月刊バスケットボール5月号

今週の逸足『NIKE AIR MORE UPTEMPO』

バスケットボールシューズの歴史において、大きなインパクトをもたらした逸品(逸足)を紹介するこのコーナー。今回は、“AIR”の文字が大胆にデザインされ、スコッティ・ピッペンがアトランタ五輪で着用したことで注目を浴びた『エア モアアップテンポ』を取り上げる。   文=岸田 林 Text by Rin Kishida 写真=中川 和泉 Photo by Izumi Nakagawa
  バスケットボールシューズの歴史において、大きなインパクトをもたらした逸品(逸足)を紹介するこのコーナー。今回は、“AIR”の文字が大胆にデザインされ、スコッティ・ピッペンがアトランタ五輪で着用したことで注目を浴びた『エア モアアップテンポ』を取り上げる。   90年代のファッショントレンドを語る上で、欠かせないキーワードの一つが“オーバーサイズ”だ。ヒップホップやスケーターカルチャーが米国で市民権を得ると、日本でもダボダボのジーンズと大きなロゴ入りのスポーツウェアを着こなす若者が街にあふれるように。そして、その足元には、存在感のあるキックスが欠かせなかった。   1996年に発売された『ナイキ エア モア アップテンポ』は、そんな時代を象徴するバッシュの一つだ。その『アップテンポ』が発売20周年を記念して2016年に復刻されると、その後Supremeとのコラボモデルが登場したことをきっかけに、昨今、その人気がストリートで再燃。たびたびリリースされる限定カラーも争奪戦が続き、一部モデルは20年前のハイテクスニーカーブームをほうふつとさせるプレミア価格で取引される状況となっている。   そもそも、ナイキが初めて『アップテンポ』を発表したのは95年で、当初は『エアマックス』の派生モデル(エアマックスアップテンポ)として登場。パワーとクイックネスの両立を求められる新時代のバスケットに対応するため、それまで『エアフォース』シリーズの専売特許だったマックスエアをロープロファイルモデルにも採用したのだ。こうしてレスポンスとクッションを兼備することで、既存の『エアフライト』とも差別化を図った『アップテンポ』。そのイメージキャラクターとして選ばれたのが、クリス・ウェバー(当時ウォリアーズ)とスコッティ・ピッペン(当時ブルズ)だ。
当時のナイキは、マイケル・ジョーダン(ブルズなど)の引退(1回目)などもありバッシュのラインナップ再構築を迫られていた。そこで、それまでジョーダン専用だった『エアジョーダン(AJ)』を若手のエリート選手に着用させる『ブランド・ジョーダン』戦略がスタートしたのだが、それに伴い『エアフライト』シリーズの存在感が徐々に低下。その影響を最も受けたのが、おそらくピッペンだろう。シグニチャーモデルを持たなかった彼はこの時期、『エアマエストロ2』『エアアップ』『エアスウィフト』『エアフライトワン』『AJ10 』など様々なバッシュを履き替えている。だが『アップテンポ』の登場によりようやく彼の“足元”は安定。1996年のNBAファイナルではさっそく新作のエアモアアップテンポを着用し、現役復帰したジョーダンとともに4度目の優勝を勝ち取った。   一目見たら忘れないこのデザインを手掛けたのは、ナイキのデザイナー、ウィルソン・スミス。のちにティンカー・ハットフィールドからエアジョーダンシリーズのデザインを引き継ぐ(AJ16から)人物だ。1983年にナイキに入社したスミスは、ハットフィールド同様、建築士として働いた経験を持ち、もともとナイキにも店舗やオフィス等をデザインするコーポレートインテリアデザイナーとして採用されている。そして入社から3年後、プロダクトデザインに異動してからはアンドレ・アガシのテニスシューズ『エアチャレンジ シリーズ』などのデザインで評価を高めていたのだが、そんな彼が命じられたプロジェクトが、過去最大のエア容量(当時)を誇るトリプルエアを搭載したバッシュのデザインだ。しかもこのシューズは、1996年のアトランタ五輪に出場するドリームチームⅢ(当時の呼称)のナイキ契約選手の着用が予定されていた。そこでスミスが考えたのが「どれだけ世界中に(このシューズやその特徴を)知らしめることができるだろうか」ということだ。
そして、それを具現化するためのスミスのアイデアは、シンプルかつ大胆なものだった。鉄道のグラフィティなどにヒントを得て、シューズのサイドパネルにナイキの代名詞である『AIR』の3文字を大きくあしらうデザインに。それは、これまでのナイキのバッシュとは一線を画した、しかし、これ以上ないほど“ナイキらしい”ものだった。しかもこのデザインには、エアバッグを3分割して埋め込み屈曲性を持たせたトリプルエアの機能を活かす意図もあった。スミスはのちにナイキの公式サイトのインタビューでこう語っている。「 90年代中盤は、総じて『今までより大きく』という時代 だったと思う」   自動車、ジーンズ、ポップアート、建築物…。当時は周囲のあらゆるものが大きく、また大きいことが良いことだとされていた時代だった。スミスにしてみれば、「周囲の環境をそのままシューズに落とし込んだ」デザインだったのだ。   そして迎えた五輪では、ピッペン、チャールズ・バークレー(当時サンズ)が『モアアップテンポ』を、ゲイリー・ペイトン(当時ソニックス)、レジー・ミラー(当時ペイサーズ)が『エアマッチアップテンポ』(ほぼ同デザインの廉価版)を着用し、アメリカ代表は開催国、そしてバスケットの母国としての面子を保つ2大会連続の金メダルを獲得。当然、中心選手として活躍したピッペンの笑顔は、足元のAIRの3文字とともに世界中に配信され、『アップテンポ』は『フライト』『フォース』に次ぐナイキ第三のバッシュシリーズへと“昇格”。これはピッペンの功績と言ってよく、その後もピッペンは自身のシグニチャーシューズ『エアピッペン』が発売されるまで継続的に『アップテンポシリーズ』を着用した。   トレンドは巡る。かつて世界を驚かせた『アップテンポ』は、今、再びストリートでクールな存在となっている。しかし、かつてのようにダボダボのジーンズではNGで、スリムなパンツにコーディネートするのが今風だ。この20年で、必ずしも「大きいことが良いこと」とは限らないということを、多くの人が学んだ結果なのかもしれない。     月刊バスケットボール2018年7月号掲載 ◇一足は手に入れたい! プレミアムシューズ100選http://shop.nbp.ne.jp/smartphone/detail.html?id=000000000593     (月刊バスケットボール)

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