月刊バスケットボール6月号

NBA・海外

2024.03.17

【EASL Final Four】大観衆を熱狂させたフィリピンバスケ界の至宝レンツ・アバンド

フィリピンでの影響力はラベナ兄弟以上

フィリピン・セブ島のフープスドームで開催された「EASL Final Four 2024」は、千葉ジェッツの優勝で幕を下ろした。

準決勝では、その千葉Jとニュータイペイキングスの試合が行われたが、それに先駆けて逆の山ではソウルSKナイツと安養正官庄レッドブースターズによる韓国“KBL対決”が行われていた。この試合は終始フィジカルなプレーを継続したソウルSKが安養を94-79で下し、決勝進出を決めているが、特に安養への歓声は凄まじかった。

開催国フィリピンのチームは今回のファイナル4には残っていない。だが、地元ファンの視線は安養のある選手に釘付けになっていたのだ。

その選手とは、フィリピン代表の主軸として活躍しているレンツ・アバンドだ。25歳、188cm・71kgのウィングは、圧倒的な身体能力にクレバーさを持ち合わせたフィリピンバスケ界期待の星。昨年のFIBAワールドカップでも代表チームに選ばれている。





大学時代は地元のセント・トマス大を経てNCAAフィリピンのサンファン・デ・レトラン大でプレー。2021年には史上4人目のシーズンMVPと新人王を同時受賞した選手となった。KBLでも結果を出し、2023年にはリーグ制覇。同年のオールスターでスラムダンクコンテスト優勝も飾っている。

【動画】アバンドが優勝したスラムダンクコンテスト

今季ここまで26試合の出場で平均25.0分のプレータイムを獲得。9.8得点、4.6リバウンドのスタッツを記録しており、実力も華やかさも兼ね備える彼の影響力は、Bリーグでプレーしているサーディ・ラベナ(三遠)やキーファー・ラベナ(滋賀)をも超えているという。

フィリピン現地記者のルーベン・テラドゥさんに話を聞くと、アバンドについて以下のように答えてくれた。

「身体能力が国内でプレーしている選手とは違うレベルにある選手だと思います。フィリピンでの認知度はキーファーやサーディをも上回っていて、彼がKBLで結果を出しているのはフィリピンファンも知っています。身体能力でキーファーやサーディよりも秀でているというのがフィリピンファンに人気の一つの要因。それに、カレッジのときよりも体も大きくなって強くなっているし、バスケIQも成長しているのが見て取れます。経験が少ない分、IQの面ではキーファーやサーディより足りないかもしれませんが、いつ彼らのレベルに到達してもおかしくないです」


アバンドを応援する地元ファン



実際に試合を見ていても、随所に知性を感じられるプレーを披露していた。そもそも、この試合はKBLのシーズン中に負った腰のケガの影響でプレーするかどうかにも注目が集まっていた。加えてオン・ザ・コートのルールがKBLとは異なり、外国籍選手が常に2人コートに立つことができる(KBLは1人)。これらの違いからか、ボールが回ってくる機会は多くなかったが、初得点の3Pシュートは美しいフォームが目を引き、身体能力を生かしてペイントに切り込んだかと思えば、相手ビッグマンをスマートにかわしてフローターを沈めるスキルも持ち合わせる。この試合では11得点、3リバウンドを記録し、リバウンドのうちの一つにはリングに頭がつくのではないかという高さで鷲づかみにしたものもあった。

決して万全のコンディションではない中でも、こうした豪快なプレーから、技術を駆使した繊細なプレーまでを使い分けられる点は、彼のユニークなスキルセットの一つだ。

その人気もルーベンさんの言葉どおりすさまじく、アバンドが初めてコートインした1Q残り2分35秒には、この試合1番の大歓声が彼を包み込んだ。そして逆に、終盤で安養が劣勢の場面ではソウルSKに対して容赦ないブーイングが飛び交い、アバンドと安養がひとつでも勝ち上がれるようにと地元ファンはサポートし続けた。

アバンドは母国のファンのサポートについて「フィリピンのファンは、この国のバスケットボールコミュニティを本当に愛しているんです。そして、本当に応援してくれています。だから、これはささやかな歓迎だと思います。僕らを応援してくれているファンに愛を示すため、お礼を言いたい」と感謝を述べている。





普段であればこの時期はKBLでのシーズン中で、母国のファンの前でプレーする機会はない。それだけに、地元ファンにとっても、アバンド自身にとっても、この試合は特別だった。

「戻ってこられてリフレッシュできています。本当に幸せな気分です。いつもが韓国で苦労ばかりしているとは言いませんが、試合中にイライラすることもあるし、自分自身に問題があることもあります。でも、母国に帰ってこられると本当にリフレッシュできます」とアバンド。

インタビューでの物腰も柔らかく、現地の子どもたちもサインや写真を求めてアバンドのもとに駆け寄り、彼もそれに快く対応していた。愛される理由はこうした人柄やプレーに加えて、彼のルーツにも由来している。ルーベンさんはアバンドの生い立ちについても説明してくれた。

「レンツはマニラの中心地ではなく、どちらかというと田舎出身の選手です。彼の家は恵まれた環境ではなく、貧乏とまでは言いませんが中流階級の家です。そういうところからスターになった選手で、特に田舎では『こういう環境からでも彼のような選手になれるんだ』と憧れる子どもたちがたくさんいます。こういう生い立ちが、フィリピンのファンにとっては共感できる理由の一つなんです」

冒頭にも記したように、ファイナル4には地元フィリピンのチームは残っていない。だが、ルーベンさんをはじめ、フィリピン人記者の人数は非常に多く、10人以上はいた。その熱量も会場に集まったファンと同等だ。そして、取材に来た大きな理由の一つがアバンドの活躍を伝えたいからだとルーベンさんは語る。

「レンツのストーリーをジャーナリストとして読者に伝えなければいけません。PBAのチームはいないけれど、この大会がどうなっているのか、そして、レンツのストーリーをフィリピンファンは知りたいので、そのために取材に来ました」

3位決定戦は残念ながら欠場したが、フィリピンファンを熱狂させ、彼一人で現地記者をも動かす影響力はすさまじい。今はまだ全盛期に差し掛かる少し前のタイミングだが、いずれ日本代表にとっても大きな壁として立ち塞がってくるに違いない。



写真/©︎EASL、取材・文/堀内涼(月刊バスケットボール)

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