てるようになりましたし、自信がつくまで練習できるようになりました」と語った。


「エイプリルフールにコーヒーとすり替えて麺つゆを飲ませても笑ってくれました」(エブリン)と数々の思い出を語ってくれた馬瓜姉妹

2013年度卒の馬瓜エブリン、2016年度卒のステファニー姉妹も、井上コーチから多大な影響を受けた選手たちだ。コーチと教え子という関係を超えて「本当に父親だと思っている」とエブリンは語る。

「先生が亡くなったことが、いまだに現実味がないんですけど、でも、今まで井上先生がしてくれたことがこの先の自分の人生の中で生かされるというか、ずっとあるんだと思います」と言い、献花の際には感謝の思いを伝えた上で「これからもみんなのことを見ていてください。そして、私の守護霊になってください!」と願ったという。

ステファニーも「自分がヨーロッパに行くと決めたとき、最初は『バカじゃないか』と言われたんですが(笑)、そうやって言いながらも最後は『頑張れよ』と言ってくれたし、その後もずっと気に掛けてくれて。どこにいても、自分が帰る場所があるって思えました」と感謝の言葉を述べた。

お別れ会に多くのOGたちが駆けつけた光景を目の当たりにし、エブリンは「あれだけ厳しくしていたのに(笑)、本当に愛されている先生なんだなと。自分に桜花というファミリーを与えてくれたことにすごく感謝してます」と語った。

2023年の取材で「井上コーチにとっての桜花学園とは?」と尋ねたとき、井上コーチは「ふるさと、かな」と答えていた。卒業生たちにとっても、その思いは同じだろう。教え子たちに惜しみなく注いだ情熱と愛情。数多の全国大会を制してきた井上コーチの功績は、単なる結果にとどまらないことを、改めて示すようなお別れ会だった。










写真・文/中村麻衣子(月刊バスケットボール)

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