月刊バスケットボール5月号

NBA

2022.11.01

八村 塁(ウィザーズ)の成長を陰で支えた名将ジョン・トンプソンJr.の存在

 八村 塁は、東京2020オリンピックを経た後の2021-22NBAシーズン開幕を前に、しばらくの間ワシントン・ウィザーズへの合流を遅らせた。その間は心身のリフレッシュに時間を費やしたとされている。詳細を伝える情報が少なかった当時は、八村が内面的な問題を抱えているのではと言った見方も広まり、ファンの間でも心配する声が広がった。

 


その後2022年が明けてから八村は戦列に復帰し、レギュラーシーズン42試合でプレーして自身初のプレーオフ出場という日本のバスケットボール界全体にとっても歴史的な出来事を現実のものにしている。レギュラーシーズンのアベレージは平均11.1得点、3.8リバウンド、1.1アシストに、フィールドゴール成功率49.1%、3P成功率44.7%という堂々たる数字。フィールドゴール成功率と3P成功率はともにキャリアハイだった。


八村は戦列復帰後、休養中も元気に生活していたこと、バスケットボールが大好きであることを確認する過程になったことなどをたびたび言葉にしてきていたが、昨シーズンの成績は身体的にタフだった代表活動からNBAでの生活へのトランジションを非常にうまくやってのけた証しと言えるだろう。


その過程にかかわった人物の一人に、ウィザーズの母体であるモニュメンタルスポーツ&エンタテインメントのプレーヤー・プログラム担当副社長(VP. Player Programs)を務めるジョン・トンプソン3世という人物がいる。

 


インタビューに答えるジョン・トンプソン3世(写真/山岡邦彦 月刊バスケットボール)


ジョン・トンプソンという名前からピンとくる読者もいるに違いない。彼はNCAAバスケットボールの名門ジョージタウン大で2017年まで13シーズンヘッドコーチを務めた人物で、2020年に他界した父親のジョン・トンプソンJrは同じくジョージタウン大で指揮官を務め、パトリック・ユーイング、ディケンベ・ムトンボ、アレン・アイバーソンなどNBAの歴史に輝くレジェンドを数多く育てたことで知られる名将だ。


トンプソン3世はNBA JAPAN GAMES 2022 PRESENTED BY RAKUTEN & NISSANでウィザーズが来日した際にも同行し、玉川大学で行われたバスケットボールクリニックでは、今夏WNBAのワシントン・ミスティックスで活躍した町田瑠唯(現在はWリーグ富士通レッドウェーブ)らとともにコーチングにあたっていた。そこで話を聞いてみたところ、八村とのかかわりなどについて興味深い話をしてくれた。

 

 

「彼(八村)が居心地よく過ごせるように、周囲とは異なる声をかける」


——あなたは八村選手の育成に関してどんな役割を担ってきましたか?


私の仕事の一部はルイが順応する手助けをすることです。彼は異国に来ているわけですし、プレッシャーもありますからね。例えば昨年の夏はナショナルチームで活動してからのチームへの再合流でした。そんな状況で彼が居心地よく過ごせるように、周囲とは異なる声をかけるようなことが私の役割です。
Part of my role is just to help Rui get acclimated. Obviously, he is in a new country. He has a lot of pressure. Pressure is on him…, last summer let’s say you know with the national team and then coming back. So, just making sure that he feels comfortable and just be another voice for him.


時として人は、コーチや友人とは違う誰かの言葉を必要とするものです。私は彼を手助けする支援体制の中で、彼がつつがなく生活できるようにかかわっていました。
Sometimes guys need someone else to come and talk to other than the coaches and other than the friends. Just being a support system for him as well as just help keep his life organized.


——彼はほかの若者とは違う特別な特徴がありましたか?


ルイはほかの多くの人々と変わりませんでした。最初の年は少し控えめでおとなしかったですが、今ではより自分らしさを表に出せていると思います。以前よりも居心地がよさそうで、コート上だけでなくそれ以外の場所でも素直な自分を見せています。
I think Rui, like most people in his first year, he was a little reserved, a little quiet. Now you see him coming out. you see his personality more. You see that he’s more comfortable and showing up off the court as well as on the court.


——名門ジョージタウン大でコーチングキャリアを積んだ後、ウィザーズというプロチームに入ってどんなことを感じましたか?


運が良かったですね。ジョージタウン大でヘッドコーチをして、ベンチワークとそれに起因するすべてに関わっていましたが、ウィザーズでもプレーヤーたちと交流ができていますから。教えたり一緒に体を動かしたり、相談に乗ったり、コーチになったり。全体のコーチングはアンセルドJr.HCに任せていますけど。
Well, I’m fortunate because at George Town I was the head coach and I was on the bench and everything that comes along with that. With the Wizards, I still have interactions with the players and still have the opportunity to teach and work with and mentor and coach the players and we leave the coaching to coach Unseld. You know, so it’s good.


プロと聞いたとたんにもうできあがった人間だと思ってしまいがちですけれど、実は違います。彼らにも相談相手や支援体制が必要で、成長し続けるために誰かの助けが必要になるんです。そこで私の出番というわけです。
A lot of times people think because they’re professionals they are grown. And they are not. They still need to be mentored. They still need support system. They still need someone to help them continue to grow. So, that’s a part of my role.

 


トンプソン3世は、玉川学園の学生にも熱のこもっていた指導を提供していた(写真/山岡邦彦 月刊バスケットボール)


トンプソン3世がさらりと話してくれた内容は、振り返るととても重要なことに思われる。驚異的な能力を持つNBAレベルのスターたちの内面に、まだ子どものままの人格が残っていることをトンプソン3世はこの組織に加わって再確認していた。そしてウィザーズ(モニュメンタルスポーツ&エンタテインメント)の中にはその成長を促す機能があるのだ。そのポジションをトンプソン3世のような重鎮に任せていることが、プロスポーツクラブとして土台の力強さを感じさせる。八村の昨シーズンの飛躍や今シーズンの安定感のある活躍ぶりも、それがあっての成果と捉えることができそうだ。日本のクラブやリーグでも参考にできる事例でもあるのではないだろうか。


取材・文/柴田 健(月バス.com)
(月刊バスケットボール)



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