Wリーグ

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2019/10/25

日本女子バスケの強さを支えるWリーグの存在

 この夏、Wリーグ20周年記念誌『Wリーグ20年の軌跡』の編集に携り、多くのWリーグ関係者の話を聞いて改めて感じたのが、Wリーグが、日本代表の強化に寄与することを強く意識しているということである。「海外遠征などチームの強化活動が、日本代表の強化に直結すると考えていましたし、それを会社がサポートしてくれた」と内海知秀氏。内海氏は現在レバンガ北海道(Bリーグ)のヘッドコーチを務めるが、2001年からJX-ENEOS(当時はジャパンエナジー/JOMO)を率い、11年間で8度優勝に導き、11連覇を続けているリーグ女王の礎を築いた。同時に日本代表のヘッドコーチとして2004年、2012年と2度のオリンピックに代表を導いてもいる。

 こうした流れはWリーグとなる前、男子リーグと共に運営してきたJBL時代の1990年代より受け継がれてきている。それまで企業スポーツとして支えられてきた日本スポーツ界から、多くの企業が撤退していったのが90年代。そうしたなかで、生き残るためには何をすべきか。男子の競技はJリーグに象徴するようにプロ化が検討されることが多くなり、これはバスケットボールも同様だった(実際には90年代当時は断念したが)。しかし、興行化がより難しいとされる女子においては、国際的競技力を上げるということが使命となった。すなわちオリンピックに出場することだ。1996年のアトランタ大会において、日本女子バスケはモントリオール大会以来20年間遠ざかっていたオリンピックの出場権を得て、7位の成績を残した。この時の日本代表ヘッドコーチは中川文一氏(現トヨタ紡織ヘッドコーチ)で、当時はシャンソン化粧品を率いてリーグで連覇を果たしていた。ジャパンエナジー(現JX-ENEOS)と二強と呼ばれていた時代であり、シャンソン化粧品とジャパンエナジーの2チームから、ほとんどの代表選手が選ばれていたが、この時代もライバルチームのヘッドコーチが指揮を執る代表チームに、ジャパンエナジーは協力体制を敷いた。以来、「WJBL(Wリーグの運営母体)」と女子リーグに特化した組織として独立してから20年。その原則を貫きながら、その上で企業チームとプロチームとの並存を可能にし、エンターテインメント性を追求してきたのである。


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