渡邊雄太、富樫勇樹、トム・ホーバスHC - FIBAアジアカップ2022を前に語る日本代表の気概
4年間NBAでキャリアを積み上げた渡邊雄太が、東京2020オリンピック以来の初めて合流したバスケットボール男子日本代表が、7月12日(火)に開幕するFIBAアジアカップ2022(インドネシア開催)に向けた合宿中の7月9日にオンライン会見を行った。登壇したのは渡邊、富樫勇樹(千葉ジェッツ)、トム・ホーバスHCの3人だ。
ホーバスHCの期待を超える「渡邊効果」
ホーバスHCは、渡邊がNBAでの契約などが確定していない多忙な状況の現時点で代表活動に高い意欲を持って臨んできたことに謝意を示しながら、「私たちは考え方が同じ。勝てなかったカルチャーを変える」と自らもあらためて気を引き締めるように話した。渡邊のポジティブな声がけは良い雰囲気作りにもつながっており、合流後の二日間に多くのプラス要素を感じているという。張本天傑(名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)とともにキャプテンを務める富樫勇樹と渡邊の存在が、若手の多い今回のチームにもたらす影響は想像以上に大きく、「皆のレベルがすごく上がった。違うレベルに持っていくインパクトがある」と話し、また張本も含めた3人のベテランのリーダーシップを高く評価した。
八村 塁(ワシントン・ウィザーズ)と、現在ゴールデンステイト・ウォリアーズのサマーリーグチームに加わっている馬場雄大の名前こそないが、トム・ホーバスHCの下で渡邊が初めて代表のユニフォームを着てプレーすることで、今大会は来年に迫ったFIBAワールドカップ2023と翌年のパリオリンピックに向けた日本代表のチーム作りの方向性を、より鮮明に可視化させる機会になりそうだ。プレー面では今回、渡邊をストレッチ4として起用する考え。その中で3Pショットの確率の高さとペイントアタックの威力を活かし、これまでできなかったバスケットボールを展開できることを楽しみにしていることを明かした。
渡邊は自身の役割を「リーダーとして、国際大会を経験しているものとして、若い選手たちに今までの経験や自分が学んできたものを伝えていくこと」と説明した。ホーバスHCの下でプレーする初めての機会に、「アジアカップには時間も限られている中で途中合流になるので、覚えなければいけないプレーやコーチがやりたいバスケットをしっかり理解することが大事」と、こちらもやはり気を引き締めている。NCAAとNBA、そして代表ではワールドカップとオリンピック。世界の最高峰を経験した立場として、そのレベルを直に見せることがもたらす影響力を認識しながら、リーダーシップの発揮に努めている。「僕か先頭に立って、試合のための準備を練習でしっかりしておくように。国際試合はフィジカルも相当強いですし、なかなか日本ではない高さも体験しなければいけない中で、準備ができていないと悲惨な結果になってしまう。準備をしっかり練習からやっていきたいと思います」
高校時代をアメリカで過ごし、ワールドカップとオリンピックを渡邊とともに戦った富樫も、同じ思いを共有しているようだ。「雄太と一緒にプレー面を含め引っ張っていきたい」と話し、ワールドカップ予選で期待どおりの結果を出せずにいる男子日本代表の立て直しを期す。「練習も試合も、彼がいることでプレー面だけじゃなくそれ以外の日本代表としての形、トムさんのやりたいバスケットが見えてくる」、「雄太とプレーできるというのはすごく楽しみ」。彼らの生み出すシナジーが、中国やオーストラリアに対して負けただけではなく本来の力を出せずに終わっている男子日本代表の空気を一変させることが期待できそうだ。
世界の高さを大敗の言い訳にはできない
今大会は、渡邊が出る以上は世間的な期待が高くなって当然だ。しかし一方で、実績を残せていないホーバスHC体制下のチームがいきなり「必ずアジアカップを持ち帰る」と言っても説得力に欠ける。その状況での当座の目標について渡邊は、まずはグループラウンドでの3試合に全勝して1位通過することを挙げた。会見で最後の登壇者だったホーバスHCも同じ目標を語り、同組のイランで仮に元NBAのベテランビッグセンターのハメッド・ハッダディーが出場するにしても「自信はあります」と強気な姿勢を見せた。
最終的にはもちろん優勝したい。しかしまずはグループラウンドを完勝した上で、決勝トーナメントの組み合わせもみながら現地でのスカウティングを生かして戦う。渡邊は「若い選手が多いからと言って、経験だけで終わらすつもりは全然ないです。僕らはやっぱり勝ちに行く。それがチーム全員で思っていることです」
ワールドカップ予選でホーバスHCが課題として語ったことの一つは、「練習の出来を試合で再現する術を見つけること」だった。渡邊の加入がプレー面のアップグレードとともに、強豪に対峙したり大事な場面を迎えたときに、“チョーク(緊張などからミスを犯す状態)”と呼ばれるような状態に陥らず本来の力を出しきるきっかけになることも期待したい。
オーストラリア遠征で同国代表と対戦した際、”らしさ”を見せられたのはネブラスカ大学所属の富永啓生だけのように感じられた。しかしほかのメンバーは全員、オリンピアンや元NBAプレーヤー、NCAAの強豪大学出身者などが活躍しているBリーグで、ハイレベルなプレーにも慣れているはずだ。もちろん現実的に日本で経験できないような高さやフィジカリティーがあるのはわかっているし、チョークの解消だけですべてを修正できるとも思わない。しかし相手の大きさはわかりきっているのだから、NBAに次ぐ世界第2のリーグをい標榜するBリーグで活躍するトッププレーヤーが集まって、第3Qを終えて27点しか取れず最終的に46点差というような大敗の言い訳に、いつまでもすべきではないだろう。
富樫はこの点について「代表の中でも役割があり、各選手がその役割を全うするしかないかなと思います」と話した。代表に選ばれたプレーヤーは各チームのトップといえる存在で、世界で戦える力を認められたからこそこの場にいる。役割の理解と自信、冷静さ、富樫の言う役割を全うする決意などで、少なくともチョークは乗り越えたいところだ。「トムさんに求められているものが各選手で違うので、しっかりチームを良くするために細かいところを…。その指示は昨日も練習の中であったので、各選手がそれをコートでできたら良い結果につながると思います。僕自身もそれをしっかり意識してやっていきたいなと思います」。
コートに入ってすぐさまのタイミングやクォーターや試合の終了間際など、重要な局面で結果を残すことが多い富樫の言葉には説得力もある。それは国を代表するプレーヤーが気概として持つべき要素だ。
今こそバスケで日本を元気に
日本では7月8日の昼前、10日の参院選投票日に向け、大勢の人が集まった街頭で遊説中だった安倍晋三元総理が背後の至近距離から銃撃され、同日夕方に亡くなられるというとんでもない出来事が起こった。国民の多くが驚き、怒り、悲しみ、様々な思いの中で消沈した。そのような状況で、バスケットボール界が掲げる「バスケで日本を元気に」のキャッチフレーズが、今大会では大きな意義を持ってくるようにも思える。
富樫は、「午前中の練習が終わった後、バスに乗っているときにそのニュースというか動画を見て、本当にみんなショックで…。本当に日本でこんなことが起こったのかという、信じられないようなニュースでした」と、その報道に触れたときのことを振り返るとともに、キャプテンとしてバスケットボール男子日本代表がやるべきことを次のように語った。
「こうして日本代表としてアジアカップに臨むので、少しでも明るいニュースを届けられるように一所懸命プレーするしかないと僕は思っています。正直、今の日本の状況に、かなり選手たちもびっくりしています。不安というわけではないですけど、そういう気持ちもやっぱりあると思います。しっかりインドネシアでバスケットボールに集中して、結果を出すためにロスター12人で頑張ってきたいと思います」
プレーヤーたちとともにバスに乗っていたホーバスHCによれば、痛ましい報道の後、ホテルに到着するまでの約30分ほどの間、ショックを受けたメンバーたちを運ぶ車内は沈黙に包まれていたという。皆が一人ひとり、日本の国民として動揺をしたことをホーバスHCは感じていた。だからこそ、バスケットボールに携わる身として、このスポーツを通じて人々を元気にし、自らも元気を取り戻せるようにと願う。「日本代表の仕事は日本のために良いバスケットをやって、良い勝負をして、勝って。少しずつ日本に…、元気になりたいかなと思います。それがこの仕事ということしかないと思う」
アジアカップで男子日本代表が、結果としてどこまで壁を乗り越えることができるかはわからない。しかし日本を元気づける、代表としての気概を持った好チームになりつつあるのは間違いない。
☆FIBAアジアカップ2022プールフェーズの男子日本代表試合予定(グループC)
7月13日(水)19:30~ 日本 vs カザフスタン
7月15日(金)19:30~ シリア vs 日本
7月17日(日)19:30~ イラン vs 日本
※すべて日本時間
☆FIBAアジアカップ2022公式サイト
☆FIBAアジアカップ2022TV放送予定
日本は当初の目標達成をかなえグループC1位となった場合には、20日(水)の準々決勝進出が確定する。仮にグループ2位もしくは3位になると、準々決勝進出には19日(火)の準々決勝予選で勝利しなければならない。その後は8チームによるノックアウト方式の決勝トーナメントで頂点を目指す。今大会には同組のイラン(FIBA世界ランキング23位)をはじめ、オーストラリア(同3位)など、ランキング上日本より上位のチームが6チーム出場する。
取材・文/柴田 健(月バス.com)
(月刊バスケットボール)