月刊バスケットボール5月号

NBA

2023.06.14

移籍希望のコービーに「それはダメだ!」、ウエストが2004年夏の裏話を告白

ブライアントの加入希望に断ったとウエスト


現地6月13日(日本時間14日)、ジェリー・ウエスト(現クリッパーズコンサルタント)はポール・ジョージ(クリッパーズ)の「ポッドキャストP」に出演。2004年にあったコービー・ブライアント(元レイカーズ)のグリズリーズ移籍説の真相を語った。

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ウエストはポッドキャストの中で、その夏、カリフォルニア州オレンジカウンティのホテルでブライアントと会うと「メンフィスでバスケをしたいと言ってきたんだ」と打ち明けている。

「それを聞いて『冗談だろ』と言ったら、彼は本気だと返してきた。だから『コービー、それはダメだ。お前はここにいるべきだ』と言ったんだ。(その言葉がなくても)彼がメンフィスでプレーすることはなかっただろうけど、ただ彼を安心させようと言ったんだ。私がいるから、グリズリーズでプレーする義理があるなんて思う必要はないとね。それはタンパリング(不正交渉)だったかもしれないけど、彼はいつも私の家にいて一緒に食事もしていたし、そうは思っていなかった。彼と私は親子みたいな関係だと思っていたからね」

2003-04シーズン、ブライアントはシャキール・オニール、カール・マローン、ゲイリー・ペイトンという豪華メンバーがそろう“ドリーム・レイカーズ”と呼ばれるメンバーと共に臨み、ウエスト第2シードでプレイオフに進出。1回戦でロケッツを、カンファレンス・セミファイナルでスパーズを、カンファレンス・ファイナルでティンバーウルブズを下してNBAファイナルに進出する。NBAファイナル2004ではピストンズと対戦。優勝最有力と言われていたが、チャウンシー・ビラップス、ベン・ウォーレスらがいるディフェンスを武器とした相手に1勝4敗で敗れてしまった。シーズン後に待っていたのは、崩壊危機だった。

フィル・ジャクソンHCが辞任、オニールは移籍、マローンは引退となり、ペイトンはヒートに移籍する。このオフに制限なしFAとなっていたブライアントは、グリズリーズ移籍を考えていたわけだ。一つの理由が、グリズリーズで当時GMを務めていたのが恩師であるウエストだったからだ。

ブライアントは1996年ドラフト1巡目13位指名でホーネッツから指名を受けたが、直後にブラディー・ディバッツとの交換でレイカーズへとトレードになっている。その仕掛け人となったのが、当時レイカーズGMだったウエストだった。シーズンで79試合にスターターとして出場し、平均12.9得点、8.6リバウンドを残していたディバッツと引き換えに高卒選手を獲得する。批判も出たことは想像に難くないが、それが後にレイカーズの成功をもたらすことになる。

1995-96シーズンにエクスパンションチームとしてバンクーバーに誕生したグリズリーズは毎年最下位という状態。しかし、メンフィスにフランチャイズ移転し、ウエストがGMに就任した2002年が転機に。移転2年目となる2003-04シーズンでは快進撃を見せて、ウエスト第6シードで初のプレイオフ進出を果たしている。そのチームを引っ張っていたのがパウ・ガソルだった。
ガソルは2007-08シーズン途中にレイカーズに移籍し、ブライアントと2009年、2010年に共に優勝を経験することになる。

もし2004年にウエストがブライアントをグリズリーズに受け入れていたら、パープル&ゴールドのジャージーをまとっての数々のドラマは見られなかったことになる。歴史に“たられば”は禁物だが、そんなことも考えてしまう。ブライアントにとってウエストがいかに大事な人物だったか、そしてウエストがいかに先を見抜く力を持っているのかがわかるエピソードとも言えるだろう。





文/広瀬俊夫(月刊バスケットボールWEB)

タグ: コービー・ブライアント

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