月刊バスケットボール5月号

NBA

2022.01.13

渡邊雄太(ラプターズ)、「西の王者サンズ相手に先発出場」の真価

 安全衛生プロトコル適用下となり4試合を欠場した渡邊雄太が、トロント・ラプターズの戦列に復帰した1月12日の対フェニックス・サンズ戦は、渡邊自身にとってもラプターズのチームにとっても、非常に特異かつ難しい試合だった。


相手は昨シーズンのウエスタンカンファレンス・チャンピオン。大ベテランの司令塔クリス・ポールと、コービー・ブライアントを敬愛するスコアラーのデビン・ブッカーらを中心に、今シーズンもこの試合前の時点まで30勝9敗で、ゴールデンステイト・ウォリアーズとともにリーグトップに並ぶ成績を残しているチームだ。


一方のラプターズも、イースタンカンファレンスの週間最優秀プレーヤー賞を受賞したばかりのフレッド・バンブリート、オールスター・レベルのパフォーマンスを見せているパスカル・シアカムらを軸に、6連勝で通算成績を20勝17敗まで上げ好調だ。ただ、この試合ではスターターのうちシューティングガードのギャリ―・トレントJr.と、ポジションレスにガードからセンターまでこなせるルーキーのスコッティ・バーンズを欠いた状態だった。


渡邊はこの試合でスターターとして起用された。ニック・ナースHCのこの決断は、率直に言って驚きだった。渡邊のスターター起用はキャリアを通じて7試合目で、今シーズン3試合目。しかし実は、フルメンバーとスタッフがほぼそろった全開状態でのスターターは初めてだ。スコシアバンク・アリーナでの無観客も初。得意な条件がそろった中で、指揮官の非常に大きな信頼が感じられる決断といえる。

 


最終的に渡邊はこの試合で15分1秒プレーし、リバウンドとスティールを1本ずつ記録したものの、フィールドゴール4本すべてをミスしてスターターの中で唯一の無得点に終わった。オープンルックの3Pアテンプトが2本。ゴール下のレイアップ。いずれもいわゆる“決めるべきショット”と捉えられる機会だったが決まらなかった。もう1本、第3Q半ばに放ったこの試合最後のアテンプトは、ペイントアタックで強烈なコンタクトを受けながら、スペースを作ってオフバランスの状態でリリースした。しかし渡邊が打ちたいようなショットには見えなかった。ラプターズは95-99で敗戦。連勝は6でストップした。


試合後にソーシャルメディアで、渡邊の出来を残念がる国内外のファンのコメントがいくつも見られたのもしかたがないことだ。渡邊自身が会見に登壇することはなかったので、どんな心境かはわからない。しかし本人にとっても不本意な内容だっただろうことは想像に難くない。

 

 それでもこの試合は、渡邊についてポジティブに捉えられる要素を数多く提供している。1試合の数字だけで、物事を悲観的に見る必要がないことも認識しておきたい。


ナースHCは試合前の会見で、バーンズとトレントJr.の穴をいかに埋めるかについて、ウイングに関しては「クリス(ブーシェイ)、スビ(ミハイリュク)、ユウタ、ジャスティン(シャンペニー)。たぶんこれまでプレーしてきた彼らの中からですね(It’s Chris, it’s Svi, it’s Yuta, it’s Justin probably from the guys that have been playing)」との考えを明かしていた。その中から最終的に、復帰初戦の渡邊をビッグゲームでスターターに起用する決断に至るには、それだけの理由があるはずだ。

 

サンズとの試合前に行われた会見でのナースHC


渡邊の15分1秒という出場時間は、この試合前の時点までの平均19分38秒に到達していない。その理由にはパフォーマンスが良くなかったことが、もちろんあっただろう。ただ、ナースHCは同じ会見で、「我々はいつも、最初の数試合は普段より短めにしていこうと思っています。彼にもそうしようと思います。ほかのメンバーが戻ってきていますし、それでどうなるか様子を見たいですね( I think that we’ll probably always keep those first few stints maybe shorter than normal. For him I think we’ll try to do that with pretty much everybody coming back and see how it goes)」と話していた。また、この長さは渡邊が開幕からの離脱を終え復帰した初戦(13分46秒)、その後1試合休んで再復帰した試合(13分32秒)よりも長い。


試合後の会見でのナースHCは「そこここでメンバーたちの出場時間を見つけようとしています。ユウタはスターターでも時間が短くなるだろうから、スビに彼の後をつないでもらおうと思っていました(I think, again, you’re just trying to kind of buy some minutes here and there and kind of knew it would be a really short start for Yuta and gave Svi a crack at it)」と話していた。この言葉を信じれば、渡邊が“らしくないパフォーマンス”だったことも影響しているものの、おおむね予定どおり起用したのであり、かつフルメンバーでスターターとして起用したときにどんな反応があるかをテストができたということができそうだ。


ライバルが多い中で大きな機会を手にした渡邊は思うような結果を出せなかった。この試合で13得点、16リバウンドを記録したブーシェイや、約10分間の出場でオフェンスリバウンド5本をつかんだシャンペニーら、チーム内の良きライバルたちの活躍もあり、結果がついてこなければポジションはまったく安泰ではない。これは認めて受け止めるべきことだ。しかしチームとしておもしろい実験ができ、安全衛生プロトコルを抜け出た直後に、個人として貴重な経験を積むことができた。

 

 スターターの紹介シーンでは、2019年のNBAチャンピオンのホームアリーナに「From other land of the rising sun. At six-eight, forward, Ju-hachi-bannnn! Yuta Wa-ta-nabeeeeeee!!(太陽の昇る国からやってきた身長206cmのフォワード、ジュウハチバア~ン!! ユウタ・ワタナベエエエイ!!)」とアリーナMCの絶叫がとどろいた。これは渡邊の努力が実を結び続けている証しの一つ。ゆくゆく超満員の会場で、再びこのイントロを聞ける日を期待しよう。


文/柴田 健(月バス.com)
(月刊バスケットボール)



PICK UP