月刊バスケットボール6月号

アジア広域に広がる渡邊雄太の存在感 - インドネシアのファンが語る日本人バスケットボールスターの影響力

 現在開催中のFIBAアジアカップ2022は、アジア・オセアニアゾーンのファンとメディア関係者に、5月上旬にトロント・ラプターズが2021-22シーズンの戦いを終えて以来初めて、渡邊雄太のプレーを見る機会を提供している。予想もできたことだが、渡邊はアカツキジャパン日本代表チームをリーディングスコアラー、リバウンダー、ショットブロッカーとしてけん引し、グループラウンドにおける最初の3試合で平均15.3得点、8.0リバウンド、1.3ブロックのアベレージでノックアウト・ステージに導いた(7月19日にフィリピンも破りベスト8入り)。インパクトのあるその活躍ぶりは、日本のファンだけではなくほかのアジア諸国の人々にも知られているようだ。

 


7月17日の対イラン戦でペイントにアタックする渡邊雄太(©FIBA.AsiaCup2022)


「彼ら(アジアの若手バスケットボールプレーヤーたち)についての話にはユウタが必ず例として出てくるんです」


アジアカップの開催地であるジャカルタに住む若い女性のバスケットボール・ファン、ヴィータ(@vitaae)も、その影響を感じている。彼女はグループラウンド期間中に、思いもよらぬ幸運に恵まれた。アジアカップの試合会場近くの屋外で友人と会っていたとき、彼女の方に、極めて長身の男性が近づいてきたときのことだった。


彼は、ヴィータがNBA入り前から追いかけているバスケットボール界のスター、渡邊雄太に似ていた。ヴィータはちょっと勇気を出して「ユウタ!」と叫んでみた。


中高生の頃にバスケットボールをやっていたヴィータは、今でもこのスポーツが大好きだそうだ。時折プレーすることもあり、NBAやNCAAの情報もいつも見ているという。


ヴィータにとって渡邊は、アジアを代表し、アジアの若者たちを奮い立たせる存在のように思えるのだ。アジア人バスケットボールファンとして、渡邊を応援しながら彼女は、「しっかり活躍を続けて、若者たちの夢の扉を開いてほしいんです」と願う。渡邊の成功が、大きな夢を持って、バスケットボールの世界最高峰に挑戦してごらんと彼らを鼓舞すると信じている。「彼ら(アジアの若手バスケとボールプレーヤーたち)についての話にはユウタが必ず例として出てくるんです」

 

 

「彼(渡邊)は本当に親切で謙虚。これは何度繰り返しても言い足りません」


 その男性は、「やあ!」と答えてヴィータに手を振り返してきた。それで彼女は、憧れの有名人との一生一度かもしれない時間がやってこようとしていることを悟った。「彼は近くの日本料理店に食事に行くところだったみたいでした。それで、帰りに記念写真を撮らせほしいとお願いしたんです」


「私が『頑張って!』と彼に言ったら、『ありがとう』と別に何かを話してくれたんですけど、お互いにマスクをしていたからその内容がはっきり聞き取れなくて」。それはたぶん、「食事の後でもいいですか」のようなことだったのだろう。


彼女には、渡邊がそのささやかな願いに応えてくれる確信などなかったが、とりあえず友人とその場にとどまることにした。するとほどなく渡邊は帰ってきたのだった。


「あんなに良い人だとは思わなかったんです。だってNBAプレーヤーで誰もが知る人なんですからね。彼(渡邊)は本当に親切で謙虚。これは何度繰り返しても言い足りません」


一緒にセルフィーをという願いがかなった。もちろんヴィータの友人もそうさせてもらった。「ものすごくうれしかったです。私には一生一度、このときを逃したらもう二度とないことでしたからね」

 

https://twitter.com/vitaae/status/1548531547996766209?s=20&t=36aaIQopTT1jk5f6De10wQ

 

希望に満ちたアジアの若者たちを奮い立たせる渡邊の存在


この出来事が日本やカナダ、アメリカではなく、インドネシアで起こった事実は、バスケットボールという競技の多様性を物語る。それだけではなく、一人の国際的なプレーヤーがいかに大きな可能性を秘め、その影響力がいかに広範な世界に及ぶのかも物語っている。


ヴィータによれば、バスケットボールはインドネシアにおいて上り坂にあるスポーツだ。代表チームは今春のザ・シーゲームズ(東南アジア大会)で初めて金メダルを獲得し、大会制覇13度のフィリピンを王座から引きずり降ろした。「だから人々が代表に向ける期待も高まっています。来年はワールドカップの開催国にもなりますしね」


ヴィータはインドネシアで一番人気があるのがバドミントンだということも教えてくれたのだが、実はこの事実により紛らわしい状況が生まれている。インドネシアでは「Yuta Watanabe」という名前が、多くの人々にとって、バスケットボール界のヒーローという以上にバドミントン界のヒーローを意味する名前だからだ。日本にはバスケットボールの渡邊雄太とバドミントンの渡辺勇大という、アルファベット読みではまったく同じで姓名のエリートアスリートがいて、どちらもオリンピックのレベルで活躍しているのはご存知のとおり。「バドミントン界のYuta Watanabeのほうが人気は高いですね。やっぱりインドネシアではバドミントンが一番人気がありますから。インドネシアでYuta Watanabeを検索すると、出てくるのはバドミントン界のYuta Watanabeがほとんどです。バスケットボール界のYuta Watanabeが知られているのはNBAファン界隈だけなんですよ」。アジアには、FIBAとNBAがやるべき仕事がまだ残されていることがわかる話だ。


インドネシアのバスケットボール協会は、来年のワールドカップへの自動的出場権を、グループラウンドでの大会開催国でありながら保持していない。FIBAは同国に国内の競技レベルの向上を求め、代表チームのワールドカップへの自動的出場獲得の条件にアジアカップでのベスト8入りを課していた。


残念ながら、月曜日に同国代表は準々決勝進出決定戦で中国に敗れ、8強入りを逃した。しかしこの地域のバスケットボールは新たな命を芽吹かせているようで、すでにヴィータのようなファンからの熱烈な関心を得られている。ヴィータが言うように、渡邊の例を通じて多くのアジアの若者たちが、世界のどこであれ最高レベルで成功できることにも気づいている。


彼女はこれからも渡邊を応援するという。「早くNBAチャンピオンになってほしいです!」

 

 もしそうなれば日本中が大騒ぎだろう。しかしヴィータは、それだけではなくインドネシアの若者たちもそれによって勇気をもらうだろうことを信じ、渡邊の活躍を祈るのだ。

 

 「ユウタがひどいケガなどをしないで元気でいて、毎試合最高のプレーを見せてほしいです。どこにいくにしても素晴らしいキャリアになりますように。親切で謙虚に接してくれてありがとうございました。直接お会いできて、とてもうれしかったです」

 


取材・文/柴田 健(月バス.com)
(月刊バスケットボール)



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