月バスTOPICS

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2019/03/06

今週の逸足『NIKE AIR JORDAN 14』

 1997‐98シーズンは、リーグ全体でも世代交代が進んだ年だった。マンネリ化していたオールスターのスラムダンクコンテストは休止が決定。初代ドリームチーム世代のベテラン勢にケガが目立った一方、コービ・ブライアント(レイカーズ)は史上最年少で初のオールスターに選出された。ドラフトではその後15年以上に渡ってリーグを支配することになるティム・ダンカン(スパーズ)が1位指名を受けている。    この年はまた、ジョーダンとナイキにとっても転機だった。シーズン開幕前の1997年9月10日、2者は新しいバスケットボールブランド『ジョーダンブランド』の設立を発表。それまでナイキの1ラインナップだったエアジョーダン(AJ)は“ブランド”へと格上げされ、エディ・ジョーンズ(レイカーズ)、ヴィン・ベーカー、レイ・アレン(ともにバックスなど)ら若手の契約選手も発表された。ジョーダン引退後を見据え、AJは『ジョーダンのためのバッシュ』から、『エリートアスリートだけが着用を許されるブランド』へと進化しようとしていた。    1998年のNBAファイナルに話を戻そう。敵地ユタでの2試合をAJ13でプレーしたジョーダンは、シカゴでの第3戦、愛車フェラーリ550マラネロをモチーフにした未発表モデル、AJ14を着用してコートに現れた。この試合、ジャズをわずか54得点にシャットダウンしたブルズはシリーズの流れをつかむ。そして再びユタで迎えた第6戦の第4クォーター。ジョーダンは自らスティールしたボールをバックコートから運び、ブライヨン・ラッセルとの1on1から残り5秒で鮮やかな逆転ジャンプショットを決める。これが結果的にブルズ2度目のスリーピートを決めたとともに、ジョーダンがブルズのユニフォームを着て放った最後のシュートとなった。 続きを読む

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