月刊バスケットボール5月号

今週の逸足『AIR JORDAN 5』

バスケットボールシューズの歴史において、大きなインパクトをもたらした一品(逸足)を紹介するこのコーナー。今回取り上げるのは、1990年発売されたジョーダンシリーズの第5弾『AIR JORDAN 5』。発売当時、注目のあまり暴動が起きるなど“ただのスニーカー”としてだけでは片づけられないほど話題を呼んだこの一足は、今日でも多発するスニーカー事件の象徴として今でも語り継がれるものとなっている。

NIKE AIR JORDAN 5 

文=岸田 林 Text by Rin Kishida

写真=中川和泉 Photo by Izumi Nakagawa
 

バスケットボールシューズの歴史において、大きなインパクトをもたらした一品(逸足)を紹介するこのコーナー。今回取り上げるのは、1990年発売されたジョーダンシリーズの第5弾『AIR JORDAN 5』。発売当時、注目のあまり暴動が起きるなど“ただのスニーカー”としてだけでは片づけられないほど話題を呼んだこの一足は、今日でも多発するスニーカー事件の象徴として今でも語り継がれるものとなっている。
 

 この冬日本でも封切りとなった映画『キックス』は、ストリートの少年たちとスニーカーの関係を通して、アメリカ社会のリアルな一面を描いた作品だ。主人公のブランドンは、カリフォルニアに住む15歳の少年。背も低く、取り柄もない彼だったが、コツコツとためたお小遣いでナイキ・エアジョーダン(AJ)1の“ブレッド”を入手すると、周囲の友人たちの彼を見る目が一変。女の子からも気にかけてもらえるようになる。「これで自分の人生も変わる」と思ったのもつかの間、地元のギャングに大切なスニーカーを強奪されてしまう。彼は命よりも大切なスニーカーを奪い返すため、友人と行動を起こすが…。
 

 “たかがスニーカー”を巡り、少年たちが犯罪や暴力に手を染める。その構図が社会問題化したきっかけは、1990年に発売された『スポーツイラストレイテッド(SI)』誌(5月14日号)だった。のちに『シカゴ・サンタイムス』の名物コラムニストとなるリック・テランダーが手掛けたカバー特集のタイトルは「Your Sneakers or Your Life(スニーカーか、命か)」。表紙には、AJのウィングロゴTシャツをバックに、右手に銃を、そして左手にAJ5を握ったアフリカ系の少年の手元が写っていた。

 テランダーはこの特集で、ある殺人事件をレポートしている。1989年5月2日、メリーランド州に住む15歳の少年マイケル・ユージーン・トーマスが、学校近くの林の中から、はだしの絞殺体で発見された。彼の命と、2週間前に購入したばかりのAJを奪ったのは、バスケ友達のジェームズ・デビッド・マーティン(当時17歳)だった。ひと月前にはヒューストンでもやはり16歳の少年が、ギャングにAJを差し出すことを拒否し、射殺されていた。当時アトランタでは強盗事件の50%以上にスポーツウェアが関係しており、シカゴでも同様の犯罪が毎月50件以上報告されていた。テランダーは、ドラッグの売人が不法に儲けた金で新しいスニーカーを次々と買い替え、子供たちの間でトレンドセッターとなっている現実を、マイケル・ジョーダン(当時ブルズ)本人にぶつけている。
 

「ドラッグの売人の稼ぎが僕の収入になっているんだとしたら、AJなんて売らない方がいい」

 テランダーの問い掛けに、ジョーダンは泣きそうな顔でつぶやいたという。この頃ジョーダンはまだチャンピオンリングを獲得していなかったが、個人としてのパフォーマンスは絶頂を迎えつつあった。スパイク・リーと共演したAJ4のCMも人気となり、「It’s gotta be the shoes!(このシューズじゃなきゃダメなんだよ!)」は流行語にもなった。だがAJは、少年たちにとっては高価過ぎる商品だった。ジョーダン本人がアフリカ系アメリカ人だったことが、彼の立場をより複雑にしていた。フェアに言えば、高額なシューズやウェアを発売し、派手な宣伝で少年たちの購買意欲を刺激していたのはナイキだけではなかった。だがナイキとAJ、ジョーダンは成功し過ぎていた。

 SI誌のこの特集は大きな議論を巻き起こし、皮肉にも、ジョーダンとAJの人気をさらに世間に知らしめることになった。表紙に用いられたAJ5は度々「米国では殺人事件が起きるほどの人気スニーカー」という触れ込みで紹介され、日本でもAJシリーズへの注目度は急速に高まった。一方、このストーリーが独り歩きした結果、いくつか誤解も生じている。メリーランド州の事件の発生は1989年5月。つまり犯人のジェームズが奪ったのはAJ5(1990年発売)ではなく、おそらくはAJ4だ。加えて、奪ったAJは、彼の足には合わないサイズだった。ジェームズは事件から7年後に釈放されているが、その後さらに3人の命、それも少年少女ばかり、を奪って再び収監されている。犯行の動機が本当に「AJ欲しさ」によるものだったのかは、現在では疑問視されている。
 

 SI誌の報道から間もなく30年がたつ。残念ながらスニーカーを巡る暴力沙汰はやまず、むしろ広がっている。2011年にはAJ11の“コンコルド”カラーの復刻版を購入しようと全米各地の小売店に客が殺到。店頭のガラスが割れるなどしたため、警察が出動して催涙スプレーを使用する事態となった。今年3月には日本でも、シュプリームとNBAのコラボによるナイキ・エアフォースワンを購入するための行列でトラブルが発生。客が店側の警備員に暴力を振るう動画がSNSで拡散し、物議をかもした(後に中国籍の若者6名が逮捕された)。この事件を受け在日中国大使館は、日本の法律の順守や節度ある買い物を呼びかける異例の声明を公表したほどだ。 ここ数年のスニーカーバブルとフリマアプリの普及を背景に、希少モデルの争奪戦はますます激化している。スニーカーファンと“転売ヤー”たちの小競り合いは毎週のように発生しており、いつまた大きな事件が発生してもおかしくない。私たちはまだしばらく「スニーカーか、命か」のテーマに向き合い続ける必要がありそうだ。
 

月刊バスケットボール2019年2月号掲載

◇一足は手に入れたい! プレミアムシューズ100選

http://shop.nbp.ne.jp/smartphone/detail.html?id=000000000593

(月刊バスケットボール)



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