月刊バスケットボール7月号

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2022.12.31

安間志織のベネツィアの“ボス”、アンドレア・マッツォーンHCインタビュー – 「シオリはチームメイトの2倍の速さ」

クラブ創立150周年の節目を迎え、イタリア国内リーグのセリエA1FIBAユーロカップの2022-23シーズンで王座をねらうベネツィア(Umana Reyer Venezia)が、大きなビジョンの中で獲得したプレーヤーの一人が安間志織だ。その安間獲得を含め、チーム作りとシーズン中のベンチボスとしての役割を担うヘッドコーチ、アンドレア・マッツォーンに話を聞いた。


イタリア国内のみならず世界各国でコーチングにいそしんだ経験豊富な指揮官は、実は自身を“ラーメン・ガイ”と称する日本通。もちろん安間がもたらす影響力への期待は非常に大きい。
取材日:2022年12月9日

きちんとした姿勢を持つガードがほしかった

――プレーヤーのマーケットでシオリの存在に気づいたのはいつ、どんな状況でのことだったのですか?

ベネツィアがシオリに目をつけたのは昨年(2021年)の11月です。それまで男子のチームでコーチをしてきた私が、このチームに加わって既存のプレーヤーと顔を合わせたとき、状況があまり良くなくバスケットボールに臨む姿勢の点で私がほしいと思うものと違っていたんです。そこで、新たな力で闘志に火をつけてくれるような人材を探しました。

うちのジェネラルマネジャーがヨーロッパ全体のリーグを見ている中で、その頃シオリを見つけたんです。私が実際にここに来て2週間ほど過ぎた12月の初めに、彼が「とにかくこのガードを見てくれ」と言ってきて、そこから私も見るようになりました。12月から2022年の1月にかけて注意深くプレーを見て、早々に交渉を始めたんです。1月中か、2月か、そのあたりには動いていましたよ。

――ほかにも競争相手がいて、交渉も難しかったのではないですか?

最初はコミュニケーションが難しかったですが、エージェントとはうまくやり取りができました。シオリともオンラインで何度か打ち合わせをして、我々の考えを気に入ってもらえましたよ。彼女はヨーロッパのトップチームの一つに入るのだということをわかっていたと思いますが、その後ウチがファイナルフォーに進んだのを見てさらに意欲を高めたに違いありません。
※ベネツィアはユーロリーグ2021-22に参戦し、プレーオフ進出を逃したが、レギュラーシーズン6位の成績でユーロカップ2021-22シーズンのプレーオフに進み最終的にファイナルに進出した。

彼女が我々の目指しているものを理解してくれたので、交渉は順調でした。しっかり我々と向き合ってすべてに合意してベネツィアに来てくれました。

――言葉の壁がある彼女にとって、ベネツィアは新たな環境ですが、どんなふうに支援していますか?

彼女は英語をよく学んでいますし、バスケットボール関連の英語なら我々が話すことをしっかり理解しています。哲学やらエンジニアリングやらといったら別でしょうけど、バスケットボールに関しては上々です。

それに我がクラブは組織がしっかりしていますから、彼女が必要とするものは何でもそろっています。彼女自身、周囲が合わせやすい人柄で、皆が本当に彼女のことを大好きです。日本人の特徴でもあると思うんですが、彼女はとても親切だし前向き。そんな人だったら自然と好かれますよね!皆から愛される素晴らしい人ですよ。

――マーケットには優秀なプレーヤーがたくさんいると思いますが、その中でシオリを選んだのはなぜでしたか?

私にはどんなチームにしたいかという構想があり、若くてきちんとした姿勢を持つガードを探していました。ウチにはシオリのほかに、ちょうど今日18歳の誕生日を迎えた若いポイントガード(マティルデ・ビッラ[Matilde VILLA])ともう一人(マリエッラ・サントゥッチ[Mariella SANTUCCI])と3人のポイントガードがいて、お互いの良さをうまく出せると思いました。シオリはリーグのほかのプレーヤーにないものをもたらしてくれると期待しています。今はまだユーロリーグレベルとまでは言えませんが、彼女は成長を望んでいるので、ゆくゆくそのレベルに到達するでしょう。

――ここまでのシオリの出来をどう評価していますか?

少しアップダウンがあり、すごいときは超すごくて、ほかの試合に比べてあまり良くない試合もあります。でも彼女は常に、どっちにころぶかわからないようなボールに飛びついたり、数字に残らない大事なものをもたらしてくれます。闘志があってチームを燃え上がらせてくれるとても重要な存在ですね。レベルの高いバスケットボールをもっと学ばないといけませんが、毎日のように良くなっているので、私はとてもうれしく思っています。

――一番良いのはどんなところですか?

まずはあの笑顔と、チームメイトを大切にするところ。そして元気と体当たりの表現力でチームを鼓舞するところ。この3つが最も印象的ですね。

彼女はウチのチームを段違いのスピードに適応させる存在でもあります。今はまだ、イタリアのプレーヤーたちがあのスピードに慣れていないため難しいところがあります。シオリはほかのプレーヤーの倍のスピードですから、彼女の方がスピードを落とさなければならなくなるんです。チームメイト側は速さを理解しなければならないし、シオリは少しだけゆっくりにして合わせていく必要があります。でも、彼女のプレーに向かう姿勢はとても素晴らしいです。

彼女が次の段階に進みたいなら、ここでもフロアジェネラルにならなければなりません。まだなりきれていませんが、彼女ならできると思っています。


「ほかのプレーヤーにないものをもたらす大切な存在」とマッツォーンHCは安間を高く買っている(写真/©FIBA.EuroCup2022-23)

実は日本通“ラーメン・ガイ”

――あなた自身について聞かせてください。これまでにいくつもの国で、異なる言葉や文化の中でコーチをされていますね。難しいことだと思うのですが。

私にはそう難しいことではありませんでした。高校を卒業したての18-19歳の頃、周囲は休暇を取ったりバイクや車を買ったりして遊んでいましたが、私は両親に頼んで一人でアメリカに行かせてもらいました。アジアやアフリカ、アメリカなどあらゆるところから人々が観光にやってくるベネツィアで育ったからか、世界を旅していろんな人に会うのが昔から好きだったんです。自分と違う人々に会うのは楽しいことです。


だから大学卒業後は、外国に行く機会があるたびにそれを生かしました。いろんな人に会って多くを学びたかったので、大学2年生だった21歳の頃にはベニスを離れました。22-23歳の頃には一度戻って男子チームのコーチをしましたが、チャンスがきたらほかの国に行って異なる考え方に触れるようにしました。そうしなければ学べないことがあるからです。

今、ロシアとウクライナ間やほかの場所でおきている戦争を見ると、世界が犯した大失敗はお互いを知らないことだと思います。もしいろんな国から5歳の子どもを20人同じ部屋に集めたら、ケンカではなく遊びになるでしょう。バランス感覚と平和を見出すのは我々一人一人の使命です。日本の皆さんは、第二次世界大戦で原子爆弾を投下された唯一の国ですから、それを誰よりもよく知っているのではないでしょうか。

私は自分とは違う人々と会いに出かけ、成長しました。行ったことがないのはオーストラリアと日本だけですよ。ほかはあらゆる国に行きましたが、日本はまだなので、ぜひいつかいきたいと思います。‘

――日本についてはどんなことを知っていますか?

食べ物についてはよく知っています。実はラーメンが大好きな「ラーメン・ガイ」で、自分で作ることもあるんですよ! レストランにでかけてラーメンを食べることはないですが、自分で作って食べるのがお気に入りです。

文化的な詳しいことまではわからないにしても、人々がお互いに敬意を払うことや、競い合っている中でも笑顔を忘れず、試合が終われば対戦相手に敬意を払うのは素晴らしいです。コートではやり合わなければいけませんが、日本人はコート外ではお互いに敬意を払っていると感じます。

――あなたはU20女子イタリア代表のコーチも務めていますね。将来を担う世代にかかわるのは責任を感じるでしょう?

バスケットボールのコーチは誰もが、性別やプロかどうかによらず若い世代に対して責任を持っています。コーチならプレーヤーを責任を持って愛して当然です。U20のコーチをやってよかったと思うのは、何もメダルを獲れたから(U20ユーロバスケット2022で銅メダル)ではなく、若い彼女たちとの関係性に身を置く機会になったからです。ウチには18歳の男の子と14歳の女の子がいて、つきあうのは簡単ではないんですけど、若い女子プレーヤーたちと一緒にいることは、自分の娘との関係をよくする助けにもなりました(笑) ありがたいですね!

――シオリには2人の若いポイントガードの育成係り(メンター)のような役割も期待していますか?

サントゥッチとビッラだけでなく、U18U19から上がってくる若者も含め、ほかの全員にとっても良い影響を及ぼしてほしいです。彼女はそれが可能な雰囲気を持っていて、スポーツとはどうあるべきかを見せることができますから。シオリ、あるいは日本のアスリート全般に言えることですが、スポーツに対して敬意を持つのがどういうことかを示すことができる大切な存在ではないかと思っています。


マッツォーンHC(左)とビッラ(右)。試合前にプレーの確認か(写真/©FIBA.EuroCup2022-23)

日本の文化は素晴らしいです。サッカーのワールドカップでも日本代表はよく戦い、競技に対する敬意を見せていました。一所懸命にプレーし、試合が終わったら最後は対戦相手に敬意を示すという日本の人々の自己表現は、誰もが学ぶべきものだと思います。私は本当に日本が好きなんですよ。生き方を示してくれているように感じるときがあり、このインスピレーションは私にとって心から大切に思えるものなんです。

上位への敗戦を糧に、後半戦で巻き返しを図る

――今シーズンについて教えてください。前半戦では上位チームに勝てませんでしたが次の段階に上がるには何が必要だと思いますか?

昨日の試合や、ボローニャ(Virtus Segafredo Bologna)とスキオ(Famila Wuber Schio)というトップの2チームに負けたときのような厳しくて難しい試合を、もっと経験する必要があります。
※「昨日の試合」は12月8日(イタリア時間)のユーロカップ、ゲルニカ[Lointek Gernika Bizkaia、スペイン]との一戦で、ベネツィアが68-65で勝利した

※現在セリエA1の3位に位置しているベネツィアは今シーズンの前半戦で、11月19日にリーグ2位のボローニャに対し71-85、12月4日に同1位のスキオに対して71-83で黒星を喫した(時間はいずれもイタリア時間)が、ほかの試合は全勝中

自分たちらしいバスケットボールをタフな時間帯にやっていくことで、次の段階に進むことができます。近道はありません。(チームの)判断力を磨いて、私もより良い策を見つけていけるように頑張らなければいけません。それが一つですね。高いレベルの試合では、3-4つのポゼッションが勝負を決めるということを皆が理解する必要があります。

タフな試合の場数を踏んで学ぶほかに方法はないし、ときには、残念ながら負けることで勝ち方を学ばなければならないときもあります。それも学びの過程ですね。

今はまだチームが若いので、全力でぶつかってみて状況を読み、IQを高めていく時期です。ケガで欠場者がいるからというような言い訳や、オープンでショットをはずしたりフリースローをミスしたことに対する言い訳をしないで戦い抜かなければ。3Pショットが入らない日には、何か別のことで頑張ればいいんです。

自分に言い訳はできません。いいプレーを作ったけどショットをはずしちゃった、それで終わりではだめです。最初の一手がだめなら二の手、ハイレベルな試合ではさらに三の手が出せるように。私はそう学びました。50歳を過ぎてこう思いますが、もうちょっと早く学べたらよかったですね(笑) 今でも勉強中です。

――コーチングスタイルにはどんな特徴がありますか?

この5年ほどでバスケットボールは大きく変わり、スピードも毎年急激に高まっています。大事なのは、例えば走れるチームをコーチングするなら走る、走れないチームなら別の強みを生かすというように、プレーヤーの特徴をつかんで指揮を執ることだと思います。

コーチの考えや哲学を押しつけるのは間違いです。それよりどんなプレーヤーを持っているのかが大事で、(自分の考えとの)バランスを取る必要がありますね。

例えば私がディフェンス志向のコーチだとしておきましょう。でも、7秒間でショットまで持っていくのが2022年のバスケットボールだと考えれば、その時間でいかに多く得点を獲るかを考えなければなりません。

NBAにおけるバスケットボールの分析比重としては、最初の7秒間にいかに攻めるかの方が、最後の7秒間よりもずっと重くなっています。その時間にどうやって攻めるか、どうやってディフェンスにプレッシャーをかけるかはとても重要だし、ディフェンス側もこの時間にどう守るかがとても重要です。

ターンオーバーを減らすのも重要で、毎試合20ターンオーバーでは勝てません。昨日は21ターンオーバーで勝ちましたが、これは超ラッキーでしたね。

――となると、ご自分のスタイルは探究中という捉え方でしょうか?

私の場合、コート上を読むというのがコーチングスタイルです。もし私が女子日本代表をコーチすれば、やはり走るバスケットボールになるでしょう。意表を突くバックカットやオフボールの動きを多く取り入れます。もし超大型チームなら、ハーフコートゲームが増えます。プレーヤーによって変わることになりますね。

アメリカでNBA Dリーグ(現Gリーグ)のチームをコーチしましたが、そこでは走りました。そうしないとプレーヤーが活躍できないからです。仮にそこに、我々が今やっていることを持ち込んでも彼らには合いません。コーチにどうすべきかを教えてくれるのはプレーヤーだというのが私の考えです。



母国イタリアのほかにギリシャ、アメリカ、中国、ロシアでコーチングキャリアを積んだマッツォーンHC。2023年2月で57歳になる好漢だ(写真/©FIBA.EuroCup2022-23)

☆取材後記
マッツォーンHCは、後半戦で安間のスピードをどのように生かしていくだろうか。この点はダブルタイトルを目標に掲げるベネツィアのカギとも言えそうだ。
出来るかどうかはわかりませんが、いつかぜひとも日本に行ってみたいです」と話す指揮官に「来日がかなったら最高のラーメンを食べに行きましょう!」と伝えると、満面の笑顔で「そう願っています」と答えていた。



取材・文/柴田 健(月刊バスケットボールWEB) (月刊バスケットボール)

タグ: 安間志織 ウマナ・レイェ・ベネツィアセリエA1ユーロカップUmana Reyer Venezia

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