月刊バスケットボール8月号

ロスではなくパリへ──ジェイコブス晶の自信を示した2日間「この2試合で自分のできるだけのことはやった」

「僕も代表での最初の頃はそうだったのですが、試合の中での一つの成功体験が成長につながると思います。彼もそういう時期に差し掛かっているのではないかと思いますし、この2試合はすごく自信がついた試合になったと思うので、今後が楽しみな選手です」

「SoftBank CUP2024(東京大会)」のゲーム2を勝利で終えた後、河村勇輝はこう話した。

河村が言う「彼」とは、ジェイコブス晶のことだ。2004年4月生まれ。ほんの3か月前に二十歳の誕生日を迎えたばかりのウィングは、韓国との2試合で最も評価を高めた選手と言っていいだろう。203cmの長身と長いウィングスパン、起動力、フィジカル、そして3Pシュートと、トム・ホーバスHCの掲げるスタイルに完璧にフィットするだけの条件が彼にはそろっている。ただ、全ての技術がまだ発展途上だった。

2戦とも23分超のプレー
「仲間が信じてくれることが一番自信になる」

2週間前の北海道大会(対オーストラリア)では、2戦目にチャンスを得たものの、放った3Pは2本ともミス。4リバウンドは記録したものの、9分20秒の中で大きなアピールができたかといえば、そうではなかった。だが、この東京大会での彼の活躍は、パリ・オリンピックの選考に大きな変化を与えたと言えるだろう。

初戦が23分19秒、2戦目も23分22秒のプレータイムを得たジェイコブスは、前者で3P3本成功の9得点、後者は3P2本と豪快なスラムダンクで8得点。さらに、2試合続けて7本のリバウンドを獲得した。リバウンドに関しては2戦ともジョシュ・ホーキンソンに次ぐチーム2位の記録だ。

特に1戦目は試合開始から5本続けて3Pを外している。だが、彼は打ち続けた。結果的に4Qでのビッグショットを決め、3P試投数9本はチーム最多だった。「前半はスリーを決められなかったですが、打つのをやめてしまうと悪いアピールになってしまうので、どんどん打ち続けていた」とジェイコブス。こうした心構えは“シューターズ・メンタリティー”と言われるが、体現するのは簡単ではない。まして最年少20歳のジェイコブスがそれをするのはメンタル的にも難しいことだ。しかも、決められなければチャンスは減ってしまう。


仲間の存在がジェイコブスに自信を与えている

だが、彼はそれを体現したし、それはチームメイトとホーバスHCが求めたことでもあった。ジェイコブスも「チームメイトが自分を信じてくれていることが、一番の自信になると思います。周りの選手がいつも『またボールが回ってくるから打て』と言ってくれることが自信になります」と言う。

2戦目でもチーム最多の3P5本を放ち、今度は2本目で成功。1戦目後には「打たないと決まらないので打ち続けることは大切です。でも、打っているだけではダメなので、決めなければなりません」と語っていた。そして、2戦目でその言葉通り序盤で3Pを決め切った。

この2試合で彼が求められていたことは、「シュートを打ち続けることとリバウンド」(ジェイコブス)だった。その意味では及第点を与えられてしかるべき活躍だったといえる。そして、ホーバスHCの彼への期待が最も表れていたモーメントとしては、やはりジェイコブスが2戦ともベンチメンバーで最初に試合に出た選手だったことだ。富樫勇樹や富永啓生よりも先に、だ。


韓国とのゲーム2では豪快なスラムダンクも披露

ホーキンソンはジェイコブスについて「彼の活躍を誇りに思います。去年のワールドカップ前の合宿から代表に参加して経験を積み、そこからハワイ大に進学してしっかりトレーニングをして、体も強くなりました。バスケットのレベルも上がって(代表に)帰ってきたなと思います。前回の試合(韓国との1戦目)では、彼のメンタリティーもすごく良かった。前半は連続で3Pを外しましたが、シューターとして絶対に決めるからと信じて打ち続けて、後半は大きな3Pを決めました。本当にすごいスピードで成長しています」と、その活躍を喜んだ。

ジェイコブスが言う「周囲からの信頼」である。

ディベロップキャンプからパリ・オリンピックのロスターに足がかかるところまで来た。当初、ジェイコブスはパリから4年後のロサンゼルス・オリンピックを見据えていたが、今はパリが眼前に迫っている。これは日本にとっても、ホーバスHCにとっても、そしてジェイコブス本人にとっても、“うれしい誤算”だったのではないだろうか。

試合後の会見で、ホーバスHCは「これから(会見が終わってから)12人を選びます」と明言。JOC(日本オリンピック協会)への申請が通り次第、本日の夕方以降に正式にパリ・オリンピックのロスター12人を発表する予定となっている。

その中にジェイコブスの名はあるだろうか。少なくとも彼自信は「この2試合で自分のできるだけのことはやったと思うので、自分は頑張ったと思います」と胸を張る。

もちろん、ディフェンス面での改善など、まだまだ成長しなければいけない部分は多い。だが、もし彼がパリ・オリンピックのロスターに名を連ねたとしたら、日本バスケ界の未来はより一層面白くなってくる。


河村とは横浜BCでも共にプレーした

写真/石塚康隆 取材・文/堀内涼(月刊バスケットボール)

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