月刊バスケットボール6月号

大学

2022.04.25

大学バスケットボールのホームゲーム考 - 日本でも動き出すNCAAモデル

 このところ、日本で大学バスケットボール界のホームゲーム開催の動きが活発になって来ている。筑波大は3年前にアスレチックデパートメントを立ち上げ、地元つくば市のコミュニティーとの連携や企業からの支援を受けながら、バスケットボールを含め学内に44あるスポーツ系部活動のすべてでホームゲームを行う意向を持っている。また一方では、東海大男子バスケットボール部が、4月にその筑波大を招いてホームゲームを行ったことも報じられている。


こうした動きがどんな価値を生み出すかについては、月刊バスケットボール2022年6月号誌面(P85)でも触れており、今後議論も広がっていくことだろう。しかしより単純な話、どのような要素がそろうとNCAAモデルに近いバスケットボールのホームゲームができあがるだろうか。

 


ジョージ・ワシントン大のスターター紹介前の様子(2018年 ©月刊バスケットボール)

 

ホームゲームが生み出す独特の世界観


NCAAのカレッジバスケットボールの現場に足を踏み込んだときに感じることの一つは、そこにホームチームの世界が重厚に作られていることだ。2013NBAオールスター・ウイークエンドの取材でヒューストンを訪れた際に、国外から集まったメディアメンバーを集めてのピックアップ・ゲームを行うとのことで近郊のヒューストン大のホームアリーナに足を延ばしたときに感じたのがそれだった。当日はクーガーズと呼ばれる同大バスケットボールチームのメンバーも観客もいない。それでも、チームカラーの“スカーレット&ホワイト”で統一されたアリーナに一歩足を踏み入れると、「ここはクーガーズのホームなのだ」ということがひしひしと伝わってくる雰囲気ができあがっていた。

 


ヒューストン大のホームアリーナ内(2013年 ©月刊バスケットボール)

 

 1990年代の初めにUCLA(カリフォルニア大ロサンゼルス校)のホームアリーナ、ポーリー・パビリオンを訪れたときも同じような感覚に襲われた。「襲われた」という言葉は、まさしくそのときの感覚そのままだ。UCLAのチームカラーである、カリフォルニアの真っ青な空と海、眩しい太陽と野花の輝きを表現するゴールド&ブルーで統一されたアリーナを覗いただけで、その世界観に圧倒される。1960-70年代にカレッジバスケットボール界の王者として君臨したブルーインズの伝統をひしひしと感じ、自分がプレーするわけでもないのに足元が震えるような思いに駆られたのだ。


渡邊雄太が在籍していた当時のジョージ・ワシントン大(以下GW)のホームゲームを、キャンパスタウンとなっているフォギーボトムにあるチャールズE.スミス・センターで取材した際には、ホームゲームの威力を鮮明に感じることができた。アリーナそばのグローサリー・ストアには渡邊をはじめとした同大のロスターのポスターが貼りだされ、アリーナの外壁には、当時キャプテンを務めていた渡邊の写真がでかでかと掲示されていた。あらゆるところにあしらわれた同大のチームカラー(金色に近い淡黄色と濃紺でBuff&Blueと呼ばれる)と、チームにちなんだそれらの要素が生み出す同大の世界観がアリーナを包んでいた。

 


ジョージ・ワシントン大のホームアリーナ外観(2018年 ©月刊バスケットボール)


コートサイドにはGeorge Washingtonと名付けられたマスコットキャラクターがコミカルに動き回り、GW Bandsと呼ばれるマーチングバンドの高らかな演奏や、GW First Ladiesの名で知られるチアリーディング・チームのパフォーマンスが試合前から場内を活気で満たす。そこに登場するプレーヤーたちの表情にはホームコートを守ろうという決意や誇り、自信がみなぎっていた。

 


ジョージ・ワシントン大のホームゲームを盛り上げるマーチングバンド(2018年 ©月刊バスケットボール)

 


コートサイドで試合を盛り上げるGeorge Washington(2018年 ©月刊バスケットボール)


3月26日に「TSUKUBA LIVE!」のタイトルで、筑波大男子バスケットボール部がホームゲームを開催する予定だったつくばカピオアリーナに足を運んだ。そのホームゲームは、実際には直前のコロナ感染により中止となった(年内にあらためて開催を計画中)が、そのイベントで活躍するはずだった筑波大応援部“WINS”のブラスバンドが、日中同会場で開催された茨城ロボッツのB1公式戦『筑波大学アスレチックデパートメント presents TSUKUBA HOME GAME サンロッカーズ渋谷戦』のティップオフ前に大音響の演奏で会場を盛り上げた。それはプロの会場をNCAAの雰囲気に変える演出となっていた。


ブラスバンドの演奏という学生スポーツのエッセンスが加わったプロの試合という情景は、NBAのロサンゼルス・レイカーズでも例がある。レイカーズの試合ではかつて、USC(サザンカリフォルニア大学)のマーチングバンドがやってきて、ティップオフ直後にファンファーレを演奏したり、タイムアウトやハーフタイム、ときには試合前の国家斉唱などで活躍していた。きっかけはレイカーズのオーナーだったジェリー・バス氏(2013年に80歳で逝去)で、USCの大学院でPh.Dの称号を得た縁から母校の学生に自らのチームでパフォーマンスを披露する機会を提供していたのだ(それ以外にも、さまざまな形でバス氏はUSCへの支援を行った)。日本でも、大学チームがホームコートという意識を発展させていく結果として、こうした関係性の発展も期待できるのかもしれない。

 


筑波大応援部WINSの演奏はプロの試合にカレッジバスケットボールのエッセンスをもたらすユニークな演出だった

 


筑波大男子バスケットボールチームのホームゲーム「TSUKUBA LIVE!」の会場俯瞰イメージ。同大のチームカラーであるフューチャーブルーが場内を満たす構想だった(筑波大学アスレチックデパートメント提供)

 

プロフェッショナリズムを感じさせる試合後会見


もう一つNCAAバスケットボールの現場で感じられるものは、それぞれの世界観の表現を高いレベルで形にするプロフェッショナリズムだ。その象徴的な形として挙げられる試合後の記者会見の場には、インターンとして活躍する学生たちの情熱と、それをビジネスとして昇華させる大人としての職員たちの力が存在している。

 


ジョージ・ワシントン大の試合後会見の様子(2018年)


どの大学でも、試合後会見は必須のプロセスだ。それはホームアリーナに用意された会見場内で行うだけではなく、ソーシャルメディアでライブ配信を行う大学も多い。形式はNBAで行われているものと基本的に同じで、アウェイとホームの両チームからヘッドコーチとその日の試合で活躍したプレーヤーが一緒に、あるいは順に登壇し、大学のロゴがあしらわれたバックパネルの前で記者との質疑応答に臨む。例えば今野紀花が所属するルイビル大の女子チームは、試合後にフェイスブックでジェフ・ウォルツHCと記者のやり取りを配信していたし、富永啓生が所属するネブラスカ大男子チームは試合後会見丸ごとをフェイスブックで配信していた。


GWの会見現場では、これもNBAと同じく記者のためにピザや清涼飲料水も用意されていた。試合前にそれをいただきながら当日の対戦に関する資料に目を通すことができるのだが、この資料の充実ぶりは日本ではプロでも追いつかないレベルというのが正直な感想だ。プレーヤー全員のプロフィール、スタッツ、大学の歴代記録、対戦相手との直接対決通算成績など、記事作りを支援する要素がふんだんに盛り込まれた1cm近い厚みがある冊子で、セント・ジョセフ大などはそのまま日本への土産になるようなクォリティーで用意されていた。


大学の看板を掲げて校外に発信していく窓口であるメディア対応に関しては、会見関連以外にも全般的にプロフェッショナリズムを感じさせる環境が整っている。記者とのやり取りは、学生インターンの力を借りながら、基本的にプロであるアスレチックデパートメントの職員が行う。記事に必要な写真の提供を依頼すれば、条件や関係性にもよるが多くは即座に提供してくれる。個別インタビューも日程さえ合えば対応してくれるのだが、以前渡邊をオンラインで取材したときには、そこにも大学のロゴ入りバックパネルが用意され、きちんとブランディングが行われていた。


さらに、日本では存在しないのではないかと思うのが実況・解説付きの試合放送だ。テレビは毎試合とはいかなくとも、ラジオはシーズンを通じて全試合が放送される。GWの場合はバイロン・カーという専属実況アナウンサーがいて、毎試合エキサイティングなコールで試合を盛り上げる。解説は同大OBで元NBAプレーヤーのポップス・メンサ―・ボンスが務めていた。現在鈴木妃乃が所属しているノースアラバマ大のラジオ中継は、昨シーズンも今シーズンも日本にいながらにしてインターネットで聞くことができたが、そこではレギュラーの実況担当者が毎試合をコールし、試合が終わると即座にヘッドコーチのインタビューを聞くことができた。中継には地元企業のCMが流され高いクォリティーのコンテンツとなっていた。


テレビ中継に関しては、各大学の放送権がビッグビジネスであることは広く知られている。アスレチックデパートメントの職員たちにとって、大学の知名度や好感度に関わるメディアの注目を集めることが大切なのは当然だが、中でも全米中継の機会を得ることは重要事項だ。それだけに、NBAのプロチームで広報担当を務めた経験を持つプロ中のプロを人材として取り込むケースも多々ある。


こうした要素が、大学生のホームゲームの価値を日本にはないプロフェッショナルのレベルに引き上げる。その結果として、アメリカ的常識の中でカレッジバスケットボールを取り巻く人々の感情に訴え、ホームゲーム(あるいはホームチーム)としての強烈な存在感が、さまざまなビジネスチャンスや人々のキャリアを膨らませる機会を生み出していく。


感情と捉えるべきものの中には母校愛、地域愛、競技愛、自らの生き方や自身が属するコミュニティーに対する誇りなどが含まれている。ホームチームに名を連ねるメンバーも、会場に集まるファンもそうした感情を抱いているし、遠征でやって来るアウェイのチームは、それらの感情を受け止めて戦う。伝統的なライバリーが熱くなるのはそれが感情に直結しているからであり、一方で憎々しく思う相手との戦いでありながら平和的な文化として成り立っているのは、それがアメリカ的な常識の中で行われているからだ。アメリカ的な常識とは、「Commonsense overrules the rules(常識は規則を覆す)」という考え方に基づき、ある意味では規則やぶりな事象があっても、それとともに前進する道を模索する生き方と言えると思う。


NCAAバスケットボールの世界に接していると、こうした要素が絡み合って生まれる熱気に満ちた出来事や、つい口元がほころぶようなジョークに日常茶飯時のように出くわす。例えば伝統的ライバル関係で世界的に知られているデューク大とノースキャロライナ大(以下UNC)の対決で、今春は非常に面白い出来事があった。

 

 コーチKの名で知られるマイク・シャシェフスキーHCが今シーズン限りの引退を発表していた中、奇しくも両チームのカンファレンスシーズンにおける最後の対戦はデューク大のホームアリーナであるキャメロン・インドア・スタジアムが舞台となり、アウェイでランキングも格下のUNCが94-81で勝利した。この試合の後、コーチKはホームコートで熱狂的なファンに勝利を届けられなかった悔しさを「受け入れられない(UNACCEPTBLE)」と語った。するとそれからほどなく、「94-81 ACCEPTABLE(受け入れられる)」と胸にプリントされたUNC のTシャツが市販され始めたのだ。


ホームアリーナの距離も20㎞程度しか離れていない両チームのライバル関係を強烈に印象づける一つの装置として、ホームゲームが存在している。コーチKの最後のホームゲームで白星を挙げたUNCのプレーヤーたちは、敵地で伝統的ライバルを打ちのめしたことで芽生えた自信を持ち帰る。さらに両チームは、NCAAトーナメントのファイナルフォーでもう一度対戦し、そこでもUNCが81-77で勝利。するとその後、「94-81 81-77 VERY ACCEPTABLE(全面的に受け入れられる)」とプリントされたTシャツも登場した。


ライバルチームの超大物とされる人物の花道を、あえてからかうようなジョークに変えてビジネスにしてしまうおおらかさを、日本ではどのように表現できるだろうか。わからないが、TSUKUBA LIVE!など最近見られる大学バスケットボールのホームゲーム指向の動きは、文化的にもビジネス的にも今後非常に面白いうねりを生み出す可能性がありそうだ。

 

 

写真/山岡邦彦、柴田 健(月刊バスケットボール)

取材・文/柴田 健(月バス.com)

(月刊バスケットボール)



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