月刊バスケットボール5月号

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2022.05.09

「安間志織はワールドクラス」 - 独アイスフォーゲル、ハラルド・ヤンソンHC独占インタビュー(1)

 安間志織を獲得し、ドイツの女子プロバスケットボールリーグ、ブンデスリーガの2021-22シーズンでチャンピオンシップを獲得したアイスフォーゲルUSCフライブルクのハロルド・ヤンソンHCが、5月3日に月バスドットコムの独占インタビューに応じた。当日はクラブとして初のリーグ制覇、フライブルクの町としては1907年にサッカーで成し遂げて以来のドイツにおける王座獲得を祝うレセプションパーティーも予定されていたタイミングだったが、ヤンソンHCはゆっくり時間を取って安間の大活躍とアイスフォーゲルの今シーズンを振り返ってくれた。

 


ズームでのインタビューに応じるハラルド・ヤンソンHC


レギュラーシーズン1位のライバルをファイナルで撃破!


――チーム初のチャンピオンシップを獲得した後の、率直な感想はどんなものですか?


素晴らしい気持ちです。チームで勝ち取った大きな大きな成功でしたから。チームというのは、スタッフ全員を含めてという意味です。コロナが広まったシーズンで、プレーヤーとコーチだけでは成功できませんでした。
私はファイナルの第3戦と第4戦を欠場しなければなりませんでした。第3戦前のビデオセッションを行った翌日、コロナ陽性判定となってしまったのです。第3戦の準備は終えていましたが、第4戦まで中一日しかなく、ビデオでのコーチングをうまくやらなければいけない状況でした。しかし主だったところはすでに終えることができていたんです。


――今回はご自身にとって初めてのタイトルでしたか?


成人のレベルでは初めてですね。ユースでコーチをしていたときにはチャンピオンシップを獲得したことがありました。また、2013年にドイツカップを獲得していますが、そのときはコーチではなくGMの立場でした。2011年にはファイナルに進出して、最優秀コーチ賞を受賞しましたよ。


――リーグタイトルという意味では、フライブルクの町にとって初めてということですね。


そうです。

 

――ファイナルで戦ったラインラント・ライオンズには、レギュラーシーズンで2度負けていましたが、ファイナルではまったく違う戦いぶりでした。なぜそれが可能だったのでしょうか?


理由は2つありますが、最も大きかったのはプレーヤーたちのコンディションです。ウチのチームは非常に良い状態にありました。コンディショニングの実践とワークアウトをプレーオフでもファイナルまで続けていました。我々は若く、健康状態も良かったのです。
私たちが練習で5対5をできない状態だったのはシーズン中5回だけでした。健康な状態のプレーヤーがほとんどいつでも10人いたんですね。ファイナルに入ったら試合と休みが1日ごとの交互の日程ですから、これが有利に働くだろうと思っていました。回復に費やす時間が短いですからね。
相手には35歳、36歳のプレーヤーがいて、年齢的にウチよりも高いこともわかっていました。その上コンディションが良かったので、毎試合でアドバンテージがあるとわかっていた、というのが一つ目の理由です。
もう一つの理由はこうです。相手は非常に良くウチに対応してきて、相手のオフェンスがこちらのディフェンスに良く反応していたんですね。それでこちらも反応するわけです。するとあちらも反応し、またこちらも反応してということになりました。その流れの中で最終的に、第3戦と第4戦では個々のスカウティングレポートが生きてきました。ジョイス・クセイン-スミス(ライオンズのポイントガードで、フランス出身の33歳のベテラン)をどう守るか? ロミー・ベーア(ドイツ代表歴もある身長187cmのフォワード)をどう守るか? 試合を重ねるごとにスカウティングレポートの質が上がっていったのです。


☆筆者追記
ヤンソンHCの感じている手応えは、数字としても表れている。ファイナルで戦った4試合で、アイスフォーゲルは黒星を喫した初戦で59得点に終わったが、以降その数字は70点、78点、そして最後には95点と上昇した。逆にディフェンスでは初戦の69点から第2戦は66点、第3戦72点、最終戦が65点。自チームの得点が多くなっても相手に許す失点はほとんど増えず、点差が試合のたびに大きくなっていっていた。


安間個人も、ファイナルでの4試合では得点が初戦から13-18-16-18、アシストが3-5-4-9という流れで、奇しくもチームの得点傾向と似た動きをしていた。主にディフェンスでクセイン-スミスを担当し、オフェンスではアメリカ生まれでNCAAディビジョンIのウィスコンシン大出身のビッグガード、テイラー・ウルツとマッチアップしていたが、ヨーロッパで生き抜いてきた両ベテランにマッチアップして平均16.3得点、6.0リバウンド、5.3アシスト、1.5スティールと攻守で堂々たるパフォーマンスを見せている。

 

 


コロナ禍、ウクライナでの戦争、主力の故障…


――今シーズンは本当に難しかったと思います。コロナだけではなくウクライナでの戦争という信じられない状況となりました。プレーヤーやスタッフだけでなく、誰にとっても大きな影響を及ぼす出来事だったと思いますが、どんなに難しかったか、少しお話しいただけますか?


まずはコロナですが、とても難しかったです。衛生管理のスタッフが頑張らなければいけませんでした。レギュラーシーズン中は、プレーヤー全員が毎週3回検査を受けていました。プレーオフに入ってからは、全員が毎日の練習前に検査を受けました。毎日コーチとプレーヤーたちが集まったときに、自分たちが陰性であるとわかるようにそうしていたんです。それが難しかったことの一つ目ですね。
二つ目として、我々はジムに入れる人数を、試合がある日にも制限しなければなりませんでした。普通ならファンが1,000人集まるところを、500人に制限していました。
ウクライナでの戦争勃発に関しては、私たちにとって悪い知らせが同時に2つ重なることとなり、今シーズンで最も難しい2週間になりました。ウチのポストプレーヤーでシオリとも仲の良いエミリー・カピッツァ(身長186cmの若手フォワード)がアイグナー・エンゼルス・ネルトリンゲンとの試合中(2月20日)にケガをしたんです。ヒザのACLのケガで、以降の試合での欠場が決まってしまいました。ウチにとっては重要なプレーヤーで、二人いるキャプテンのうちの一人です。我々はエミリー・カピッツァを失い、そして戦争がはじまりました。この二つが同じ週に起こって、皆精神的にも感情的にも厳しいときを迎えることとなりました。
ウチにはアメリカ人のプレーヤーもいます。ご両親が「ヨーロッパはどうなっているの?」と心配して電話をかけてきますよね。そうなればバスケットボールから思いが離れ、(プレーするのも)難しくなります。でもそれに対してものを言うことなどできません。世の中にはバスケットボールよりも大事なことがあるのです。
そのような中で、プレーヤーたちは本当に良く頑張ってくれました。エミリー・カピッツァとつながりを保ち、戦争の状況もうまくしのぎました。ドイツからウクライナまでは約1,500km離れていて、ポーランド、ハンガリー、オーストリアで隔たれていますから隣国ではないのですが、心理的には非常に近いというのが現実なのです。


バスケットボールに取り組む姿勢が光る安間志織


――バスケットボールに関して、特にディフェンスについてお聞かせください。シオリとハンナ・リトル(身長185cmのアメリカ人センター)はスティールランキングのトップタイ、リナ・ゾンターク(191cmのセンター)はブロックショットのランキングで3位に入っていました。しかし個人的な力だけではなくチームとしての取り組みが実ったと思うのですが、いかがですか?


まずはスカウティングがうまくいったこと、そしてリクルーティングがうまくいったことが理由として挙げられます。私はディフェンスが好きなプレーヤーを獲りたいと思っているんですよね。これでなければバスケットボールができないとは言いません。でもこれが私のやり方です。
私は運動能力に自信を持てるようにプレーヤーを選びました。ピック&ロールを非常に厳しく守れて、フルコートを守れるディフェンスを志向しています。ハーフコートで勝負するのは好きではなく、コート全体を守りたいのです。だからそれができるプレーヤーを選びました。
ハンナ・リトルは標準的なポストプレーヤーとしてはうんと細いし小柄ですが、高い運動能力を持っています。5番から1番まで守れますよ。クリスタ・リード(身長180cmのアメリカ人ガード)は優秀なディフェンダーです。
シオリはアンテロープスでのプレーを見たときに、3Pショットを決めたりアシストを成功させた直後に次のプレーを始めていました。得点したらジョギングで戻ってくるプレーヤーはごまんといますが、シオリは違います。シオリはボールが手を離れた直後からディフェンスを始めています。40分間プレーするんですよね。
リナ・ゾンタークも1番から5番まで守れるのが獲得した理由でした。ウチにはディフェンスの名手がそろっていて、ほかのプレーヤーもディフェンスに対する心の準備がしっかりできているのです。ファイナル第4戦を見ていただければ、ウチのプレーヤーたちがショットを放ったらすぐにディフェンスに転じていた様子がわかっていただけます。


(筆者追記)
ヤンソンHCはスウィッチング・ディフェンスを好んで使うことはなかったとも話した。それも可能ではあるが、今シーズンは相手のピックプレーに対しボールハンドラーをダブルチームしてローテーションを行う対応をチームのアイデンティティーとして発展させたことが、チームとしての成功の大きな要因になったようだ。その中で安間の存在感も大きかったのは言うまでもない。


(2)に続く
☆次ページ: ヤンソンHCとの英語によるインタビュー全文(前半分)

 

取材・文/柴田 健



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