月刊バスケットボール6月号

【ウインターカップ2023】「天国から怒られますから」福岡第一・井手口孝コーチが抱いていた佐藤久夫コーチへの思い

写真/JBA

12月21日、福岡第一の井手口孝コーチはチームより一足先に東京入りしていた。福岡に降る雪の影響で飛行機が遅れることを懸念し、22日の代表者会議と開会式に確実に間に合うよう、予定を変更して前日入りしたのだ。
 
時間がぽっかりとあいたため、一人で明治神宮にお参りすることに。「優勝というよりは、ケガなく戦えるように」と選手たちの無事を祈るとともに、井手口コーチの頭に浮かんだのは1回戦で対戦する仙台大明成の監督、今年6月に亡くなった佐藤久夫コーチのことだった。


「久夫先生、降りてこないでくださいね。天国でゴルフでもしててくださいよ」

冗談めかしてそう願ったのは、井手口コーチにとって佐藤コーチが特別に大きい存在だったからだ。

長年、高校バスケ界をリードしてきた佐藤コーチは、井手口コーチにとって“目標”であり超えたい存在だった。6月8日、筆者に佐藤コーチの訃報を知らせてくれたのが井手口コーチだったが、電話口で「悔しいなぁ…本当に悔しい…」と涙ながらに絞り出した言葉をよく覚えている。

今年のインターハイで対戦したときにも、仙台大明成のベンチを眺めた井手口コーチは試合終了間際から涙を流していた。この高校バスケ界に、もう久夫先生はいない――そのことを改めて思い知らされたゲームだった。

そして今年のウインターカップ。1回戦で当たるには惜しいカードが実現し、試合前から井手口コーチは「決勝戦のつもりで戦う」と話していた。いつもは準々決勝あたりで合流するメンバー外の選手たちも、今大会はこの1回戦から参戦し、チーム応援席に結集。100人の大応援団を背に、「1回戦で負けることも大いに有り得ると思っていましたし、初戦こそが全てだと思っていました」と、並々ならぬ思いを胸に臨んだ戦いだった。

結果的には、仙台大明成の追い上げをかわして福岡第一が76-65で勝利。井手口コーチは試合後、涙を流して仙台大明成の選手たちを労い、「なんで初戦かな。今日はうちが勝ったけれど、どちらにしても1回戦で負けるようなチームじゃないじゃないですか」と組み合わせの残酷さを嘆いた。そして「明成の子たちの分まで頑張らないと。天国から怒られますから」と、気持ちを入れ直したのだ。

2回戦以降も苦しい戦いが続いたが、福岡第一はチーム一丸となって勝ち上がった。後に、「過酷な組み合わせが逆に良かったかもしれない」と振り返った井手口コーチ。特に1、2回戦で仙台大明成、北陸学院の手強いディフェンスと対じし、激しいディフェンスに対する“慣れ”が生まれたことで、試合を重ねるごとにオフェンスが良くなっていった。もともとの持ち味であるディフェンスに加え、オフェンスまでもがうまく回りだした福岡第一は、準々決勝でエース#17崎濱秀斗の大活躍もあって東山にリベンジ。続く藤枝明誠との準決勝、そして福岡大附大濠との決勝戦と、会心のゲームで日本一まで駆け上った。

優勝の瞬間、胸をなで下ろし、喜びを噛み締めるように天を仰いだ井手口コーチ。体育館の中央にて行われた優勝インタビュー、開口一番に語ったのは佐藤コーチへの思いだった。

「今年は目標としていた佐藤久夫先生が亡くなり、久夫先生のいないウインターカップでした。日本のバスケットを引っ張ってこられた久夫先生に恥ずかしくない試合を、とにかく最後までやり通そうと僕自身に課題を与えながらやっていました」

佐藤コーチが見ていたならば、優勝した井手口コーチにどんな言葉をかけただろう。それは誰も知るよしもない。ただ、少ししゃがれたあの声が脳内で再生される気がするのだ。

「明成の分までありがとな。お見事!」と。

 



取材・文/中村麻衣子(月刊バスケットボール)

タグ: ウインターカップ2023

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