月刊バスケットボール5月号

日本代表

2021.02.24

アンダーカテゴリー日本代表ヘッドコーチ萩原美樹子、佐古賢一が語る~ 育成年代の指導の「難しさ」と「ヒント」

 昨年末の12月26日に、日本バスケットボール協会(JBA)は、コーチカンファレンスを開催。育成年代のコーチングをテーマに佐古賢⼀(アンダーカテゴリー男⼦⽇本代表ヘッドコーチ、日本代表アシスタントコーチ)、萩原美樹⼦(アンダーカテゴリー女子⽇本代表ヘッドコーチ)が、それぞれ指導の実例を発表した後、パネルディスカッションを行った。オンラインで行われたこのカンファレンスは、JBA技術委員会指導者養成部会が運営しているが、同部会長の鈴木淳氏はその目的を「アンダーカテゴリーまで含めた日本代表での取り組みを伝えていくことを中心に考えています。それは、プレーヤーのスキルレベルやサイズなどの違いがあっても、ベースとなる部分は同じであり、多くの指導者の方と情報を共有したいとの思いからです」と説明する。今回の出演者はモデレーターを務めた佐藤晃一氏(JBA技術委員会スポーツパフォーマンス部会長)が推薦したというが、佐藤氏は「私は立場上、アンダーカテゴリーからA代表まで、おそらく誰よりも大会や強化合宿といったさまざまな代表活動の現場を見てきています」とした上で、「アンダーカテゴリーのコーチは、多くの育成年代の指導者の皆さんにとって、貴重な情報を持っていると感じていましたし、それを知ってもらいたいと思っていました」とその理由を説明する。

 まず、佐藤氏からU16世代のプレーヤーに求めることを聞かれると、佐古氏は第一声で「声が出ないことに戸惑っている」と話す。「分かっているのか、いないのか。やりたいのか、やりたくないのか。意思表示を読み取るのに時間がかかりました。技術的なことより、最初の準備として自己紹介くらいはちゃんとできるようにと思いました」と佐古氏。「全く同感」と萩原氏も続く。「年代的なこともあり、恥ずかしいというのもあるのでしょうが、『声』は技術の一部ですから。分かっていないと声が出せません。『声を出して!』と言うと「ファイトー」って。そうじゃないからと」。それぞれ、男子と女子では求められていることも多少違いがある。男子のアンダーカテゴリー、特にU16では、サイズアップを図るため、大型の選手を集め、ポジションをコンバートできるような育成に力を入れている。女子も同様であるが、すでに世界レベルに達している女子は、大会での好成績も期待されている。それでも、プレーヤーとの接し方という部分では共通している悩みも多そうだ。

 

U19ワールドカップで指揮を執る萩原美樹子氏(写真/fiba.basketball)

U16日本代表を指導する佐古賢一氏

 

現役時代に感じた“思い”を

今の指導の場に生かしていく

 

 現役時代にはアトランタオリンピック出場、WNBAでプレーするなどトッププレーヤーとして活躍した萩原氏は、現役引退後は大学に進学するなどし、バスケットボールから離れた時期があった。その後、指導者として再びバスケットボール界に戻ってきた経緯があるのだが「バーンアウトの状態でした」と引退当時を振り返る。「私が現役時代に日本代表だとか、オリンピックに行けたということは、ひとえにコーチのおかげで、コーチが本当によく我慢してくれたなと」とする一方で、当時の激しく、厳しい練習環境の中で「『やらねばならぬ』といった状況で、『今日休んだらコーチに叱られる』とか、外発的な動機でプレーしていました」とバーンアウトとなったときのつらい胸の内を明かした。現在は指導するプレーヤーたちがそういう気持ちにならないよう「内発的な動機で『自分がやりたいから、こうしたいからこうするんだ』という選手になってもらうにはどうしたらいいんだろうと、自分がやってきたことを考えながら、手探りしています」と現状を話す。

 日本代表を長くけん引し、世界選手権出場を果たした佐古氏にしても、「今日は怒られたくない」、「自分では頑張ってやっているのに『頑張ってない』って言われて、どうしていいか分からなかった」といった経験があったと言う。「どうしてもっと褒めてくれないのかと思っていました。問題児だって言われ続けて、大人までなってしまったので」と笑いながら話すが、「だから、選手がいいチャレンジとかをしてくれると、すぐに褒めるんです。『おぉ、すげぇ~』みたいに、独り言のように、聞こえるように」。そんな姿を見ている佐藤氏は「おおらかに指導しているな」と感じているそうだ。

佐古氏は「U16は、どんどん新しいことに挑戦していってもらいたいのです。『これはダメ』『これが正解』ではチャレンジなんかできませんから…。挑戦しやすい場の雰囲気作りを意識しているつもりです」とし、「ただ、U18になると変わります。今度は『戦う』とは何? と、キーワードが変わってくるのです。U18になるとバスケットに対する思い、熱量も違ってきます。U18で集まってくる選手はチームでメインになっている選手がほとんどなので、責任感もあります。そこで『日本の代表として戦う』とはどういうことか、『ナショナルチームの戦い方』はどうだとかということをU18では教え込んでいかないといけない時期だと思っています」と年代ごとで、プレーヤーとの接し方、関わり方を変えていると言う。

 

選手同士のミーティングで

目標設定と、自分で考える力を

 

 選手との距離感について萩原氏は「選手とコーチの関係はトップダウンではなく、役割が違うだけで、同じ方向を向くという関係性だとは思っています。しかし育成世代では、大人と子どもの関係性はちゃんと持っていないといけないとも感じています。子どもたちは経験のなさから間違えることもあり、練習中危ないことが起こったりすることもあります。集まっている目的があり、みんなが安全な環境の中で、真剣に上達を求める場であるという雰囲気を醸成する責任は指導者にあると思います。危ないことをしたら叱れるという距離感、お友達じゃないよというところは残しつつ、一方でのびのびと、プレーヤーが自分の考えていることを指導者に伝えられる関係性を築けないかと試行錯誤しています」と話す。

 男子も女子も強化合宿などではプレーヤー同士のミーティングを行っている。練習の前後に、少人数のグループでその日の課題を話し、それが取り組めたかどうかを伝え合う。ときにはそれを皆の前で発表することもある。それは、日々、しっかりと目標を設定し、それに取り組んでいくプロセスであると同時に、自分で考えてプレーできる選手を育てようとしているからでもある。佐古氏は「話し合いにはできるだけ口を挟まないように、選手だけでやってもらっています。その結果を報告してもらうようにしています。指導者がそこにいると、こんなこと言っちゃいけないんじゃないかとか考えるプレーヤーも出てくるでしょうから。その報告を記録して、次の日の練習の前に確認するようにしています」と、プレーヤーの自主性を尊重できるように距離感を意識している。また、「言われたことをやろうという意識が強くて、自分から率先して何かに取り組みたいという環境が乏しかったんです。ミーティングで話すことで、言ったことに対して責任が出てくるでしょう。最初は『言ったもん勝ち』になってしまい、言った人がリーダーみたいになってしまいがちなのですが、そのうち『言ったのにできてない』って言い合えるようになってきます。コミュニケーションの取り方、能力が上がってきて、チームとしてのケミストリーにもつながります。選手同士のミーティングは効果的な手段になっています」と話す。

 萩原氏も「自分で今、何をすべきかということを考え、自分で課題を抽出して、それに対してどうしなければならないのか、どう振る舞うことがベストなのかということを自分でしっかり考えられる選手になってほしい」とその目的を語る一方で、さらに「『みんなで』というところをちょっと超えてほしいと思っています。女子は突出することを嫌がる風潮があるんですね。何かをやって失敗すると恥ずかしいというようなことが強いと感じています。年代的なこともあるんですが、それって全然恥ずかしくないし、チャレンジしない方が恥ずかしいんだよねという場の空気を作ることも心掛けています。チャレンジしないとうまくならないじゃないですか。人から秀でよう、突出しようとしなければ、スポーツはうまくならないわけですから、周りの目を気にしないで、自分でものを考え、自分でそれをチャレンジできるといった場になるように取り組んでいます」と期待も口にする。

 

コーチもプレーヤーも、

失敗から何を学び、成功へと導くか

 

 萩原氏には2019年U19女子ワールドカップに出場した際の苦い体験があった。2017年の同大会で、ベスト4入りを果たしており、19年大会での目標はメダルの獲得だった。しかし、ターゲットとしていたベスト4を懸けたベルギー戦で63-43で敗れてしまった。目標としていたメダル獲得の夢はついえたが、順位決定戦が残っている。一位でも上の順位を狙いたかったが、その後、1勝もできずに8位に終わった。

「本当に選手たちはメダルを取りたかったんだと思うんです。本当に一生懸命頑張ってくれていました。負けた後は、私たちが予想していたより落ち込んでいました。でも、実はゲームプランで、相手のこのことを抑えるためにこういったことをやっていこうとコーチたちが話し合ったことが、そんなに遂行できていなかった試合だったんです。それがすごく気に掛かって、『まだ2ゲームあるけれど、基本的にはゲームプランを遂行してほしい』といった声掛けをしてしまったんです。『こういうことがやりたかった』『相手のここを止めるために、こういうことをやっていこうと』と言っていたことが、できてなかったよという言い方をしてしまった。ネガティブな声掛けをしてしまったことで、チームの雰囲気が沈んでしまい、結局、立て直しが利かなかったというところは、私の責任が大きかったと。19歳で、大人に近いカテゴリーとはいえ、そこは彼女たちの気持ちを次に持っていくことを、あの手、この手でやっておくべきだったなと、後悔していました」と萩原氏。

その話を聞いた佐古氏は「僕らも人間ですし、全て正解を知っているわけではありません。決して失敗ということではないと思いますが、僕らも学ばなければならないと思います」と述べた後、自身の体験を紹介した。

「私はカップ戦しか指揮を執っていませんが、U16のプレーヤーたちを連れて参加したクリスタルボヘミアカップ(2019年)では、とてもいい経験をしました。その初戦でひどいゲームになってしまい、大差を付けられて負けてしまったのです。

試合後のミーティングで試合の映像を見せ、「みんなが戦った相手は、君たちがどんなに頑張ってもかなわない相手ですか」と問い掛けました。自分たちがここから、もう一度頑張り直そう、モチベーションを作り直そうと思ったときに何ができますかと聞くと、『コーチに言われたことをしっかりと…』みたいなことを言うのです。それは違うと。私は『この場面、何ができる? 何を頑張れる? 明確に頑張ることが分かれば、頑張れる。何を頑張っていいのか分からない状況では何も力が出ないから、みんなでできることを確認しよう』そんなことを言って、映像を見ながらできることを書き出したんです。それで『このチームともう一回やるには、決勝までいかないと対戦できない。明日のゲームでは相手は違うけど、自分たちができること、やれることを全員で、全力でやろう』とモチベーションを与えたことで、雰囲気が変わりました。やれると思ったことに、100%振り子を振らせることを意識し、選手たちも自信を付けたことで勝ち上がり、最終戦では、逆に大差を付けて勝てました。これこそ成功体験だと思い、すごく褒めましたね」と当時を振り返る。失敗からも自らの気持ちを切り替えてつかんだ成功体験は、プレーヤーにとっても自信につながったに違いないと佐古氏は話す。

 萩原氏、佐古氏とも自分の経験をつまびらかにし、多くの指導者と情報を共有しようとしている。また、プレーヤーにチャレンジを求めるだけでなく、自らも学び、新しい指導法を求め続ける姿勢を感じさせた。萩原氏は最後に「全国の指導者の皆さんが育てていただいたプレーヤーたちを預かっているという責任感を持ってやっていきたいと思いますし、皆さんが育てた代表チームだと思っています。育成世代だけでなく、代表が強くなっていくためにも、皆さんの力が必要です。みんなで日本のバスケットを良くしていきましょう」と呼び掛けた。

 月刊バスケットボール4月号(2月25日発売)では、このコーチカンファレンスを企画・実施した鈴木淳氏、モデレーターを務めた佐藤晃一氏の特別対談を掲載しています。

 

(飯田康二/月刊バスケットボール)



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